ニ 「悲しみの末に」

 私は、村の近くにある山岳を上り、先に派遣されている剣士の仲間を探していた。集合場所はすでに指定されていて、地図を見ながら、その場所まで向かう。


 険しい山だ。ほとんど緑はなく、不規則に岩が転がる中を進んでいかなければならない。歩くだけで、かなり体力が削られる。いつ敵に襲われても対応できるように、周囲の警戒も常にしなければならず、精神的にも肉体的にも強靭さが求められた。


指定された場所に行くと、私は目の前に広がる光景に、思わず足を止め、佇んだ。


 ''なんだ、これは。なにがあったんだ、この場所で''


 山の一部に、巨大な窪みができており、その付近に、先に、この地に赴いた者たちが、地面に倒れ込んでいる。そのなかには、私の親友もいた。


 その親友とは、つい昨日まで、同じ酒を飲みかわし自分の家族のことを話していた。私と同じく、子供ができたばかりで、子供の話ばかりしていた。


 地面に倒れている彼は、すでに息をしていなかったが、片手に持つ手には、命を失った後も、剣が、握られていた。


 最後まで、立ち向かったのだろう。きっと怖かったに違いない。だけど、村で待っている大切な人たちのために、必死で戦ったのだ。あなたを誇りに思う。

 

 地面に正座で座ると、目を瞑り、彼の前で合掌をする。合掌が終わり目を開けると、私のなかでふつふつと怒りの感情が沸き上がった。


 やはり許せない。仲間たちの命を奪った魔族は、この手で倒さなければならぬ。徹底的に。


 私は、強く拳を握り、立ち上がると、周囲にまだ、息のあるものがいないか探した。幾度もの戦地に赴き、見てきたが、仲間の倒れ込む様子を見るのは、今もとても心が痛い。


 それぞれがそれぞれの思いを持って戦っている。誰かのために必死で戦う彼らの姿に私はいつも心を動かされてきた。


 どうか、一人でも生きていてほしい。また、一緒に村に帰ろう。


「だ、だれか.....」


 今にも消え入りそうな声で、助けを呼ぶ声が聞こえた。


 こっちだ。まだ、生存するものがいるようだ。良かった。

 

 耳を澄まし、声の主がどこにいるのかが分かった。目の前に見える大岩の影に、生存者がいる。私は、急いで、大岩の後ろまで向かうと、大岩にもたれかけ、意識がもうろうになっている男性がいた。


「来てくれたのか......」


「ひどい怪我だ。今から、治療します。まだ、助かるかもしれない」


「いいんだよ。もう俺は駄目だ」


 岩にもたれ掛かる男は、お腹の傷を抑え、苦しそうにしている。苦しんでいるのに、ただ見ているなんてことはできない。


「しかし......」


 男は、真剣な眼差しで力強く私を見てきたので、男の話に耳を傾けることにした。


「聞いてくれ。魔族は、強大な力を持っている。剣士たちが束になっても、たった一人の魔族に、やられてしまった。その魔族は、村に向かっている。私たちが住む村だ」

 

「魔族が私たちの村に」

 

 男の真剣な雰囲気からも、事態の深刻さがうかがえた。


「俺の命はどうでもいい。村の人たちを助けてくれ!頼む!」


 自分の命より村の人たちを、優先する、この男性は、本当の剣士だ。男性の気持ちを一人の剣士として尊重しなければと感じた。


「分かりました。全力で村の人たちを助けに行きます。だけど、苦しいでしょうが、あなたも全力で生きてください。ここに、治療薬を置いておきます」


 私は、懐から常備していた治療薬を男の近くに置くと、急いで村へと向かった。男から立ち去る際、何度も「かたじけない」という声が後ろから聞こえていた。


 私は魔族よりも先に村にたどり着き人々を守るため、力の限り走った。


 息が乱れ、とても苦しい。体も徐々に重く感じ、一歩進むのも、つらい状況が続く。


 シズネの顔が浮かんだ。


 守るべきものがない私にも、守るべきものができた。以前の私では、到底、感じることができぬ喜びや幸せを感じさせてくれた。つらいこともたくさんあったが、乗り越えることができたのは、あなたがいたからだ。


