第9話 恋バナ・・・・・・?

「あああああああ! なにすんの!」


 ようやく脳の信号を受け取ったわたしの体。すぐさま莉音の手からスマホを引ったくる。


「知りたいのならまずは相手へのリスペクト、敬意。そして好意がなによりも重要よ。そしてそれは決して隠してはいけない。真正面からドーンと向き合ってこそ、謎は解き明かされていくの」


 最近わかったことだけど、莉音の口癖は「ドーン」である。いや今はそんなことはどうでもよくて。


「どうすんのさこれー!」

「なによ、いいじゃない友達同士なんでしょう? 改めて日頃の気持ちを伝えることになんのためらいがあるというのかしら」


 友達同士で好き、というのは正直ズレた感覚だと思う。友達に抱く感情っていうのは信頼とかそういうんじゃないだろうか。結芽のことは嫌いじゃないし、かといって普通、なんて冷めた評価もしていない。じゃあ好きなんじゃないかということでそれにはわたしも同意するけどかといってわざわざそれを相手に伝えるのはやはり違う。


 しかもなんでもない平日の4時に突然、スマホでって。せめてクリスマスの夜とかにしてほしかった。そういう問題じゃないか。


「でも、私も莉音ちゃんには同意です。やっぱり恥ずかしくても好きって伝えるのは大事なことだと思いますし、とっても素敵なことだと思います」


 いちかの口癖は「素敵」なるほどね。だんだんとわかってきた。でもね、全然素敵じゃないのわたしから言わせてもらえば。パニックだよ、脳内パニック映画だよ。サメが空を飛んでるよ。


 どうしようかと悩んでいると、いつのまにかわたしの「好きだよ」に既読がついていた。その瞬間、顔に熱が帯びていくのがわかった。既読がついたことにより、それはわたしの独り言から結芽への言葉となってしまったから。


 それから少し間が開いて、スマホが震える、返事がきた。


 わたしがおそるおそる画面を覗き込むとそこには。


『私も好き』


 そう書かれていた。


「わぁっ! 素敵ですっ、素敵ですっ!」

「ドーン! ドーン!」


 いつのまにかわたしの後ろにいた2人が騒ぎはじめる。ええいうるさい! 


 でも、ちょっとだけ安心した。ここでまた既読スルーだったり、丁重にわたしの告白じみたものをお断りされたら心に傷を負っていたかもしれない。


 たぶん結芽も、これを真に受けてはいないんだと思う。じゃなきゃ「私も好き」だなんて冗談みたい返しはしてこないはずだ。


『ごめん、友達が勝手に送っただけだから気にしないで』


 落ち着いた手つきで送信する。一時はどうなることかと思ったけど、単なる冗談の言い合いで終わりそうだ。さて、莉音へのお仕置きはどうしようか。お尻ぺんぺんにしようか。


 そんなことを考えていると、結芽から返信がきた。


『私のこと、好きじゃないの?』


「・・・・・・・・・・・・」


 えっ。


 固まってしまった。後ろでわちゃわちゃ踊っている2人の声も耳に入ってこない。また冗談をかましてきたとも思ったけど、結芽はそもそも冗談とか言わないタイプだし1回言っただけでも「あ、今日機嫌いいのかな」と思うほどだ。


「返信しないのですか?」


 いちかの小鳥のような声がようやく聞こえるようになる。


「なんて返信しよう」

「迷うことはないじゃない。友達同士なのだし思ったことを素直に伝えるのがいいと思うわ。桜川さんもそれを望んでいるんじゃないかしら」


 なんだか達者なことを言われてしまったがそもそもの発端は莉音なのでまったく心に響かない。


 それに思ったことなんてたった今、口にしたばかりだ。なんて返信しよう。頭の中はそれしかない。


「私はお似合いだと思います。お2人のこと」


 いちかはさっきから勘違いをしていると思う。だっていちかのテンションは友達の恋バナを聞いているときの女子のテンションだからだ。残念ながらこれはそういう甘酸っぱいやりとりではなく、莉音のイタズラにわたしが頭を抱えているだけの苦労話だ。


 というか相手が女子だということはわかっているのだからその反応はそもそもおかしい。


 とはいえいちかが謎に高揚している原因はわたしにもあると思う。恋バナが好きな女子はいつだって尻込している方を応援したがる。それは現在、完全にわたしのことだ。


 好きと言ったからなにが変わるのだろう。別に告白でもあるまいし。むしろおっかなびっくり構えているほうが、なんかその。あれだ。


 だからわたしはもういいやと、メッセージを打ち込んだ。


『すき』


『やき』


『食べたいなー!』


「いいわねすき焼き! でもこの季節だと具材が旬ではないわ。妥協も時には重要だけれど、やはり万全の状態で食すのが食材への敬意だとも思うの。それは冬まで取っておきましょう」

「・・・・・・そうだね」


 1人で3連発。まくしたてるように送ったメッセージにすぐ既読はついた。もしかして、ずっと画面と睨めっこしてわたしの返事を結芽は待っていたのかもしれない。


「へたれです」


 いつもと比べてドス黒い声のいちかに睨まれた気がした。


「謎は深まるばかりね。でも、そういうものよ。だからこそ追いたくもなるし知りたくもなる。それに、答えを見つけるばかりが謎解きではないわ。その道すがらにある新たな発見を楽しむ、そういう楽しみかただってあるのよ。覚えておきなさい」


 結局、結芽がわたしに対してこちょばったい反応を見せる理由はわからなかったし、また1つ厄介事を増やされてしまった。莉音たちと遊ぶのはほどほどにしよう。


「ねぇ、今度は靴飛ばししてみない? ブランコのどの角度で、どのタイミングで、どういう飛ばしかたをすれば遠くまで飛ぶか知りたいの!」

「莉音ちゃん、今度は靴が汚れちゃいますよ~!」

「ふふっ、いいじゃない! それが充実の証よ。それっ!」


 莉音がサイズの会っていないブランコを懸命に漕いで、4000円くらいで買えそうな白のスニーカーをすぽーんと飛ばした。綺麗な放物線を描き、神社の参道にぽてんと落ちた。なんてバチ当たりな。


 ちなみに参道というのは神様の通り道で、真ん中を歩くと神様の邪魔になってしまうので端を歩くのが礼儀らしい。


 そんなものはつゆ知らず、莉音は靴下が汚れるのも気にしないで飛んだ靴の元へと走って行った。教えてあげてもよかったけど、なんだかまた面倒くさいことになりそうだしわたしも又聞きしただけなので放っておいた。


「次はいちかよ! あたしを超えてみなさーい!」

「ふぇぇ、そんなとこまで無理です~!」


 結構いいところまで飛んだ靴を持って莉音が手を振る。いちかも律儀にブランコを漕ぐ。さっきまでは上手く漕げていたのに靴を飛ばすという意識があるからか動きがぎこちなかった。1度に2つのことを出来ないタイプなのかもしれない。


 えいっ、とブランコが手前に引いてる最悪のタイミングで足から靴を離し、ひょろひょろと下手くそな紙飛行機みたいに飛んだ靴が前の柵にぼすっ、とぶつかったあたりで勝負の行方は見えたので、わたしはスマホに目をやる。


『すき』


『やき』


『食べたいなー!』


 何かを誤魔化すかのような怒濤の3連続送信。その何かというのは自分でもわからない。


 その日、結芽から返信が来ることはなかった。

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