第8話 放課後の、好きだよ

 裏山とわたしたちは呼んでいるが正式な名称は「どんぐり山」と言って奥に行けば神社もある由緒正しい公共の敷地である。


 むかし山火事があって、神社が全焼したんだけど中にある神様が祀られている鳥居だけは無事だったっていう逸話とか、竹林が全部切られているのはそこが自殺の名所として有名で首を吊る人があとを断たなかったという都市伝説とか。そんなものを思い出しながら滑り台の上を占拠する莉音を眺めていた。


「滑り台の上手な滑り方って知ってるかしら?」

「知らないけど」

「あたしも知らないわ」


 力が抜け座っていたベンチからずり落ちそうになる。


「だからこそ、今日でそれを解明する必要があるわ! さあいちか! まずは寝転がってやってみましょう!」


 知らないことを恥と思わず、どんなことにも興味を持つ莉音の価値観はとても素晴らしいものだとは思うけど、あいにくわたしは生粋のめんどくさがりなので見ているのが精一杯。


「制服が汚れちゃいます~! って、やめ、やめ・・・・・・きゃー! うぐぇ」


 莉音に押されて滑り台をうつ伏せの上体で滑ったいちかは半分を超したところで止まっていた。鼻を擦ったらしく赤くなっている。莉音はそれを見て「ふむ」と顎に手を当てていた。


「もしかして大事なのは姿勢ではなく、衣服なのかもしれないわね。日菜、ちょっとあたしのカバン取ってもらえるかしら」

「はい。なにするの?」

「体操着に着替えるわ」

「その心は」

「おそらく制服の材質がよくないのよ。これだと摩擦が強すぎて今のいちかみたいに止まってしまうの。でもポリウレタンで出来たこの体操着ならきっと上手くいくはずだわ!」


 階段を上りカバンを差し出すと莉音はズボンだけ引っこ抜きその場で履き始めた。ふむ、白か。などと拍子に見えた莉音のパンツの色を目視する。なんとまぁ庶民的なパンツだ。莉音なら赤とか黒とかでも似合いそうだけど。本人はおそらく履ければなんでもいいのだろう。


「姿勢は、そうね。座ったままにしましょう。あとは初速をしっかりつければものすごいスピードが出ると思うわ。日菜、お願いしてもいい?」

「いいけど、どのくらいの強さで押せばいいかな」

「ドーン! よ」


 ドーン、と口に出して復唱する。加減は分からないけどようは思い切りってことだと思う。


「いつでもいいわよ」

「じゃあ。ドーン」


 もったいぶる理由もなかったのでわたしは莉音の肉付きのいい背中をドーンと押した。するとドーンと莉音が飛んでいきそこそこの速度で滑っていく。そしてゴールの場所で待機していたいちかにドーンと衝突して2人はもみくちゃになっていた。


「ものすごいスピードだったわ! まるでジェットコースターに乗っているみたい!」


 わたしの目には滑り台で遊ぶ人たちの平均的な速度を保っていたように見えたけど、砂まみれの顔で満足そうに笑う莉音を見てそれを言うのは野暮だと思った。


「まさに爆速ね! ここの滑り台は爆速ジェットと名付けるわ!」

「あぅぅ、また制服が汚れちゃいました・・・・・・」


 気の毒ないちか。でも本当に嫌なら莉音と1年も連んでいないだろうし心の底では楽しんでいるんだと思う。


「日菜もやってみる?」


 キラキラ目を輝かせる莉音がこちらを見る。わたしは首を横に振って台は使わず階段で降りた。


「わたしたち、結芽の件で集まったんじゃなかったっけ?」


 結芽の様子がおかしい理由を3人で解明する。それが今回の目的だったはず。最初はいいよなんて言ったけどこんな催促をしてしまうってことはやっぱりわたしも知りたいんだと思う。


「大丈夫、ちゃんと覚えているわ」


 お尻の汚れを払った莉音は今度はブランコに乗り始めた。立ち漕ぎをして「大車輪出来そうだわ!」とか言い出しそうなものだったけど子供用なこともあってサイズが合わないらしく大人しく揺れる程度に抑えていた。


 あとからいちかもやってきてもう1つのブランコに乗る。こっちはサイズ的にはちょうどよさそう。わたしは柵に座って2人の前で言葉を待った。


「謎というのはね、興味や好奇心だけでは解き明かせないのよ。わたしがさっき、滑り台でどうやったら早く滑れるかを検証していたかのようにね」


 言葉の意図が汲み取れず小首を傾げるわたしを見て莉音が不適に笑う。頼もしいやら、不安やら。


「何事も知りたければ『好き』じゃないといけないわ。日菜、ちょっとスマホを貸してごらんなさい?」

「えっ、なんで。なにするの」


 スマホはいわば個人情報の塊のようなもので、ちょっと弄っただけでわたしが昨晩、廃棄された瓶をトレーラーが延々と潰すだけの動画を見ていたことがバレてしまう。だからはいそれと頷くわけにはいかず身構えてしまう。


「桜川さんの謎を究明するのよ」


 わたしに対する結芽の態度がこの前からおかしいという話から、何故か結芽がミステリー物件扱いされていることにちょっと笑ってしまう。


「いいけど」


 まぁ、自分の潔白には自信があるし、莉音ならそこまでおかしなことはしないだろうとパスワードを打ち込んでロックを解除したスマホを渡す。大丈夫、わたしは変なサイトとか、変な動画は見たことがないから。変な動画って言ったら、そりゃあれよあれ。でも、瓶を潰すだけの動画も変っちゃ変なのかな。


「ラインを開いても?」


 莉音の断りにわたしは頷く。アプリを開くと直近のトーク内容が表示されてその中にあいつとの会話もあってちょっと嫌な気分になる。一番上にある桜川結芽となんの捻りもない名前のユーザーをタップすると、土曜日の夜に送った「昨日は泊めてくれてありがとう」という趣旨の会話が表示される。それに対する返信は、いまだになし。既読はついてるから、いわゆる既読スルーというやつだ。


 すると、莉音が何かを打ち込みはじめた。さてなにをする気なのかと目を光らせて変なメッセージを送ろうものならすぐにでも止めようと身構えた。


 しかし莉音が打ち込んだものが、あまりにも短く、単純明快で、直接的すぎる内容だったためわたしは固まってしまい、送信ボタンを押す手を止めることができなかった。


『好きだよ』


 おひなという気の抜けるような名前の隣に、そんな付き合いたてのカップルでもいちいち言わないような言葉が「ぴょこっ」という軽快な音とともに表示された。

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