 あなたがいなければ、今の私はこの世にいない。


 だから、例え苦しくても、救わなくてはいけないのだ。自分の命をすり減らしてでも。


 村から、いくつか煙が空に伸びているのが見えた。すでに、魔族の襲撃を受けている。嫌な予感がした。


 その予感はすぐさま的中した。村のなかに入ると目を背けたくなるような悲惨な光景が広がり、頭にこびりついて離れない。


 村の人たちが、血を流して倒れている。


 ついこの間まで、話をしていた人たちだ。


 私たちにとって日常で、当たり前のようにそこにいた人たちだ。


 この時、私は、自分の力をしていたことに気づいた。一人で、村の人たちを守れると思い込んでいた。私は、たった一人の剣士に過ぎなかった。


 すまない。すまない。私は......私は、あなたたちの期待を裏切ってしまった。村を守るはずの剣士が、何もできないでいる。


 村の奥の方で、地面を穿つような強烈な爆発音が轟いた。今までに、聞いたことがない凄まじい音だ。しかも、音の出所は、わが家がある場所だ。


 シズネ。シズネ。


 私は、シズネのことでいっぱいになっていた。どうか、生きていてほしい。もう、私は、これ以上の地獄に耐えることができない。


 命をかけても、守りぬくと彼女と約束したのだ。


 私は、地面に倒れ込む人々を横目にひたすらに駆け、わが家がある場所までたどり着くと、足を止めた。


 あるはずの家が跡形もなく消え、誰かが立っていた。


「シズネ......」

 

 私は見たのは、シズネが一人の魔族に、首を掴まれているところだった。シズネは、私の方を見て、言った。


「あなた、逃げて......」


 魔族が、シズネの息の音を止めようとしている。それだけは、絶対にさせてはならない。

 

「やめろぉぉぉ!!!」


 私は、剣を持ち、魔族から、シズネを助けようとしたが、手遅れだった。首の骨が折れる音が聞こえると、彼女は、全身の力を失い、魂のない人形と化した。瞳は閉じているが、頬には、涙が伝っていた。


 動かなくなった彼女を、魔族は、がらくたを捨てるかのように、無感情に投げ捨てた。


 私は、彼女が地面にぶつかる前に、彼女の身体を優しく受け止め、冷たくなっていく彼女の手をつかんだ。


 シズネ。あなたは、やっぱり、最後まで心が透き通った人だ。自分の首を締められている状況でも、助けを私に求めるのではなく、私の心配をして、逃げてと言ってくれた。


 私は、あなたという人を妻に持てて、幸せだった。


 心の優しいあなたは、こんな魔族であっても、慈悲の心を持つのでしょう。だけど、私はどうしても、許せないのです。あなたの命を奪った、この魔族を。


「お前は、この女の夫か。それは良かった。女の死に様を、見せることができた。本当に愚かな女だ。私が、人間に扮して、村に侵入した時、快く案内してくれた。私が魔族だということも知らず」


  魔族は、私を見下した目で、見ながら言った。


 この魔族は、彼女を侮辱した。彼女の良心を''愚か''という一言で、片付けた。


 私は、持っていた剣の先を、魔族に向けると叫んだ。


「もういい!もう十分にお前が生きるに値せぬことが分かった」


 魔族は、私の剣を見て、言った。


「お前も、剣士か。どいつこいつも、威勢だけはよくこの私に挑んできた。守るべきものがあると言って。だが、魔法の前では、皆、無力だった。先に、守るべきものというものを、消してやったら、絶望した様子だったな。それが何よりも、面白かった」


