沙帆媛伝――竹野国の物語

鍋島小骨

 むごいことではない、神事である。皆、誇りをもって挑んできた。

 そう言い聞かされて続いてきたしきたりだという。

 もしも天にえらばれたなら、この国の主となれる、その希望だけで死の恐怖をものともせず喜んで儀式に向かう娘さえいるのだとか。

 それゆえに、この国では女児を多くもうけることが良しとされている。


 儀式は俗に、おたか、と呼ばれている。

 国のはじめの女王がここで生まれた。

 以来、新たな女王はすべてこのおたかと呼ばれる竹林で撰ばれる。

 この特別な年、十三から十六の数が刻まれたくじを女王が引く。引かれた数と同じ年齢の娘全員が集められ、ぐうからふだを授けられる。次の女王となる可能性のある娘たちの札には満月をかたどるまるい紋様が浮かび上がるので、その紋様の焼き印を手の甲に押しておたかに入り、――



   * * *



 かさり、と野道を踏む足音が聞こえて振り返った。

 私は月明かりで読んでいた帳面を閉じ、鞄に仕舞いながら歩き出す。竹林をこちらに向かって歩いてくる彼女の姿が薄ぼんやりと見えている。

 やがて顔が見える近さまで来ると、彼女が目を泣き腫らしているのが分かった。


狭穂さほ


 呼ぶと、たちまちのうちに私の腕の中に飛び込んでくる。私にしがみつくようにして言葉もなくすすり泣く。

 狭穂は十五才で、おたかの神事は明日の日暮れからだ。

 この娘は、死を恐れている。




   * * *




 私は闇見国くらみのくにの末端王族に仕える身で、あるじの命により各国の風土、文物を見聞し記録して持ち帰る旅をしている――ということになっている。実際は私自身がその末端王族だ。安全のため、身分は常にいつわっている。

 この竹野国たかののくにに来たのは一月前。急峻きゅうしゅんな山に囲まれ辿り着くのに一苦労したが、先祖がここの出身ということもあり必ずや見ようと前々から決めていたので、諦めるわけにはいかなかった。高祖母が竹野国たかののくにから闇見国くらみのくにに嫁いだのがちょうど十五の時だったと伝わる。

 たかは月影の照らす平和で神聖な国と言われていた。

 確かに、山間のこの小国は穏やかで人々も親切にしてくれる。女王は人々をいつくしみ、人々も月の宮と呼ばれる神殿で祈りを捧げて女王と国の安泰を願う。

 話を聞いた宮司が親族の営む酒屋に口を利いて泊まれるようにしてくれた。急に転がり込んだにも関わらず一家は親切で、私の知りたいような土地の話もたくさん教えてくれる。

 美しい国だと思った。

 昔語りに日葉洲ひばすなる娘の名が出てくるまでは。




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