一人一人にある愛の形

 七月。出会った頃とは全く違った、焼け付くような日差しが襲う。僕たちは凛花が二十歳になる誕生日に結婚した。凛花は花凛さんを結婚の証人とした。その知らせを聞いた花凛さんが大いに喜んでいたことを昨日のことのように思い出す。

「結婚式を挙げないか?」

 いきなりの提案に凛花は衝撃を受けたようだった。そして、顔をブンブンと振り、否定した。

「無理だよ。誰も呼べる人いないもん」

「小さなものだよ。形だけの。それならいいだろ?」

 僕は凛花に提案をする。きっといい考えだと思ったのだが、しばらく顎に手を置いて、どうするかを悩んでいるようだった。

「凛花、前にドレスを着てベールアップされることが夢って言ってただろ?せめてもそれだけは叶えてあげたいんだ」

「そんなことよく覚えてたね」

 小さな出来事でも覚えておく。女性はしばらく経った後にそれを伝えてもらえると嬉しいそうだ。これも都会の漫画喫茶で得た情報だ。あの施設で僕はいろんなことを知った。漫画喫茶もバカにできない。凛花もまんざらではないようで、頬を赤くして照れていた。効果は絶大である。

 それから一ヶ月後、小さな結婚式は実家の近くにあるヒメサユリが咲く滝のほとりを会場にした。日差しが絶え間なく降り注ぐこと以外は最高の場所だと思っている。そこには小さな祭壇があり、その上には母が店に飾っていた大きな絵があった。

 その大きな絵は父が母のために描いたもの。父が絵描きを諦める前に母の描きたいものを代わりに描いた品だった。それを母は大切に飾り続けていた。遠く離れた二人の愛の形がここにもあったのかもしれない。

 出席者は僕の両親と姉、祖父母。花凛さんと光司さん一家だった。その中でも一番危惧していたのは母である。ここまで来ることができるのか。それが心配だった。ただ経過が良好とのことで一時退院を認めてもらった。医者も捨てたものではない。母の体調を考えて、僕たちの式は二十分を目処に実行されることとなった。

 当日、母は姉と共に会場へと車椅子で現れた。僕たちの家族はまたここで一つの家族としての形を成していた。久しぶりに会うゆかりのある人たちと母は楽しそうに笑顔を浮かべながら話していた。

 父と母はここでまた再会した。それはお互いに感動を覚えるものだろうと思っていたが、そんなことはなかった。それは久しぶりに会ったと思えないほど自然な振る舞いだった。お互いに好きだという気持ちを持ち続けていたからだろうか。

 それから程なくして結婚式が始まった。凛花は母が以前使っていた思い入れのある白いドレスにベールを被っている。それはウエディングドレスと呼ぶには程遠いものかもしれない。だが、凛花は綺麗だった。

「タキシード似合うね」

「安物を着こなせるのはデキる男だけらしいよ」

「それは思い込みかも」

「うるさいな」

 僕たちは顔を逸らして笑った。

「凛花もよく似合ってるよ」

「ちょっとお腹が気になるけどね」

 両手でお腹をさすりながら、凛花は白い歯を輝かせて微笑んだ。そのお腹は少しだけ膨らんでいた。

「あ、結婚式だからさ、一回だけ私のことを本当の名前で呼んでよ」

「嫌じゃないの?」

「うん、一回だけね。後はずっと凛花でいいから」

「じゃあ、お名前を」

「百合。私の名前は百合」

 ヒメサユリの花が満開に咲き誇っていた。一つ一つが存在感を持つように凛とした姿で。

 凛と咲く花。凛花。僕には百合も凛花も大事な名前だ。母は自分と似た凛花に姿を重ね、この名前を授けたのだろうか。

「百合、綺麗だよ」

「ありがとう」

 百合ははにかんでいた。今まで呼ぶことのなかった名前はヒメサユリに囲まれた世界で一度だけ輝きを見せた。

「じゃあ、行こうか」

 僕は手のひらを上にして、凛花の前に出す。

「腕組みじゃないの?」

「足元が悪いから、僕が手を引くよ」

 凛花は笑って、僕の手に優しく手のひらを置いた。僕はその手を引いてゆっくりと拍手のする方へと歩いていく。みんなのいる場所に近付くと「オール・ユー・ニード・イズ・ラブ」が拍手と共に聞こえてきた。

 木々の合間を抜けると、光が激しく目を襲う。手の力が反射的に抜けた。それでも僕は凛花の指先を軽く握り続けていた。それは凛花も同じだった。

 何があっても僕たちがこの手を離さなければ、永遠にこの愛は消えないのだから。

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百合の花が咲く頃に 鞍馬寛太 @kuramakanta

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