第12話 リセット

「それをやったのは、あなたに憑いている狐の神様。……神様、なんて上等なもんじゃないけどね。

 美貴ちゃんには教えたわよね、動物神にはニセ物の、ろくでもないのもいる、って。


 浜野さん。あなた、

 神社にお参りに行ったこと、あるでしょう?

 就職活動中…、今じゃなくて、もっとずっと前。

 大きい、有名な所で」


 浜野はすぐに思い出した。

「◯◯神社に行きました。四月、すぐに。就職のご利益があるって言うので」


「はい。神社そのものは置いといて。

 お参りした後で、境内を散歩したでしょ?」


「はい。神社をお参りしたら、出来るだけ長く、ゆっくりして、神社の良い気を浴びるといい、って言うので」


「裏山の参道に入って、そこで何か、見たでしょう?」


「あ…………」

 浜野の顔色が変わった。

「わら人形…………

 森の木に、わら人形が打ち付けられてるのを見ました。それも、四つか、五つ、あちこちに……」


「それを見て、どう思った?」


「うわあーー……って。本当にこんなことする人、いるんだあ?って」


「丑の刻の、呪いのわら人形。呪いなんて、信じる?」


「まさか。そんな非科学的なもの」


「でも、神社にお参りはする?」


「それは……、イメージ効果です。自分の心を良い状態にセットする為の、自己催眠の手段のようなものです」


「なるほど。

 じゃあ、内定が取り消されても、別に神様を恨んだりなんかしない?」


「それは……、そうです…………」


「ほんとうにい~~」

 紅倉は意地悪に疑わしい笑みを浮かべて浜野を見た。

「人間の心って弱いものよ? 悪いことが起これば、その原因を他へ求めたがるものじゃない?」


 浜野はそれでも意固地に自分の考えを変えるのを拒否する姿勢を見せた。


「ま、いいでしょう。

 でもね、わたしの見たところ、悪い神様を呼んだのは、あなたの……秦野さんに対する劣等感よ?

 何をやっても勝てない秦野さん。

 その度にあなたの心には鬱屈うっくつが溜まっていき、その度に、

 心の中には無意識的にあるイメージが思い出されていた。

 神社の裏山で見た、わら人形。

 人を呪う儀式。人を呪う、心。

 あなたは、自分の心の中に、秦野さんを呪う、わら人形を抱えてしまっていた。

 この人さえいなければ、わたしはもっと楽しい大学生活を送れた。

 この人さえいなければ、◯◯君はわたしと付き合っていた。

 この人さえいなければ、わたしが内定を取り消されることはなかった。……これは単なる言いがかりですけどね。

 この人さえいなければ、わたしは。

 憎い。憎い。憎い。

 秦野さんが、秦野奈津和さんが、憎い!

 ……ってね、上手く行かなくって、弱った心で、ついそう思ってしまっていたのよ」


「わたしはそんなこと……」


「あの参道の奥にも、いくつか小さなおやしろがあるのね。でも、あんまり訪れる人、いないでしょう? まあ、神職しんしょくさんたちがちゃんとお世話してるからまだいいんだけど、さすがにその周りまではねえ……

 呪いのわら人形なんてのをわざわざ神社の山の中に打ちに来る人なんて、それだけで物凄い精神エネルギーなわけよ、マイナスのね。


 あちこち打たれたわら人形が、結界を作り出して、お社のような場を作り出し、

 人を呪う悪いエネルギーを溜め込み、

 それに釣られて悪い霊が集まってきて、

 近くのお社の神様を真似て、自分も神様のように振る舞う。

 呪いを成就じょうじゅさせる悪い神様だけどね。


 その悪い神様を、あなたは無意識的に引き寄せてしまい、取り憑かせてしまったのよ」


「そんな……」

 浜野は信じたくない嫌な顔をしたが、その悪い神様が取り憑いてるのを疑うように、気持ち悪そうに身じろぎした。


「秦野さんが大ファンの茉央ちゃんに「パーフェクト・コーデ」を達成されたのを目の当たりにして、あなたの心は、プッツン、した。

 理性が途切れて、取り憑いた悪神が発動した。


 茉央ちゃんの服が、ボッ。


 というのが、わたしのこの事件の見立てです。

 ま、しょせんは呪いだの神様だの、心の問題ですから、現代科学で証明のしようもありません。

 信じる信じないはあなた次第、ってことでね、どうぞご自由に」


 放り出された浜野は、

「どうしろって言うんです?」

 と恨みがましく紅倉を見つめた。


「そうねえ。信じないのはあなたの勝手、ですけれど。

 あなたはこれからもきっと、なんでわたしばっかり?、という面白くないことばかり続くでしょうねえ。

 あなた風に言えば、心がそうなるようにセットされてしまった、ってところね。

 リセットする為に、その神社でいいわよ、しっかりお払いしてもらうのね。

 神様にしても、自分の所にたむろしてる不良どもの仕出かした不始末ですからね、しっかり追い払ってくれるでしょう。

 それで心機一転、新しい就職先目指してトライするのね」


 浜野は静かに息を吐き、

「そうします」

 と言った。


「素直でよろしい。そんなあなたに、ご褒美をあげましょう。美貴ちゃん、あれを」

 芙蓉が「はい」と席を立ち、手提げ袋を持って戻ってきた。

「プレゼント。どうぞ」

 芙蓉に渡され、中身を見た浜野は目を丸くした。

 慌てて取り出すと、それは、

「Eのハンドバッグ」

 だった。

「伯母さまが贈ってくれたのとはモデル違いだろうけど」

「これを、わたしに……」

 すごく欲しい!……でも、どうして?本当にいいの?、と心のざわつきを目に表して、紅倉を見つめた。

「ああ、いいの。貰い物だから。羨ましいでしょう?、業界人」

 紅倉はニヤニヤ笑い、表情を引き締めると。

「そのままあなたの物にしても構わないけど……、お薦めは、

 秦野さんに事情をすっかり打ち明けて、伯母さまのバッグと交換してもらうのね。秦野さんは快く応じてくれるだろうし、そうするのが、あなたの心をリセットする一番の方法じゃない?」

