あなたの隙間をください

夕夕夕タ

1LDK、私とあなた

「……あの」


「なに?」


「ヨミさんって、ビール飲みましたっけ」


「ああ……それね」


――。


 ヨミさんの、元カレ。いつかちょっとだけ聞いたような、そうでもないような。


「その人の好きなもの?」


「意味なんてないってわかってるんだけど、ね」


「……」


「未練かな」


ぷしゅっ、ぽん。


「あ?」


 気づけば、手が伸びていた。口をつけていた。喉を通っていた。


「げぷ……まずいですね、とてもにがい」


「は? いや……おい、未成年!」


 頭に血が上っていくのがわかる。世界がグラグラ揺れている中で、彼女だけピントがあっている。


「何か文句ありますか」


「ないわけないだろ。やめなさいよ、なあ」


 缶を取り上げたまま、背中をさすられる。ズルい。怒り方までやんわりしていて、大人の余裕? みたいなものがある。ズルい……。


「ふぅーっ、はぁ……げぶ……ヨミさん。私、あなたの一番好きなものじゃなくたって構いません」


「え」


 ぽかん、そんな擬音がしそうなとぼけた顔。28歳だったっけ、大人だなーと思ってるけど、こういう顔はなんだかかわいい。ズルいなあ。ズルいから、もうちょっと飲んじゃう。苦い。


「お仕事とか、お酒とか、この間話してくれた近所の町猫のミケちゃんとか。私より好きなものがたくさんあったって全然大丈夫です」


 あーあ、やっぱり困ってる。私なにやってるんだろう。酔っ払いってこういう気分であんなことやってるんだろうか。恥ずかしいなあ。飲んで誤魔化す。


「はぁぁ……でも、げふ……何かと比較されたりとか、誰かの代わりにされるのなんて、絶対に嫌」


「トーコちゃん」


「私、あなたの気晴らしですか? 本当に戻ってきてほしい人がいて、私ってただのツナギなんですか?」


 でも、なんだかちょっとスッキリしている。


「……」


「そんなの、私がゆるさげっほ……はぁ。ゆるしませんから」


 悔しいし恥ずかしいけど、ドギマギしているこの人も綺麗で、ちょっと得した気分になってる。言ってやった、言えてよかった……そう思う自分がやっぱり恥ずかしい。なんだかなあ。


「あなたは私のためにビールを買ってきてくれたんですよ。そうに決まってる……ありがたくいただいてあげます」


ぱかり、ぷしゅっ


 ? 私は空けてない。ヨミさんのおとがいが上がって、缶と一緒に傾いている。へんなの。


 ……そうじゃなくって、


「……ヨミさん?」


「16のガキが、えらそうに……げほっ、まっず、に、げぷっ、にがっ!」


「あの?」


「成人もしてない小娘のために酒買ってくるバカがどこにげっぷ、どこにいるってーの」


 目が据わってる。顔真っ赤。普段お酒飲まないもんなあ。それでも美人だ。私、彼女から見てどんな顔してるだろう。恥ずかしいな、困っちゃうな……。


「アタシがアタシのために買ってきて、こうやって飲んでるの。他の誰でもない、アタシのもの」


「……そうですか」


「……」


「とはいえ、この量あけるのはちょっと厳しいよね。あそこにしまおうにも場所とるだろうし、今日の内に片付けたいなあ。あ~あ、誰か一緒に飲んでくれないかな」


 いたずらっ子みたいな笑い。ズルい。かわいいしカッコいいし、めちゃくちゃだ。


「……未成年ですよ」


「今更怖気づくなよ、家出少女ちゃん」


「ダメな大人ですね、ホントに」


「せめて悪い大人でしょー」


「今日だけは一緒にダメになってあげます。仕方ないですからね」


ぷしゅり、ぽん、ぱかり、ぷしゅっ


「うーん」


「ああ」


「まずいですね」


「こりゃまずい」


――夜は更ける。

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