おっぱい狂いの英雄譚

小紫-こむらさきー

牛頭の獣人と土から現れた女神

「全身を覆うツヤツヤとした煉瓦色の毛皮……そしてそびえ立つ四つの山脈おっぱいだけは毛皮の庇護から解き放たれ、血色の良い地肌が堂々とそのやわらかさを誇示するように揺れている……貴女のその気高き山脈は寒さや風などでは決して屈さないという揺るぎなき強さの証であり、他者が触ることを安易に許さない危険な秘境のようだ…。なんといっても鎖骨デコルテの下から描かれる釣鐘型の曲線は美しく、そして大きさも大人の頭二つ分はあるという申し分のない巨大山脈。ああ…僕の美の女神…是非その麗しい姿を愛することを許して欲しい。僕には貴女が必要なんだ」


「る、ルリジオ様……下がってください」


 太陽の光からそのまま紡ぎ出したような金色の髪を風に靡かせて跪いているのはルリジオと呼ばれた男だ。

 優し気な雰囲気を醸し出す瞳を縁取る睫毛は、少し目を伏せれば頬に濃い影を落とすほど長い。

 彼の瞳は雲ひとつない空を写し取ったようように底抜けに蒼く、その肌は上等な白磁のように滑らかだった。

 スッと通った鼻筋と高すぎず低すぎない鼻と、小さく華奢な顎…その間にバランスよく収まっている少女のように麗しい彼のバラ色の唇は、両端が少し持ち上がれば道行く乙女は感嘆の声を漏らす。

 そんな見目麗しい男は、道端に跪いて愛を語っている。

 これが絶世の美女相手ならば、問題のない相手だが、彼は連れ立っている兵士に止められていた。

 それは、彼が愛を語っている相手は頭に二本の角を生やし、体は茶色い滑らかな体毛で覆われている一人の獣人だったからだ。

 彼女の四つある乳房は大きく張っていて、そこだけ毛皮がない。まるで乳牛を二足歩行にさせたような獣人は目の前にいる美しい男に無骨な木の槍を振り上げたまま静止していた。


「モウウウゥ」


 威嚇の声だろうか。目の前の獣人が前歯をむき出しにして鼻息を荒くしているが、彼は怯えた様子一つ見せずににこりと笑ってみせる。


「大丈夫。取って食ったり剥製にしようっていうんじゃない。ただ、僕の妻の一人になってくれないか?」


 前歯を見せ続け、更に頭の角を見せつけるかのように首を前後に揺らしている獣人に、ルリジオは歩み寄る。

 天使のほほえみ……人間であれば自分にこれが向けられれば同性だろうがうっとりして卒倒しかねない。そんな甘い笑顔で話しかけても獣人には効果は薄いようだ。

 しかし、うっとりはさせる効果が薄くとも、彼の常人とは掛け離れた行動は獣人に恐怖を与えたらしい。

 威嚇をしても動じずに、隙を見せないまま近寄ってくるルリジオに恐怖を覚えた獣人はついに手にしていた槍を勢いよく振り下ろす。


「よくわからない人間に、急に求婚をされて戸惑う気持ちもわかるよ。美の女神……僕は貴女のその美しい乳房に心を奪われてしまったんだ。貴女の気持ちはもちろん尊重する。だから少しだけでいい。時間が欲しいんだ。僕の館には他に獣人も居る。もし欲しいのならば専用の部屋も作ろう。なんなら専用の棟だって建ててもいい」


 目にも留まらぬ速さで振り下ろされた槍を、ルリジオは事も無げに片手で受け止めた。

 槍を引こうとして獣人が力を入れるがびくともしない。獣人が耳をたれ下げ、その瞳に強い恐怖を抱いてもルリジオは、微笑みを浮かべたまま立っている。


「前向きに考えてはくれないだろうか?」


 彼が愛しの彼女へ手を差し伸べようとした瞬間、獣人は槍から手を離し目にも留まらぬ速さで岩山を下って森の中へ姿を消した。


 背後からは兵士たちの安堵の溜息が漏れる。しかし、ルリジオは眉間に皺を寄せて憂いを帯びた表情を浮かべた。

 それは、同性にもかかわらず兵士たちですら固唾を飲むほどの美しさだった。


「あ、アレはここら一帯の村々を襲っている化け物ですよ?それに乳房の大きさこそ規格外ですが首の上についた頭はまるで牛です……。あのような魔性の生物を妻に娶りたいなどとルリジオ様、気は確かですか?」


