第21話 デート(仮)

「おまたせー」


 約束の30分前。やはりというタイミングで日菜がやってきた。


 噴水の前で腰掛けていた私は本屋で買った漫画をカバンに仕舞う。


「今来たとこ?」

「それは普通こっちがいうセリフだと思うんだけど。うん、まぁ今来たとこ」

「そっかぁ、早めに来たつもりだったんだけど結芽に先をこされちゃったみたい。・・・・・・まさか、走ってきた?」

「そんなわけないでしょ。この前ので足パンパンなんだから」

「だよね」


 あはは、と日菜が目を細めて笑うのに私もつられて肩を揺らした。さっきまで息が詰まるような感覚に襲われていたのに、今じゃすっかりそれは消えて開放感に満ちている。


 彼女といる時には感じなかった温もりと安心。一緒にいた時間は彼女のほうが長いはずなのに。比較するようであれだけど、どれだけ今の私が日菜を好きなのかが分かった。


「ん? どうしたの? 結芽」


 日菜が私の顔を不思議そうに眺める。耳につけたピアスが太陽の光を反射して、私が可愛いと言ったポニーテールがふわりと揺れた。


『大事な友達なんだね』


 彼女に言われた言葉が頭の中でこだまする。


「うん、大事な友達」

「はぁ、え? なになに」


 私の口走った言葉に日菜が首を傾げた。聞こえていたのか、それとも聞こえていたけど意図が分からない。そんなところだろうか。大丈夫だよ日菜。私もよく分かってないから。


 彼女が最後に言い残した、間違っていないという言葉が一体どういう意味を持っているのかなんてきっと今の私には理解などできないのだ。


「なんでもない」

「・・・・・・なんか結芽、楽しそうだね?」


 そんなの当たり前だ。


 好きな人と一緒にいられるのだから。


 なんて単純で深みのない答え。だけどそれがきっと今の私に見合ったものなんだと思う。


 わからないままじゃいられないということも理解している。日菜と一緒にいるためには、いつか自分で答えを見つけなくちゃいけないって分かってる。


 でも、今この瞬間が楽しいんだからちょっとくらい問題を先送りにしたって誰も文句は言わないはず。せっかくの休日で、日菜とのデートなんだから。


「あのー、結芽?」  

「へ? って、わあぁ!」

「靴屋さん、こっちだよ?」


 考え事をしていた私はどうやら全然別の方向に向かって歩いていたらしい。


 というかあわわわわわわ! 近い、近い! 当たってる当たってる!


 私の腕に抱きつくような形になった日菜の、その、お胸が押しつけられて、至近距離から日菜の良い香りがして鼻を撫でていく。


 ごめんなさい数秒前まで達者なことを言っていた気がするのですが今の私の脳内には煩悩しかありません。


 ドキドキと、心臓が鼓動する度に甘酸っぱいなにかが胸を通って口から吐き出されそうになる。それは吐き気とは違う。出てきたのは甘い吐息。完全に墜ちている。


 でも、しょうがないと思う。こんなに可愛くて、大好きな子に抱きつかれなんてしたら欲情。ううん、言い方が悪い。劣情? 同じである。


 とりあえず、彼女には謝っておこうと思う。


 私が間違っていないなんてそれこそ大きな間違いだ。見てよ。私はこの通りただの変態だ。そうです私が変態です。ええい落ち着け私。


「あ、ごめん急に。熱かった? でも結芽が悪いんだからねいきなり変な方向に歩いて行くんだもん。寄生虫にでもとりつかれた?」


 私はこんな調子なのにムードもへったくりもない寄生虫というワードに呆れてしまいながらも体を離して深呼吸。私の心に寄生しているという点では間違っていないんだけど。


「ふぅ」

「わたしと話すのって深呼吸するほど疲れるの? ショックだぁ」

「えっ? あ、違うのこれは、その」


 狼狽する私を見て日菜が笑う。


「あははっ、冗談だって。いいよいいよ思う存分深呼吸して。どうせならここでラジオ体操でもやっちゃう?」

「いいけど、やるなら日菜もだからね」

「・・・・・・さてと、どんな靴買おうかな~」

「あ、誤魔化したでしょ」


 責めるように言うと日菜が頬を掻いて苦笑する。駅前でいきなりラジオ体操を始める女子高生なんて今の時代ネットに晒されてもおかしくはない。でも、日菜となら晒されても・・・・・・いや、さすがに私もそれは恥ずかしい。そういうのは東光寺さんたちにやってもらおう。


「ところで、どんな靴を買いに行くの?」

「そりゃもちろん体育祭のための運動靴! わたしスニーカーばっかだからさー。それこそ転んじゃいそうじゃん」

「日菜は体育祭、結構頑張る感じなの?」

「がんばる? うーん、がんばる?」


 靴を新調するということは足を酷使するということだ。日菜は本気ではもう走らないと言っていたけど、本当はそこそこにやる気があるのではないだろうか。


 例えば、そう。陸上は辛い出来事があったせいでやめちゃったけど走るの自体はまだ好きで、未練があって、できることならまた復帰したいとそう考えてるのではないだろうか。


「ごめんウソついた。この前親戚のおじさんが家に遊びに来てさ、今度体育祭なんですって言ったらこれで靴買えってお小遣いくれたんだ。せっかく貰ったのに靴以外に使うわけにはいかないし、まぁ夏用に運動靴買っておくのも悪くないかなって」


 私の深読みだった。そもそも授業のマラソンでも東光寺さんたちとの練習でも、日菜が退屈そうに走っている姿は何度も見てきた。やる気の欠片も無いサボり魔。そういうところだけギャルっぽい。


「じゃあスポーツ用品とかある店に行く?」

「ううん、そこまでちゃんとしたのじゃなくていいよ。あ、たしか南口にドンキあったよね? ついでに服も見たいしそこでいいや」


 なんだか適当である。


「あ、あの。日菜っ」

「うん?」


 そういえばと思い出して慌てて口を開く。


「ご飯って食べてきた?」

「うん、食べてきたけど」


 がーん。と頭の中で鐘が鳴った。日菜と一緒に外食するせっかくのチャンスが・・・・・・というか、それならば「せっかくだしお昼一緒に食べない?」と連絡しておけばよかった。なんとなく言うタイミングが見つからなくて当日、現地で言えばいいかと尻込んだのが徒となった。


 そして今になってお昼を食べていない私はお腹が空いてきた。胃酸が過剰に分泌されて痛みも少々ある。


「あ、でも」


 日菜が私を一瞬見て、すぐに視線を外して言った。


「食べたの10時とかだったから、結構お腹空いてるかも」

「ほんと!?」


 その一言が嬉しくてつい大きな声を出してしまう。水を得た魚。ううん、日菜を得た私だ。


「どっか食べ行く?」


 日菜が聞いてきて、私はもう一度、さっきよりも大きな声で、


「うん!!」


 半分叫ぶような形で、頷いた。


 いきなり大きな声を出したものだから、当然道行く人の視線が私に集まる。ラジオ体操なんかよりもよっぽど注目を浴びている。


 だけどそんなことも気にならずに私はガッツポーズをして、日菜は恥ずかしそうに私の腕を引っ張った。 

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