第22話 シンデレラ

 私はアサリのボンゴレスープパスタ。日菜はコーンポタージュとチョコのアイスを頼んだ。


 普段スープパスタなんて頼まないし貝もそこまで好きじゃない。どうせならミートソースのスパゲティを頼みたかったしパフェも食べたい。でも、それはなんだか子供っぽくて、日菜の前でかっこつけたくて、ちょっと見栄を張ったのだ。そもそもボンゴレってなんなのだろうか。それすら分からない。


「結芽おしゃれなの頼んだね、好きなの?」

「う、うん。結構」


 なんだか日菜に嘘を付いてるいるようで心苦しい。見栄を張るのと嘘をつくのって、なにが違うんだろう。


「日菜はそれだけで足りるの?」


 昼ご飯を食べたのが10時ごろだからそこそこにお腹は空いていると言っていた。それなのに汁物とアイスでは空腹を満たせないだろう。そのラインナップはどちらかといえば食後のものだと思う。


「いいのいいの。わたしのことは気にしないで結芽はいっぱい食べてよ」

「それは、食べるけど」


 料理が届くまで日菜はスマホを弄ったりして時間を潰していた。私はメニュー表の裏にある間違い探しに挑戦していた。間違いは全部で11個あるらしいがいまだに4つしか見つけられていない。難易度、高すぎない?


 互いが別のことをする無言の時間。だけどそれは全然重苦しいものではなく、むしろ居心地のいいリラックスのできる空間だった。なにか喋らなきゃと焦ることもないし、相手の顔色を窺うこともない。


 先に日菜のコーンポタージュが届いた。だけどすぐには手をつけずに、スプーンで中身をかき回す。


「食べてていいよ」

「わたし猫舌だからもうちょっと冷ましてからにする」

「そうなんだ」


 日菜が猫舌とは意外だ。日菜はどちらかというと出てきた料理にすぐ飛びつくようなタイプに見える。だって、日菜は犬だから。


 やがて私のボンゴレと日菜のアイスも運ばれてくる。


 日菜が手を合わせていただきますと言って、私も真似をする。日菜は学校で一緒に弁当を食べるときもこうして毎回食材への感謝を忘れない。家ではお姉ちゃんだから、行儀はよくしているのかもしれない。私も日菜の影響でいただきますを言うようになった。


 私が人生初のボンゴレを口に運んだのと同時に日菜もスプーンでコーンポタージュをすくった。


 小さな声で「冷めとる」と日菜が呟いたのを、私は聞き逃さなかった。



 店を出て、近くのドンキに向かう。


 靴のコーナーへの道すがら、途中で財布を見たり蒸気を出している加湿器に顔を突っ込んだりした。日菜が服を見に寄って、近くのコスプレコーナーで私は吟味する。かわいいものからセクシーなものがたくさんある。ミニスカポリスの前で立ち止まっていると日菜に後ろから声をかけられて、びっくりした私は慌てて足を進めるとピンク一色のおもちゃコーナーに入ってしまって泣きながら日菜の元へと戻った。