「頭も体も我が至高の宝おっぱい付属品おまけだろう!」


「は……?」


「あの美しい釣鐘型の乳房を見たか?あの大きさを支えるしっかりとした骨格と筋肉……全身を覆う毛皮がないあの部分だけに覗く柔らかそうな素肌、なにより釣鐘型の乳房が二対、つまり四つある。わかるか? ただでさえ美しい乳房という名の宝物が四つもあるんだぞ? 冷静でいられるだろうか……いや、ない。僕の妻たちにももちろん副乳の者はいる……いるのだが授乳期以外でも素肌があらわになっている子はいないんだ。授乳期だけ乳房の周りの毛が抜けるというのも確かに風情がある。春に芽吹き夏に咲き、秋には花は枯れ落ちて果実が実り冬には枯れていく……そのように移り変わることによる美というものも素晴らしいと僕は思っているよ。だがしかし、だがしかし……一年を通して山の頂上を飾っている冠雪のように決して容易には触れられぬ秘境も素晴らしいものなのだ。まざまざと見せつけられたその美しくも神秘的な巨峰に挑まないというのも無礼な話だろう」


「……はぁ」


 熱っぽく浮かされたように語るルリジオに兵士は目を白黒させた。

 そんな兵士の様子は気にもとめず、彼は整った弓なりの眉を顰め哀愁の漂う表情を浮かべる。

 短い溜息を吐きながら、彼は牛頭の獣人が消えた絶壁を見つめ、思いを馳せるのだった。


「剣を一振りすれば火竜の首が落ち、巨人族も恐れる英雄とかなんとか言われてるけど……あんなの絶対嘘だろ」

 

 牛頭の獣人と対峙するルリジオの姿をろくに見なかった兵士たちは、ルリジオに聞こえよがしにそう言って大声で笑う。

 確かに、ルリジオの体は鍛えられてはいるが、少年と見間違えそうな華奢な体躯をしていた。

 歴戦無敗の筋骨隆々男……というわけではなく、どことなく弱々しいイメージを抱くのも無理はない。

 先程ルリジオを止めた兵士だけは、小さな声で彼らを諌めようとしている。


「剣の腕じゃなくて貴族様から寵愛を受ける才能の方があるんじゃねーか? ははははは」


 一同がドッと笑うのも意に介さない様子でルリジオがふと顔を上げる。

 数刻遅れて、ドドドという音と共に足元が激しく揺れ、その場に入るものは思わず地面に膝をついた。

 その中で、ルリジオだけが静かに立っている。

 まるで自分の足元だけ揺れがないかのように平然としている彼は、腰にぶら下げている鞘から剣を抜いて地面を軽く蹴った。

 

 ふわり……と羽根のように宙を跳んだルリジオがそのまま地面に向かって剣を向ける。

 浮いたときとは真逆で、ストンと垂直に落ちたルリジオは勢いを殺さずに地面に白銀に輝く刃を突き刺した。


 ギャアという人間の女に似た甲高い悲鳴が上がり、ルリジオが剣を突き刺した場所はみるみるうちに大きく盛り上がる。

 さっと剣を引き抜いて身軽に後退したルリジオは地面から出てきたなにかに目を向けた。


「お、女だ」


 先程まで地面の揺れで情けなく地面に這いつくばっていた兵士の一人が声を上げた。

 土から出てきたそれは、体を大きくぶるると震わせる。すると、ルリジオの身の丈を二人合わせたような高さのなにかから、乾いた泥がドカドカと派手な音を立てて剥がれ落ちていく。


