第12話 あたたかいてのひら

 手すりに置かれたわたしの手の上で結芽の白い手が開いたり閉じたりしていた。餌が目の前にあるのに待てと言われたせいでなんとか自制を効かせている犬のよう。結芽はわたしをよく犬のようだと比喩するがお互い様だった。というかわたしの手を握るというのはそこまで自制を効かせなければならないものなのか。


 でも、手を繋ぐというのはわたしでも少々恥ずかしい感覚はある。小学生みたいな子供がしているならいいけど、わたしたちみたいな女子高生が仲良く手を繋いでいるのは世間的に見てお子ちゃますぎるかも。


 すぐに返事をできずにいたわたしの顔を覗き込み、結芽がしょんぼりと頭部を垂れる。


「いいよ、繋ご。手、ちょうど冷たかったし」


 その様子は怒られたあとの陽太と栞に似通っていて、姉であるわたしとしては放っておくことはできずついつい甘やかしてしまった。多分、手を握るなんて言い方をするから恥ずかしく感じるのだ。暖をとる。こう言えばなんとなく、仕方なくやってる感じになるでしょ? なんの言い訳だ。


 落ち込んでいた結芽が顔を上げ、上目遣いでわたしを見てくる。「本当にいいの?」そう言いたいのが言葉にせずとも伝わってきて、つい笑ってしまう。


「ほら」


 手を開いて上に向けてあげると、結芽がおそるおそるその手を重ねてくる。重ねて、重ねるだけで、終わった。


 手のひらにじっとりと汗が滲む。それがわたしのものではないことは明らかで、隣を見ると顔を真っ赤にした結芽がそこにいた。熱いからなどでは、ないと思う。だって結芽の手はこんなにも冷たい。じゃあやっぱり、照れているからで、でもわたしたちは一緒の布団で寝た仲なのだから今更手を繋ぐくらいで動揺することはない。はずなんだけど。


「結芽?」


 耳元で囁いたのがくすぐったかったのか「ふひゃあ」と気の抜けた声を出されてしまった。


「手、いいの?」


 添えられただけの手を見て聞く。


「う、うん。まだ私には早かったしれない」


 早かったしれない、とは。言語に不自由が生じるほどにテンパっているらしい。そんな結芽を見ていたら、なんだろう。


 かわいい。そう思った。


 いや、結芽はかわいい。かわいいくせに、美人というジャンルにカテゴライズしても違和感のないハイブリッドだ。そんなことは分かってる。わたしが言いたいのは外見の話じゃなくて・・・・・・なんだろう。背筋がむず痒くて口角が上がるのを止められない。


 気付くとわたしは結芽の頭を撫でていた。


「ひ、日菜!?」

「んー?」

「な、なんで、あたま、なで、なで、なでなで、なんで?」

「ごめん。結芽みてたらしたくなっちゃった」

「そ、そう。ふあ」


 目を細めて、結芽が心地よさそうな声を漏らす。


 陽太や栞のこともよくこうして撫でてあげているので、結構上手だと自分では思っている。サラサラな髪を撫でているとわたしまで気持ちよくなってくる。できることなら一生こうしていたい。髪をすくう度にいい匂いがして首筋に指が当たるとぴくんと結芽の肩が震える。


 結芽はわたしに撫でられて、どう思っているだろうか。嫌だろうか。それとも、もっとして欲しい。そんな風に思っているだろうか。俯いてしまっていて表情は見えないけど、結芽の手は優しくわたしの手を握っていて、温かかった。


「あ、電車きたね」


 周りの人たちが弄っていたスマホを仕舞ったのを見て、名残惜しさを感じつつも撫でるのを中断して立ち上がる。扉が開いて、人がなだれ込んでいくのをみてちょっとだけ怖じ気づきながらも結芽の手を引く。


 なにやらぶつぶつ呟いているけど早くしないと扉が閉まってしまうので子連れの親みたいに車内に駆け込んだ。


 入ってすぐ、痴漢にあったかと思ったけど犯人はお尻にしがみついた結芽で、ぎゅうぎゅう詰めとなった人の波にもみくちゃにされていた。


 満員電車というのを経験するのははじめてで、後ろ髪が知らない人のカバンのファスナーに引っかかったりして結構痛い。わたしの体を使ってよじ登ってきた結芽はさっきの夢心地とはほど遠い険しい顔つきで息切れをおこしていた。


「これ毎日ってきつくない?」

「慣れれば平気」


 見た感じ平気そうではないけど。


「はぐれないようにしなきゃ、はぐれないように」


 そう言って結芽が握る手の力を強くする。とはいっても結芽の握力は卵を割れるかすら怪しいもので、あまりに頼りないのでわたしも強く握り返す。ほどけないように、指を絡ませて。なんか変な気分だ。この握り方って恋人同士でするものだ。恋人繋ぎなんて名称もあるくらいなのだから間違いないはず。でもわたしたちはただの友達で、友達同士なのに恋人繋ぎをしてしまったらどうなるんだろう。恋人未満友達以上繋ぎ? 語呂が悪い。


 人に押されて、ぎゅむ、とわたしの胸に顔を埋める結芽を見ているとあの日の夜を思い出す。あの時はわたしが顔を埋める側だったけど、互いに密着し合うという点では相違ない。


 すぅ、と息を吸うと肺が膨れ、胸が結芽の顔を押し潰してしまいそうになる。なるだけ少しずつ呼吸をするよう心がける。2人で仲良く登校というのはもっとこう、落ちている棒を振り回して遊んだり鳥の群れに近づいて手を叩いて見たりするものだと思っていたけどそれは電車通学をしたことのない愚者の妄想にしかすぎなかったみたいだ。


「結芽」

「なに?」

「今度一緒に自転車買いに行こっか」

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