いわく、ある年に九代女王をえらぶこととなり、くじに従い十五才になった娘全員が集められた。娘たちはぐうからふだを授けられたが、女王となり得る月の紋様が浮かび上がった娘はただ一人であった。極めて稀なことである。名を日葉洲ひばすといい、母は八代女王五十しきの娘なかであった。

 印を得た娘が一人であるならば、必ずその娘が次の女王であると思われたから、人々は大いに喜んだ。

 ところが日葉洲ひばすは女王となることを嫌い、国と民を護る役目を捨て、八代女王の血を引く誇りも捨て、このたかから逃げ出したのである。

 天命に逆らうとは何という恥知らず、恩知らずであろうか。母のなかは屋敷の庭で八代女王のおわす方に向かってひれ伏しさけび泣いて不始末を詫びたあと、居並ばせた夫や子、またその妻と夫、孫など合わせて十四名の首をね、自刃して果てた。

 八代女王は深く悲しみ、一家のしかばねが血の海に折り重なるなかの屋敷に火を放つよう命じた。その炎は天高く満月まで届かんばかりであったという。

 そのように多くの命を捧げ炎にくべて八代女王が命の限り祈ったので、その年は軽い飢饉で済み、冬の訪れと共に八代女王は崩御した。翌年は喪に服し、この年は大飢饉であったが、前の年から八代女王があらかじめ備えさせておいたためにそれほどの人死には出なかった。

 その次の年にようやく再びの女王撰びを行うことができた。九代女王には、木地師きじし馬岐利まきりの娘、荏名津えなつが撰ばれた。

 日葉洲ひばすのためになかの一家は命をもって償わねばならず、女王五十しきは深い悲しみに包まれて残り少ない命を祈りに費やしたため、九代女王の撰ばれる前に崩御し新たな女王を御自ら育てることが叶わなかった。また人々は丸二年近くを女王不在で過ごさねばならず、その恐怖とこころもとなさは如何いかばかりであっただろうか。恐ろしいことである。

 後世の娘たちは決してこのような間違いを起こしてはならない。天に祈り地に祈る女王のいつくしみのもと生を受け育てられたならば、与えられたものはまた他に与えることが道理である。命は己一人のものではなく、天と女王の御心にかなう役目を果たすために与えられたものである。

 この後、日葉洲ひばすの名は不吉、不敬として用いられない。


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