第11話 なんで?
ケーキを食べ終え、紅倉が元気に解説を続ける。
「あなたは大学四年生。
就職の内定が決まって、現在は卒業論文の執筆中
…………の、はずでしたが、
そんな場合じゃなくなっちゃってるんでしょ?」
浜野は後輩たちの前で屈辱を感じながら、うなずいた。
「はい…………。
決まっていた内定が、内定式の直前、取り消されました…………」
「内定式っていうのは、いつ?」
「十月でした」
「内定って、いつ頃もらうの?」
「だいたいもう、四年生の早い時期に……」
「じゃあ、今は?」
「新しい就職先を捜してます……」
「今の時期じゃあ?」
「はい。もう、希望する職種はどこも…………」
浜野はそれこそ狐のように目を吊り上げて、恨みたっぷりに説明した。
「内定の取り消しは、急に業績が悪化して、ってことでしたけど、嘘です。本当は、内定辞退者を想定して余分に内定を出していて、想定より辞退者が少なかったので、評価が下の……わたしを、切ったんです…………」
「なるほどねえ。就職活動って、大変そうねえ」
と同情的にねぎらったが、まるっきり縁のない紅倉はどこか白々しかった。
「でも、そう言う忙しい時期に、大学のチャリティーには協力して、参加もしたのね?」
偉いわねえ、というニュアンスの紅倉に、浜野はまた屈辱的に言った。
「仲間たちに……、内定が取り消されたのを言ってないんです。わたし一人だけってのが、悔しくて……」
「それで、余裕のポーズで、参加した、と」
「はい…………」
聞いている玲緒奈は、
(そんな場合じゃないでしょうに)
と内心呆れた。
どんだけ見栄っ張りなのよ、と。
浜野夏菜は、玲緒奈が思う以上に見栄っ張りだった。
紅倉が訊いた。
「自分が提供したハンドバッグを十万円も払って買い戻そうとしたのは?」
(えっ?)と玲緒奈は驚いた。
じゃあ、E社のハンドバッグを寄付したのは……?
浜野夏菜はすねたようにしばらく黙っていたが、やがてため息をつくように、
「それは、……やっぱりもったいなかったからです」
と言った。
「なんで?」
玲緒奈は部外者を自覚していたが、たまらず聞いてしまった。
「Eのバッグですよ? なんで寄付なんかしちゃったんですかあ!?」
「それは…………」
浜野は口ごもり、今度はなかなか答えなかった。
見かねたように紅倉が言った。
「秦野奈津和さんに勝ちたかったんですね」
「は、はたの……さん?」
また知らない人が出てきた。
紅倉は玲緒奈を見て言った。
「あなたは知ってるでしょう? だから、「パーフェクト・コーデ」を達成した「神」よ」
「あっ……」
と玲緒奈は合点した。
そういうこと……だった……の?
と。
玲緒奈が紅倉に捜すよう言われたのは、
『大学の四年生で、有名なオシャレさんの一人で、「パーフェクト・コーデ」じゃない方の人』
だった。ついでに、
『ピンクのボストンバッグが大嫌い』
だった。
浜野夏菜はじいっと下を睨み、屈辱に唇を噛んでいた。
紅倉が訊く。
「秦野奈津和(はたのなずな)さんとあなたは、ライバル、ですね?」
「ええ、そうよ!」
浜野は荒々しく顔を上げ、開き直ってしゃべった。
「わたしと彼女は入学した時からのライバルよ!
