第30話 もやっとコール

 冷蔵庫に栄養ドリンクとヨーグルトを投げこみ、小腹が空いたのでバナナを一本咥えてそのまま部屋に向かう。


 散らかったおもちゃと着替えを片付けると皮をゴミ箱に入れて寝転がる。四肢を伸ばして大の字になりながら、ぼーっと天井を見つめた。


 今頃、莉音はいちかの看病をしているのだろうか。あんなにたくさん買って、きっといちかもびっくりしているに違いない。そもそも莉音の家は逆方向のはずなのにわざわざ出向くなんて、仲がいいのは素敵なことだと思うけど、莉音の動機はそれだけではない気がした。


 まさか、あの莉音が心配なんてするはずがない。いやそれは莉音に失礼か。でも、そういう人並みの感性を持っているとは考えづらかった。わたしのイメージだといちかの家に乗り込んで「根性が足りないわよ!」と渇を入れそうなものだけど。


 まぁ、わたしは占い師でも超能力者でもないんだし、人の考えてることなんてわかりっこない。わからないから亡霊みたいに彷徨って、今日みたいなどっちつかずの一日が生まれるのだ。


 据わっていない首をだらりと垂らして、体の向きを変える。


 なんか、疲れた。体育もなかったし授業も5限で終わったはずなのに。ため息が漏れたガスのように出続ける。


 面白くない。


 それが今日一日の感想だった。


 いつもと雰囲気の違う過ごし方に首を傾げるばかりで、理由はわからない。思い出すのはボンゴレスープパスタの味ばかりで、誰と過ごして、相手がどんな表情をしていたのかも靄がかかったかのように隠れてわからない。


 うーん。


 不完全燃焼となった心が嫌な臭いを発して体中に充満させた。胸焼けのようなものがして姿勢を変える。畳に腕を擦りつけて言いようのないもどかしさを誤魔化していると、転がっていたスマホに触れる。


 なんの気なしに画面を開いて、アプリを立ち上げる。メッセージはいまだ来ず、既読無視。このままなにかを送っても返事が来るとは到底思えなかったので、コールボタンを押してスマホを耳に当てる。


 7コールくらいして、わたしが諦めて切ろうと思った瞬間プツンと音がした。


「あ、結芽?」


 電話越しに、息を飲むような音が聞こえた。


『あ、え、日菜? どうしたの? いきなり』

「それはこっちのセリフだよ。今日なんで休んだの? 風邪でも引いた?」

『風邪? 風邪。えっ? あ、ううん。違うけど』

「けど?」

『ええっと、寝坊・・・・・・して』


 まるで先生に遅刻した言い訳をするように、申し訳なさそうな声色の結芽にわたしはつい笑ってしまう。


「それで?」

『あ、あの。起きた頃にはもう昼過ぎてたから・・・・・・もういいかなって、思って』

「うわ不良じゃん」

『違うけどっ』

「いーや不良だね。だってそれサボったってことじゃん。皆勤賞は取り上げかな」

『う・・・・・・』


 姿は見えないけど、きっと俯いて粗相を犯した犬のようにしているんだろうなというのが容易に想像できた。


 体を起こし、壁に寄りかかってあぐらをかいた。スカートのままだから、すごくだらしのない格好になっているけど誰に見られるわけでもない。


「でも昼過ぎまで寝てるって相当じゃない? 遅くまでゲームしてた? もしかして、夜遊び? そこまで不良になっちゃったの?」

『そんなこと、しない。ゲームは、ちょっとだけしたけど。ちょっと考え事してたら眠れなくて』

「ははーん。わかった恋の悩みだ」

『えぇぇっ!?』


 驚いたように声をあげて、ガタン! と何かからずっこけるような音が聞こえた。


「え、うそ。当たり?」

『ちがちが!』


 ちがちが? 


