変化する家族の形
呼び鈴のない古ぼけた一軒家。父が幼い頃から過ごしてきた場所であり、僕が幼い頃から成長してきた場所。
玄関の引き戸を開けると懐かしい木の香りと煙草の匂いが混ざりあい、鼻にこびりつくような匂いを醸し出していた。
「ただいま」
その声にしばらく反応はなかった。父は仕事にでも行ったのだろうかと思い家を後にしようとした時、二階から駆け下りてくる音が聞こえた。僕が振り向くと顔色を変えた父がそこにいた。
「祐」
父は目を見張って、僕を見つめていた。その瞳の中で緩やかに涙の水位が上がっていく。
「悪かったな。何も考えてなくて」
目を袖で擦りながら、父は何度も頭を下げた。僕はその姿から父の誠意を感じていた。
「いいよ、もう過ぎたことだから。今までの期間、母さんに会う旅をしたんだ。そして、母さんに会うことができた」
「え?祐子が?一体どこにいたんだ?」
父は母の存在を気にしているようだった。身体が細かに震えている。
「彼女が母さんに会わせてくれた」
僕は後ろにいた凛花を父の目の前へと連れてくる。凛花はいつもよりも緊張した面持ちで佇んでいた。
「初めまして。祐くんとお付き合いさせていただいている凛花と言います」
凛花は深く頭を下げる。父もそれに倣って頭を下げた。
「この子が祐子に会わせてくれたのか?」
僕は事の経緯を細かく述べた。あの家出した瞬間からここまでの道のりを。父は母を思ってか、いつまでも泣き続けていた。
「祐子は、離婚届を提出していなかったんだな。そんなことも知らずに俺は結婚しようとしていたのか。あいつは何か察していたのかもな」
「あいつって?」
「連れてきた女だ。俺が昔の家族を忘れられない姿を察して、あの頃の家族に戻ったらいいんじゃないかと言ったんだ。だが祐には連絡も通じない。とにかく何をしたらいいかわからなかった。だが、こうやって祐は帰ってきた。結局、無くなったと思っていた家族も形だけは存在している。あいつの言っていたことは間違いじゃなかったみたいだ」
多分あの金髪の女は父が他の女を思っていると敏感に察知していたのかもしれない。父に感謝するよりも僕はあの金髪の女に感謝した。鈍感な父親に教えてくれてありがとうと。
「そうかもね。父さんも同じ思いだったことに気付けたならよかったよ」
「ああ、感謝しなきゃいけないな」
父は目を強くこすった。目の下には大きなクマができていた。僕の安否をずっと心配してくれていたのだろうか。
「父さんは母さんを愛している?」
「なんだよ、急に」
父は恥ずかしそうにしていた。その仕草を見ただけで僕は気持ちを理解する。
「僕は凛花を愛している。彼女が二十歳になる七月に結婚しようと思ってるんだ」
父は驚いたようだが、次第に顔を綻ばせた。
「母さんにも伝えたんだな?」
「うん、ちゃんとね」
「それなら、いいんじゃないか。あとは二人の愛の形がお前達を導いてくれるよ」
父はまた泣いた。それはきっと昔の家族が少しだけ戻ってきたからかもしれない。
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