 魔族が怪しげな呪文を唱え、そこらじゅうに転がる小石が、宙に浮き、鋭利な刃物に、姿を変える。


 魔族は、右手の人差し指で私の方を指さし、魔法で鋭利な刃物と化した小石を私の方に勢いよく飛ばしてきた。


 私は、剣襲いくる小石を、紙一重のところでかわし、魔族のもとまで接近すると、剣で手を切り落とした。


 魔族は、あまりに一瞬の出来事に、驚きながらも、後ろに下がり、距離をとった。


「何者だ。お前。本当に人間か」


 私は、憤怒の気持ちに身を任せ、剣を振っていた。沸き上がってくるこの怒りを、ただ魔族にだけ向けた。


「目障りだ。消えろ」


 私は、魔族が再び呪文を唱える前に、魔族の首を剣で切り落とした。それは、ほんの一瞬の出来事だった。


 首を切断したにもかかわらず、魔族はまだ生きていた。こちらに視線を向け、微笑みを浮かべている。


「そうか。お前が天下無双の勇者か。素晴らしい。勇者の絶望する顔を見ることができた。今のお前の顔、さいこ......」


 私は、魔族が言い終わる前に、剣で頭を貫いていた。


 何が、天下無双の勇者だ。


 周囲を見渡すと、村のあちこちに人々が倒れ込んでいる。


 私は、救えなかった。何も守れぬ強さなどいらない。


「シズネ。申し訳ない。あなたとの約束を守ることができなかった。私は約束ひとつ守れない愚か者だ」


 それから、行く宛もなく、村をさまよった。彼女のいない世界は、色褪せて見えた。白と黒だけが入り交じる世界だ。彼女がいない世界はこんなにも色褪せていたのか。


 どうして、誰よりも、他者を愛し尽くしてきたシズネが、死んで、何人もの命を奪った私が生き残らなければならぬのだ。命を失うべきは私の方だった。


 私には、守るべきものがもうない。失ってしまった。何もかも。そして、大切な何かが近くにいる幸せを知ってしまった。


 もはや、この世界に生きる意味がない。


 私は、自分の顔に触れた。顔に触れた手には、べっとりと血がついていた。いつの間にか、血に染まっていた。色褪せた世界では、血はよりいっそう赤く染まって見えた。


 私は、剣を両手で持ち、剣先を自分のお腹の方に向けた。もう、こんなは見たくない。目を閉じ、覚悟を決めた。


 剣を振り下ろした時だ。突然、赤子の鳴き声がした。


 この声は......。


 私は、腹に到達する直前、剣を止めた。鳴き声がするところに行くと、人目のつかないところに、籠の中に入った赤子が泣いていた。それは、とても、とてもかわいい赤子だ。


「カグネ、生きていてくれたんだな」


 私と、シズネの子だ。きっと、シズネは、カグネだけでも守ろうと、この場所に隠したのだろう。


 泣きじゃくるカグネを抱き抱えると、止めどなく、涙が眼から、こぼれ落ちた。


「ごめんな......カグネ、ダメなお父さんで。ごめんな......」

 

 カグネは、私の涙をこぼす様子を見て、泣き止むと、私の指を小さな手で握った。カグネは、私のことを心配してくれたのだろう。


 自ら命をたとうとしていた。カグネは私の命の恩人だ。


 私は、村の人たちのお墓を作り、お花を備えて、黙祷を捧げた。今、私ができることは、これくらいしかできないのだと思うと胸が苦しくなった。


 ※※※


 私は、この悲惨な出来事を機に、剣士をやめた。剣士に関係するものはすべて、家の蔵にしまい、カグネと二人、平穏に生活することを選んだのだ。


 一時期、魔法という強大な力を得た魔族だったが、数年後、突如、滅びることになる。世間では、人間もまた、妖精と契約を結び、魔法を使えるようになった。魔族は身体能力に優れていたが、人間は、知性では魔族を上回っていた。改良に改良を重ね、より強力な魔法を扱えるようになり、ついに、魔族たちは、この世から、いなくなったのだった。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白銀ノ剣士 東雲一 @sharpen12

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