「いやいや、恥ずかしがることないよ。わたしたちは健全なJKなんだしね? 恋のひとつやふたつくらい嗜んだっておかしくないって」

『ちがちが!』


 どんだけテンパっているんだか。結芽は時々こうして言語が不明確になって壊れたロボットになることがある。


 それにしても、結芽が恋、かぁ。なんか想像もできない。


『だからちがくて、その。体育祭のことで悩んでて』

「体育祭?」


 今日はどうやらその話題でどこも持ちきりみたいだ。


『体育祭って、ほらっ。昼休みあるでしょ? それで、誰と食べようかなって思ってて』

「あーなるほど。それで気になる男子を誘おうと」

『日菜』


 わたしの悪ノリがしつこかったようで、咎めるように制される。


 なんだ、恋バナじゃないのか。嬉しいやら、悲しいやら。まぁ結芽ってあんまり恋愛とかは興味なさそうだし、そんなもんか。・・・・・・そんなんでいいのか現役女子高生。


 とはいえその言葉はわたしにも返ってくるものもあり、口には出さないでおいた。


『日菜』

「うん?」


 同じ言葉だけど、今度はニュアンスが違うように思えた。電話越しだというのに、あの迷い子のような視線をどこからか感じる。


『だから、日菜と。食べたいなって』

「うん。わたしもそのつもりだったんだけど」

『へっ』


 くしゃみを失敗したときみたいな声。


「そんなことで悩んでたの?」

『・・・・・・・・・・・・』

「わざわざ言わなくても、てっきりわたしは最初からそういうもんだと思ってたけど。結芽は違ったの?」


 空気の通り抜ける音だけして、無言が続く。結芽が喋るまで、両足の指を絡め合ったりして遊ぶ。いつもより歩いたからか、指先が赤くなっていた。


『はぁ』


 同じく空気の通り抜ける音。でもそれは結芽の口から発せられたもので。


『じゃあよろしく』


 さっきまでパニクってたのに、冷静に努める姿勢が面白くて声に出して笑ってしまう。


『な、なに?』

「あははっ、うん。こちらこそよろしくお願いします」


 笑いながら、膝を抱いて体育座りになる。膝が頬にめり込んで温かい。


「明日は来るの?」

『う、うん。多分、きっと』


 なんだか微妙な返事だった。また夜更かしする予定でもあるのだろうか。年頃の乙女には悩みが多いらしい。あれ? わたしも同い年だよね?


 わたしにだって悩みは、まぁあるといえばあるけど、寝れなくなるほどのものでもなく、3歩歩けば忘れてしまうくらいにはどうでもいいものばかり。


「こら不良、ちゃんと来なさいよ」


 どうしてわたしは体育座りなんてしたんだろう。わたしは昔から、あぐらのほうが好きだ。そっちのほうが楽だし、体育座りってなんか、膝を抱いて、自分の温もりで誤魔化すみたいで、まるで。


「今日、寂しかったんだからね」


 なにかを求めるみたいで、体育座りは好きじゃない。


 すぐに返事は来なくて、一拍置いたあと、息継ぎと共にようやく返ってくる。


『え? ぁ、う、うんっ。明日は、絶対行くっ』

「よろしくー」


 わたしの膝が、口角の変化を感触で読み取る。まったく、結芽ってどうしてこんなにも面白いんだろう。


「ねーちゃんだれと電話してんだー?」


 ご飯にでも呼びに来たんだろうか。視界の隅に陽太ようたしおりが映った。


「結芽だよ」

「めー?」

「うん。覚えてる? この前うちに来た綺麗なお姉さん」

「めー!」


 どうやらちゃんと覚えていたらしく、栞が手を上げて喜んでいる。


「この前のねーちゃんか!? おい! 次いつ来んだよ、早くしないとドラゴボのビデオ全部見ちまうぞー!」


 わたしが電話をしているというのに、陽太がスマホを掴んで結芽に喋りかける。ええい耳元で騒ぐな。


『えっと』


 突然うるさくなった周りにうろたえる結芽。


「大人気じゃん」

『う、うん』


 嬉しそうにはにかむ様子がこちらまで伝わってくる。やがて結芽を巡る争いにわたしは負け、布団にふっとばされてしまう。ダジャレではない。


 ひとつのスマホに一生懸命話しかける陽太と栞を見て、わたしの中に充満していた悪性のガスが消えていく。完全に燃焼しきって、心地の良い空気に変わる。


「ちょっとー、温かいうちにご飯食べちゃいなさい。って、あら」


 次におたまを持ったお母さんが入ってきて、わちゃもちゃ状態のわたしたちを見てきょとんと目を丸くする。


「日菜、ご飯は?」

「・・・・・・さっきバナナ食べちゃった」

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