 それは本当に女の姿をしていた。

 長い亜麻色の髪を垂らし、赤土色の肌をしている女は女神のような美しさで兵士に微笑みを向ける。


「こ、これこそが美の女神っていうやつだろ」


 数人がルリジオの背中を押しのけて前に進み出る。


「……よく見てみたまえ。胸の大きさは少女のそれだ。僕にとっての美とは程遠い」


 ふん……とルリジオにしては珍しく口を荒げ、彼は彼女の胸元を指差した。控えめではあるがやや膨らんでいる乳房は葉っぱのようなもので大切なところは隠されている。

 土から出てきたソレが女の姿をしているのは腰までで、その下にはブヨブヨとしたミミズのような、ヒルのような醜い見た目をしている。


「……僕は四ツ山の君へ捧げる花束を取りに帰りたいんだ。さっさと退いてくれないか? お前は血生臭くて、せっかくのあの子が怯えてしまう……」


「妾を侮辱するというのか? 牛頭の化け物から守ってやろうと出てきたというのに……」


 ルリジオの言葉を聞くなり、女の形をした部分が両手で顔を覆い眉を八の字にしてみせた。

 その悲しげな声を聞いた兵士たちは、一人を残してルリジオの背後から飛び出してくると彼女の前に並ぶ。


「ルリジオとやら! 王様からのお墨付きだと思って好き勝手させていたがもう許せねえ! せっかくの女神さんからの助けをなんだと思っていやがる」


「いやあ、だってそれ――」


 兵士たちの中でもとりわけルリジオをバカにしていた兵士は一歩進み出た。そして、ルリジオの瑠璃色をした外套の首元を掴んで引き寄せる。

 呆れたように口を開いたルリジオの言葉が言い終わらないうちに異音が耳に入った。

 ヒキガエルを踏み潰した時の鳴き声に似た音と、なにか硬いものを砕くような音。

 ルリジオの肩越しに見える同僚は、顔を真っ青にして酸素不足の魚のように口をパクパクと開閉させている。


「ああ……ほら」


 同僚が指を向けているのと同じ方向を、ルリジオの女みたいに綺麗な指も指している。

 恐る恐る振り向いた兵士は、持っていたルリジオの襟元から手を離してあたりを見回した。

 さっきまで自分の背後にいたはずの同僚たちが見当たらないからだ。

 兵士は、自分を見下ろしている赤土色の肌の女を見上げる。

 女は相変わらず麗しい顔をして微笑んでいるが、腰から下の肉塊がうごめいているのが見える。

 血なまぐさい……と感じて口元を押さえると、女の腰から下、太ったミミズのようなうごめく肉塊部分が上下に開き、ずらりと尖った牙が並んでいるのを見せた。

 開かれた口からは、飲み込みそこねたのであろういくつかのちぎれた手足と、兵士と付き合いが長い同僚の一人の頭がごろりと転がり落ちる。


 さっきまで強気でルリジオを糾弾していた兵士は情けない悲鳴をあげながら、その場にへたり込んだ。


「食べられてしまったようだね。全滅は免れたから僕がやったわけではないと証明しやすいのはいいんだけど」


「は?」


 化け物の口はルリジオを丸呑みすることなんてわけないように思えるくらい大きい。

 もう騙し討ちの必要はないと思ったのだろう。

 化け物は粘着性の高そうな唾液を撒き散らして、口をあけたままこちらに体を這わせて近寄ってくる。


「ほら、やはり魔法で記録を残しているとはいえ証人がいないことには、僕が君たちを皆殺しにして記録を改竄したと疑われる場合もあるだろう?」


「そ、そんなことを言ってる場合じゃ……」


 もう目と鼻の先に化け物が近寄ってきていた。

 このままでは三人とも殺されてしまう……そう思って兵士は目を閉じる。


 次の瞬間聞こえたのは、絹を割いたような女の悲鳴だった。

 慌てて兵士たちが目を開ける。

 ルリジオの剣で一刀両断にされた化け物の体が左右に分かれて地面にどしゃっと音を立てて倒れた。


「……一応、討伐の証に首を持っていたほうがいいかな」


 倒れた化け物の体の上を土足でスタスタと歩いたルリジオは、左右に分かれた化け物の首を刎ね、髪の毛を掴んで持ち上げてみせる。

 