はまのなつな と はたのなずな。
ね? 名前も似てるでしょ? おまけに誕生日はわたしが六月六日で、彼女が六月七日で一日違い。
最初は、
「あら、偶然」
って、仲良くなったわよ。選択コースも同じのを採って。三年次には同じゼミに入って。
いっしょに居れば居るほど、彼女との差が明らかになって行ったわ。
彼女の方が優秀。
彼女の方がセンスがいい。
彼女の方が友だちが多い。
彼女の方がモテる。
彼女の方が美人。
彼女の方……を彼は選んだ。
…………………
そんなわたしが、勝った、と思えたのが、あのバザーとファッションショーのオークションよ。
一年の時、何気なく出したネックレスが「高額品」の抽選に出されて、大人気だった。
服も、一番人気の茉央ちゃんじゃなかったけど、プロのモデルに着てもらって、「パーフェクト・コーデ」じゃないけどヒロコさんにも褒めてもらって、オークションではセットで一番の高値が付いたわ。
それがわたしの寄付したのだって知ってる周りの子から、すごいね、って褒められて、秦野さんにも羨ましがられて。
あの時ほど、得意になれたことはないわ。
…………でも、それで泥沼にはまってしまった…………
翌年から、秦野さんも寄付品に力を入れるようになった。
そしたら彼女の、バッグと、服が、それぞれ選ばれて。
わたしはその時、服は選ばれなかった。
あの時の悔しさと言ったら………………………
三年の時も、まあ、引き分けのようなものだった。
そして今年……………
わたしは、
どうしても、
彼女に勝ちたかった!…………
同じ業種で、上の、希望する企業に内定が決まっている彼女に…………
わたしは、
…………今にして思えば、内定を落とされて、新たな就職先も決まらないで、相当おかしくなっていたんだと思う……
わたしは、
海外に住んでいる伯母から気の早い就職祝いで贈られてきたEのバッグを……、
秦野さんに勝ちたい一心で、
寄付に出してしまった…………
いつもはファッション好きの仲間内で、何を出品したか、特に申告しなくても分かるのね。
でもEのハンドバッグのことは、仲間内でも知られてなかった。
当日出品されてるのを見て、
「えーっ、Eのハンドバッグよ! 誰が出したの?」
って大騒ぎしてた。
それを見てわたしは心の中で得意になってたのに…………
いっしょに、下品なピンクのボストンバッグが出品されているのを見て、一瞬、目の前が真っ暗になったわ。
あれは、
あれは…………、
秦野さんが出した物だった。
忘れようもないわ、夏休み中、ゼミで集まった時、彼女があれを持ってきていたのよ。
わたしはそれを見て、
「なあに、それ? あなたらしくないわねえ」
って、思いっきり馬鹿にしたわ。
彼女も、そうよねえ、って困った顔をして、その日限り、そのボストンバッグを持ってくることはなかったわ。
それが、まさか、そんなプレミアバッグだったなんて…………
あれを見て、その価値を知って、わたしは我に返る思いがした。
伯母が送ってくれたEのバッグを、わたしはなんてことをしてしまったんだろう、って。
わたしのEのバッグは本当に欲しそうな人が番号札をもらっていった。
秦野さんのボストンバッグは、あからさまに転売目的のグループが遊び半分で番号札をもらっていった。
気持ちの上ではわたしの勝ちのはずだったのに、秦野さんはあのバッグを、まったく惜しげもなく、いらないから、寄付に出したのよ。それが十万円の値段がついても、まったく余裕で笑っていたわ。
わたしは………、大切な宝物になるはずの物を、たったの、たったの、十万円なんかに…………
わたしは、泣きたいほど惨めだった…………」
「それで、Eのハンドバッグはどうなったの?」
ああ、それは……………
「秦野さんが、当たったわ………………」
そうだったのだ。抽選が当たったオシャレなお姉さん。それは、あの彼女だったのだ…………
紅倉も気の毒そうにうなずき、それでも、聞かねばならないことを、訊いた。
「絶望的になったあなたの気持ちを、更に追い落とす、駄目押しの出来事があったわね?」
浜野は力なくうなずき、言った。
「はい……。
秦野さんの寄付した服が、一式、茉央ちゃんに着られたわ………………」
「あなたの服も選ばれたんでしょ?」
「ええ……。
あの宇賀神って子が履いてたスカートが、わたしのよ…………
あんな子に着てほしかったんじゃない……
わたしは茉央ちゃんに着てもらう為に………
ヒロコさんのコーディネートを勉強して、茉央ちゃんの好みを研究して、自信を持って選んだコーディネートだった……。わたしだって、「パーフェクト・コーデ」を狙ってたんだ、茉央ちゃんに着てもらう…………
それなのに、それなのに、
またしてもわたしを差し置いて、茉央ちゃんにパーフェクトに選ばれたのが、
……………秦野さんだった……」
「なんであなたはそんなに選ばれたかったの?」
「ファンだから、茉央ちゃんの。それに……、
何もかも上手く行かない事だらけで…………、
茉央ちゃんに選ばれて、「神」になって、
…………うんとハッピーになって、運気を変えたかったのよ…………」
「なるほど。それをまたしても秦野さんに邪魔されて、
浜野はじっと考えて、答えを求めて紅倉に言った。
「どうして茉央ちゃんなんです、秦野さんじゃなくて?」
火をつけた相手が、だろう。
「どうして?、って気持ちでしょうね。望みを
あなたまで?
って。それに、燃やしたのは元もと秦野さんの服だから。単純に服が憎かったんでしょう」
「そっか……、茉央ちゃんに悪いことしたな……」
納得しかけた浜野だったが。
はたと気づいた。
「でも、憎ければ……火がつくわけじゃないでしょ? わたしにそんな……超能力、あるわけないわ」
そりゃそうだ、と玲緒奈も芙蓉も紅倉を見る。
紅倉もうなずき。
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