 浜野は目をまっ赤にして、

「はいっ」

 と大きく返事すると、

「ありがとうございます」

 と、感謝を込めてお辞儀した。

 紅倉もニッコリし、

「はいはい。ま、取りあえず就職と卒論、たいへんだろうけど、頑張ってね」

 と励ました。





 芙蓉が車で二人を送っていくが、出掛けに玲緒奈がこっそり紅倉にすり寄ってきた。

「先生え~~。他にもあるんですかあ?、業界関係の貰い物~~」

「ああ、まあ、あるけど」

「ください!」

「呪われてたのなら、ゴロゴロあるから、好きなの持ってっていいわよ」

「げっ。…………もしかして、浜野さんにプレゼントしたのも…………」

「ちゃんと浄霊してるからきれいよお。でも、言っちゃ駄目よお?」

「はいっ。言いません、決して!」

 と、玲緒奈は憧れのブランドバッグをゲットするのを諦めた。

(いや、でも、リサイクルショップに持って行けば………)

 と考え直したが、

(よそう。呪われそうだわ)

 と、諦めた。




 二人を送って帰ってくると、芙蓉は改めて紅倉と向き合い、訊ねた。

「本当のところ、犯人は浜野さんに取り憑いた悪神で間違いないんですか?」

「あら、疑うの?」

「いえ、先生を疑うわけありませんが……

 宇賀神さんは、本当に茉央さんを助けたんですか?」

「ふむ。どうしてそう思うの?」

「それは……


 あの炎は本物でした。

 でも見た目ほど強い火ではなかったんじゃないかと思うんです。ステージ上のスプリンクラーも作動しなかったですし。

 服が焼けるほどですから、火傷もしてなきゃおかしいんですが……、なんだか、表面にすすを塗っただけ、みたいにも感じたんです……

 あのまま宇賀神さんに茉央さんを預けて良かったのか、今でも迷ってるんですが……」


「そうねえ……」

 紅倉も素直にため息をつき、芙蓉には本音を話した。


「今回の騒動、一人、得をしたのは、宇賀神さんでしょうね。

 火をつけたのが浜野さんに取り憑いた神様もどきの悪霊であるのは確かだと思う。

 でも、美貴ちゃんが違和感を覚えたように、そんなに強い力を持った奴じゃないと思う。


 宇賀神さんが、状況を利用して、自分のいいように持って行った、と言うのが真相だと思う。


 彼女、綺麗な女の子が大好きでしょ? 茉央さんも前から目をつけていたんじゃないかと思う。

 だとすると、状況に便乗したとは言え、今回のやり口はかなりあくどいと思う。


 この、女の敵の、性犯罪者め!……って感じなんだけど……


 そこで重要なのが、あなたの彼女に対する態度なのよね。


 あなた、宇賀神さんにハグされて、喜んじゃったでしょ?

 彼女が邪悪なら、あなたがそういう反応すると思えないのよねえ…………


 これも言ったわね、例え本物の神様だろうと、特にその出自しゅつじが動物である場合、人に長く取り憑いてるのは危険だって。お互いに欲望を刺激し合って、俗物に堕ちてしまう、って。


 今現在、宇賀神さんがそういう状態になってしまっているか、微妙なところだと思うのね。


 茉央さんを卑怯な手で自分の物にしてしまったことに、神様的な深い理由があるのか、

 それとも単に欲望を満たしただけなのか、

 わたしにも判断がつかないわ」


 と、紅倉は「お手上げ」した。


 紅倉にそう言われて、芙蓉も責任を感じてしまった。

 自分が彼女に甘いせいで先生の判断を鈍らせてしまったのではないか、と。


(よし。今度蛇が忍んできたら、……欲望に溺れないで……、取っ捕まえて、茉央さんへの悪巧みを白状させてやろう)


 と、決意した芙蓉だったが、

 あの夜以降、蛇が芙蓉の寝所に忍び込んで来ることはなくなっていた。


 残念ながら芙蓉は飽きられ、他の女の所に通うようになったらしい。


 そのはずなのだが、

 今も夜な夜な、

 芙蓉の寝室からは、


「……うん………、……あん………」


 と言った、密やかな声が漏れ聞こえていた。

 夜の屋敷内散歩をしている紅倉は、その声を聞くたび、

 うーん……、と考え、


「ま、やぶ蛇になるのは目に見えているから、聞かなかったことにしよう」


 と、部屋の前を通り過ぎるのだった。

 芙蓉いわく、彼女は、

「若い健康な女子」

 なのだそうだから、ま、そういうことなのだろう。



 終わり



   2020年3月作品

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霊能力者紅倉美姫16 女の園の火祭り 岳石祭人 @take-stone

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