「うーん。ちょっと邪魔だなぁ……。切り方を考えるべきだった」


 ルリジオが髪の毛を持っているせいで、赤土色をした肌の美女の顔面の右半分と左半分が、子供が遊ぶ木の実をぶつけ合う玩具アメリカンクラッカーのようにぶつかって揺れる。

 兵士たちは思わず嘔吐をしてその場に這いつくばった。

 魔物が復活しないようにまじないを施された袋の中に化け物の生首をしまったルリジオは動けない兵士たちの元に駆け寄ると、二人に手を差し伸べて立ち上がらせた。


「君たち、早く帰ろう。あ、あと花束を買えそうな場所を案内してくれないか?」


 呑気な様子でそう言って退けたルリジオを見て兵士が顔を見合わせていると、遠くからドカドカと足音が聞こえてくる。

 早馬の足音にも聞こえるそれに兵士たちは助けが来たのだと期待して音の方向へと走り出す。


「モウゥゥゥゥウウ」


 しかし、聞こえてきた声は馬ではない。立て続けに自らを襲う恐怖に耐えられなくなった兵士たちは抱き合ってルリジオがいるにもかかわらず大きな声で泣き始めた。


「モーーーウゥゥゥゥウウウウウモーーーウ」


 頭を振りかぶりながら突進してくる牛頭の獣人―ルリジオは四ツ山の君と呼んでいた―に彼だけは動じることなく、両手を広げて彼女の進行方向で待ち受ける。

 角が刺さるのではないか? と泣いている二人は少々慌てたが、ルリジオの体に当たる寸前に四ツ山の君は頭を持ち上げ、濡れそぼった肉厚な鼻を彼の胸元に押し付けた。


 鼻先を執拗に擦り付けられ、頬を薔薇色に染めるルリジオは、四ツ山の君の両肩に手を置いて彼女を一度からだから引き剥がす。

 一瞬、さみしげに「モゥゥ」と四ツ山の君は鳴いたが、自分の前で跪くルリジオを見て目を輝かせた。


「ああ、会いに来てくれたんだね四ツ山の君。僕のために君を苦しめていた化け物を倒したことをわかってくれて、こうして駆けつけてくれたなんてうれしいよ。その四つの豊かな乳房……。恐怖が消えたからかな? それともアレを倒したお陰で森に魔力が満ちたからかな? 肌艶がさっきよりよくなっているじゃないか。殺気の少し憂いを帯びてざらついたような地肌も美しかったけれど暖かで滑らかな今の君の谷間もとても素敵だよ。ここに来てくれたということは、僕の妻になってくれる決心がついたということでいいのかい?」


「ンンモオオオウ」


 力強く鳴きながら四ツ山の君は天を仰いだ。どうやら了承をしたとのことらしい。

 ルリジオは頬を薔薇色に紅潮させると破顔しながら彼女を抱き上げた。それはお姫様を抱き上げる王子様のようにも見える。

 抱き上げられているのが牛頭の獣人でなければだが……。


「一見凶暴そうな牛頭の獣人を逃し、見目麗しい魔物を迷いなく一刀両断にするとは……。一体どうやって魔物の正体を見抜いたのですか? 血の匂いや魔力で見抜いたとか?」


 上機嫌で四ツ山の君を抱いて歩くルリジオに、助けられた兵士のうちの一人が話しかけた。


「さっき殺した化け物の方が殺した人数が多いと言うだけで、血の匂いは四ツ山の君からもしているし、彼女も村の一つか二つくらいは滅ぼしたのではないかな」


「は……? 土から出た魔物と同じように、人の村を襲っていたこの獣人を娶るのですか? いくら今は感謝の意を示していても言葉の通じない獣人です。いつルリジオ様の寝首をかこうとするかわかったものではないのでは……」


「でも巨乳だぞ!? この至高の宝物おっぱいが君には見えないのか?」


 大きなルリジオの声が森の中にこだました。


「この四つそびえている巨大な山脈が……見てみろ。僕が抱き上げてこうして歩くだけでまるで高級なパンの種のように揺れ、柔らかな地肌の部分が波打っているだろう? それにこの煉瓦色をした毛皮と地肌の境目のだな……」


 村へ帰るまでの間、兵士二人はルリジオの巨乳談義を延々と聞かされ続けたのだった。

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