「え、結芽。なんか欲しいのあったの? わたしここで待ってよっか?」

「ち、が、う」


 あらぬ誤解をされたのですぐに撤回する。ドンキ、なんでもあるのはいいとこだけど、なんでもありすぎてよくない。・・・・・・なんて理不尽なクレーマーだ私は。


 恥ずかしさを誤魔化すように足早に日菜の前を歩く。背中に視線が突き刺さってむずかゆい。


「ほ、ほら靴。買うんでしょ」

「あーそうだった。楽しくて忘れちゃってたよ」


 反応から見るに本当に忘れてたようだ。


「予算はどれくらいなの?」

「5せんえーん」


 財布から樋口一葉を取り出して私にみせびらかせてくる。中々気前の良い親戚のようだ。


「じゃあこれが一番良さそう」


 目立つように壁にかけられた税込み4980円の靴。元々6000円のものが値下げされたもので値段的にも性能的にも丁度いい。


 しかし日菜はそこまで惹かれなかったようで口に手を当てて考え込んでいた。


「あんまり好みじゃなかった?」

「んー、履き心地はよさそうなんだけどねぇ。白って汚れると目立つじゃん? それにわたしには似合わないかなって」


 日菜が今履いているのは黒のミュールだ。服装に合わせているからかもしれないが確かに白の印象はあまりない。でも素材がいいから、何履いても似合うとは思う。


「かわいいのがいいな~。どうせ履いても走らないし。というかもうスニーカーでいいかな」

「親戚のおじさんにはなんて説明するの?」

「運動靴ですで押し通す!」

「そんなんでいいんだ・・・・・・」

「まぁ冗談だけど。おじさんの厚意で貰ったお金だから、それを裏切るような使い方はしちゃだめだよね」


 善良に染め上げられているわけではない私にはむずかゆく思えるほどのセリフを、日菜はあっけからんと言ってみせた。こういうところだ。こういうところが日菜の不思議なところで、私だけじゃない、誰もが惹かれる日菜の魅力なんだと思う。


「結芽、なんで笑ってるの?」

「笑ってないよ」

「えー! 絶対笑ってた! わたし見て笑ってた!」


 怒ったように私を覗き込むその表情は子供っぽい。大人びた価値観と子供みたいにコロコロ変わる表情がアンバランスでおかしかった。


 ぜ~ったい笑ってたもんと頬をむくらせる日菜を横目に靴選びを再開する。


 しかし中々決まらないようで、日菜がひとつの提案をした。


「そうだ。結芽が選んでよ」

「私?」

「うん。わたしに似合いそうなのを結芽が選んで? それにするから」


 選択権は私に委ねられた。本当に私なんかに選ばせていいのだろうか。センスのほうは・・・・・・あまり自信がない。


「変なの選んじゃうかもよ?」

「いいよ、結芽がいいと思ったのなら」


 そのやりとりは、なんか恋人みたいで変な妄想をした私の顔は、多分赤い。


 私が選んだものなら本当になんでもいいのだろうか。じゃあさっきのミニスカポリスを持ってきたら・・・・・・日菜ならなんだかんだで着てくれそうだった。そうしたら、さっきのおもちゃコーナーで鞭も・・・・・・いや靴だ靴。靴を買いに来たんだよ。ハイヒールにしよう。踏んで貰おうなんて考えていない。


 どんどん膨らんでいくバカみたいな妄想。私ってもしかしてMなの? いやそんなことは・・・・・・ないと思う。


「これなんかいいと思う」


 煩悩を振り払うように私は真剣に靴を選ぶ。手にしたのは薄いピンク色の運動靴。白い紐がいいアクセントになっていてすごく可愛い。これなら日菜の魅力も倍増だ。


「じゃあこれにする」


 本当にあっさりと決めてしまう日菜。


「サイズはこれでいいの?」

「あ、そっか。一応履いてみよっかな」

「そのほうがいいと思う。私が履かせてあげようか?」


 ・・・・・・。


 私は今、なんと言った? 履かせてあげよう?


 友達に靴を履かせてあげるなんて珍行為見たことも聞いたこともない。靴くらい自分で履けるけど、そんな思いが日菜の視線から伝わってきて慌てて撤回しようとする。


「じゃあお願い」


 くす、と笑った日菜。絶対バカにしている。さっきのお返しのつもりだろうか。


 もういいやと吹っ切れた私は日菜を椅子に座らせてひざまずいた。


「じゃあ、脱がすよ?」

「いちいち聞かなくていいから」


 お腹のあたりを抱えて心底おかしそうに日菜が笑う。ツボにハマったらしい。


 脱がすよと言って、靴を脱がしていく。紐を解いて、優しく。・・・・・・優しくする必要ある? すぽっといこうすぽっと。


「じゃあ、履かせるよ?」

「やめて、それ以上笑わせないでっ」


 靴のサイズはちょうどよかったらしい。つっかえもなくするすると中に入っていく。


「どう?」


 履き心地を聞こうとして顔をあげると、さっきまで笑っていた日菜が驚いたように自分の足下を見つめていた。


「シンデレラだ」


 日菜の呟いた言葉の意味は、よく分からなかった。

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