第14話 き、キス!?

 ――そう思っていたのに、気付くとすすり泣く音が響く部屋で、私の胸の中に日菜がいた。


 学校を終えて、カラオケに行き、それでもなお気分の晴れない日菜を慰めようと家に呼んだ。だからこの状況はなるべくしてなったと言えるのだが、それでも私の胸中は穏やかなものではない。


 華奢な肩が震え迷い子のように虚空に腕を伸ばし、暗闇を彷徨うと私の腰に回される。友達と2人布団の中。しかしごくりと喉を鳴らす私の頭の中はとてもじゃないが友達同士のそれではなかった。


 小ぶりな体格なのに大きな胸。押しつけられたその感触に悩殺されてしまいそうになる。ねぇ、もしかしてわざと? 問いただす代わりに目の前にある日菜の頭を撫でてみる。日菜は自分の髪を羊毛だなんて言ったけど私に言わせてもらえば日菜の髪は日菜の髪だ。鮮やかな色は明るい日菜の性格を表していて、指を通らせると絡みついてくるのは内に隠した寂しい気持ちを体現しているよう。


 私の名前を呼ぶ声がした。縋るように、抱きつく力が強くなる。健全な人間ならここは傷ついた友人を励まさなければならない場面だ。しかし脳内を駆け巡るのは劣情ただ1つしかなく息が荒くなり鼓動が早くなっていくのが嫌というほどに分かる。


 抱きしめ返す腕は背中を伝い、腰に触れると不自然に揺れてやがて日菜のお尻へ。筋肉が全然ない。本当に女の子を保ったままの綺麗な形と魅惑的な感触。下心丸出しの、やらしく触る手に日菜は気付いていない。それを受け入れられたと勘違いしてしまっては歯止めが効かなくなりそうなので必死に押さえ込んだ。


 もう言い訳なんてできなかった。


 私は日菜が好きだ。それも友達としてなんかではない。あぁ、エロい。そう思ってしまったのだからどう考えても異常である。隠れた本質が牙を剥き出しにして暗闇で光る。


結芽ゆめとなら楽しそう」


 ぼそりと呟かれたその言葉がとどめとなって、私は太ももを日菜の股に潜り込ませて、頬に手を添えた。私と付き合う? なんてずるい聞き方。日菜はそんなの冗談としてしか受け取らないし、絶対に拒絶もしない。どう転んでも私の思い通りになる。


 日菜の瞳がとろんと蕩けているのが夜目でも確認できた。眠いから? それとも、私に身を委ねているから? きっと今の私は自分に都合のいいようにしか解釈しない。


 体を密着させたまま手を握った。それはもう、完全に恋人同士の距離で、あぁもう。幸せ。この至福の時間を1秒でも無駄にしないよう日菜の体温、匂い。仕草と息づかい全てを愛した。愛おしくて、愛おしくて。胸に溢れた気持ちが押し出されるように口から漏れ出す。


「大好き」


 2つの声が重なり合った。私の声はどちらかというと抑揚のない低めの声、だと自分では思ってる。対して日菜は純水のような混ざり気のない耳通のいい声。それがハーモニーとなって、奏で合ったのだ。ただ、デュエットとしては私の声のほうがいささか大きい気がした。


 嬉しい。日菜も私のことを好きだと言ってくれた。じゃあ、いいよね?


 電気の消えた部屋。2人きりの布団の中。受け入れ合った私と、私の大好きな人。これだけの条件が揃っていればやることをやってしまっても誰も文句は言わないはずだし私も心置きなく日菜を愛してあげられる。


 自分の思考に、めまいがした。変態だ。変態だよこんなの。なにが普通の人間として生きていくだ。私は絶対に普通には生きていけない。女なのに、友達の女の子を好きになって欲情してしまうなんて。


 自嘲しつつもその手はもう止められず、日菜の唇に指を触れさせた。しっとりしている。そして温かい。もっと、奥に行きたい。日菜に私を受け入れて欲しい。


 ――なんてね。


 私は少々に濡れた人差し指を手のひらで拭うと、日菜から手を離して天井を見上げた。


「なにしてるんだろ、私」


こんなこと、許されるはずがない。私は知ってるはずだ。この行為と感情は人を傷つけるばかりで、自分を傷つけるばかりで、表に出していいものではない。


 制御できない? 制御できないほどに好きが溢れちゃう? そんなこと言ってられないでしょ、私はもう大人なんだから。


 日菜の言う大好きと、私の言う大好きは違うものなんだから。


「ごめん」


 明かりの消えた部屋で、私は言った。


 もうこんなことしないから。


 自分の欲望のままに誰かを好きになんてなったりしないから。


 私は異端を異端のままにしたくないから。


 心だけは決して淀みないままにするから。


 私は健全な恋心をあなたに抱くから。


 だからあなたに恋をして、恋をしたまま、友達でいさせて。私、大人になるから。


「日菜・・・・・・大好きだよ。友達と、して」


 それが私の選択。もう何も望まないかわりに、何も失いたくない。ようやく決した取捨に私は従う。


 走馬灯のように日菜との思い出が駆け巡る。好きな漫画の話をしているときの笑顔。授業を受けているときの怠そうな横顔。悲しいことがあったときの落ち込んだ顔。本当に表情豊かで明るい日菜。最後に浮かぶのはやっぱり笑顔で。日菜と過ごした楽しい時間。


 いいじゃないか、十分に充実している。日菜が笑って私も笑って、そんな日々で私は満足だ。


 決意を固めた私は、別に最後の思い出というわけではないけど顔を横に向けて日菜の顔を見ようとした。


 ――ちゅ。


 いや、そんな音はしなかったかもしれない。


 首に回された手で頭が熱くなりぐわんぐわんと血液の流れる音が混在してよく分からなかった。


 目と目、鼻と鼻、額と額。そして。


 唇と唇。


 私は日菜に、キスをされてしまった。


 えっと。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・え?

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