第7話 教室での風景
月曜日の1限目が終わった休み時間、わたしはこれからはじまる計5日間の拷問に早くも心が折れて机に突っ伏していたところだった。
わたしはどちらかと言わずとも勉強は嫌いだ。といっても勉強という行為自体が嫌いなのではなく、自分の興味のない話を延々と聞かされることが嫌い。それは友達同士の会話でも同じことでそれを気の知れない教師がやってくるわけだから好きになるはずがないじゃん?
それに眠い。朝はとても眠い。周りの喧噪を聞いてどうしてみんな寝ないで平気なんだろうと不思議に思う。うちのクラスは中々活発な子が多いみたいで休み時間になるとすぐに騒ぎ出す。机に突っ伏してるのなんて多分わたしと、結芽くらいのものだと思う。
腕の隙間からチラりと見る。あ、起きてる。珍しいこともあるものだ。結芽は黒板の上にあるスピーカーの辺りをじぃ~っと見つめ呆けていた。なんとも気の抜けた顔である。
と思ったら、ハッと何かを思い出したかのように目を見開いて、ものすごい早さで机に倒れ込んで動かなくなった。
やっぱりこの前から結芽の様子はどこかおかしい。
ぐにっ。
「ぐえ」
脇腹をえぐられカエルみたいな声が出る。そこまで強い力ではなかったけど、びっくりした。のっそりと顔を上げると見慣れた2つの顔があった。
「あ、起きたわ。いえ、違うわね。もしかして寝ていなかったのかしら」
「
「ダメよいちか。何事も最初が肝心。1週間の始まりとなる今日なのだから活気をつけていかなくっちゃ! よしもう1発」
「わ、わ! 起きます! 起きますからぐりぐりしないで!」
下腹部を襲う気持ち悪い感触に耐えきれず飛び起きる。
栗色のロングヘア、その毛先がわたしの鼻に当たりついくしゃみが出そうになる。相変わらず長いそれは
そしてその横にいるちんまいのが
そんな正反対の2人は1年からの友達らしく仲がいいみたい。そしてそんな凸凹コンビに割って入るのがわたし、ふっつーのギャルである。
自分でギャルっていうのもどうかと思うけど、なんだか色んな人に言われすぎて馴染んできてしまったのだ。ちょっと調子に乗って髪を茶色に染めたりピアスも開けたりしたけどそれ以外は特に俗なものには手を出していない。
「あたしはね日菜。この残された高校生活の時間を『まだこれだけある』と考えるか『あとこれしかない』と考えるかで授業への取り組みかたは変わると思うの」
はじまったと思いながら体を伸ばしてあくびをする。いちかは相変わらずおろおろと莉音の演説を聞いていた。
「今は多分実感が沸かないでしょうけど、今この時をどれだけ充実させられるかで進学にも響き、いいところへ行ければ将来も約束される。学力とは大人になったとき、そのまま給料という生々しい数字に換算されるのよ」
「そういう莉音は進学先とか決めてるの?」
「あたしの家はそんなにお金がないからおそらく就職だと思うわ!」
腰まで伸びた綺麗な髪をふぁさっと靡かせるその動作はまさしくお嬢様そのものだったが、莉音の口から出るのはふっつーの会社員のもとに生まれたふっつーの娘の切実な声だった。
「わ、私は多分大学だと思います」
「いいんだよいちか真面目に答えなくても。莉音の言ってることは流せばいいの」
「そ、そんなことしたら申し訳ないです。せっかく一生懸命話してくれているのに」
あぁ、なんていい子なんだいちか。なんにも特徴がないなんて言ってごめん。あなたはその優しさが一番の特徴だよ。
「あ、でも私水産省に入ってうなぎの1年間の産卵数とか調べてみたいです! 知ってますか? うなぎの生殖方法っていまでも全然分かっていなくって――」
あぁ、でもそのセンスだけはよくわからないよいちか。
「それにしても日菜。土曜日はなにをしていたの? せっかくあたしといちかで待っていたのに」
「え? なんのこと?」
「やっぱり忘れてたのね。言ったでしょう? 土曜の朝、裏山に行ってカブトムシの幼虫を探しに行こうって」
「ごめん忘れてた。あと覚えてても行かなかったと思う」
なんですって! と声をあげる莉音。どうしていたいけな女子高生が虫かごぶら下げて土の中掘り返さなくちゃいけないのか。
今回だけではない、この2人はカブトムシを取りに行ったと思ったら次の日には川に行ってペットボトルで作った船を浮かべたり、公園に集まっては瓶の蓋でホッケーをしたり、昭和の子供みたいなことばかりしているのだ。
「それに、土曜は友達の家に泊まってたから」
言うと、いちかが恐る恐る聞いてくる?
「もしかして、桜川さんですか?」
「うん、まぁね」
わたしと結芽の仲がいいというのはこの2人も知っている。
「桜川さんって、いつも寝たり漫画を読んだりしているわよね」
莉音がぼそっと呟く。言わんとしていることはわかる。遠回しに暗い子だと言っているのだ。結芽には友達もわたし以外いないみたいだし、莉音の言うとおり寝るか起きていても漫画を読んでいるかなのでそういう印象を持たれても仕方ないだろう。
そんな話をしていると、わたしたちの視線を感じたのか結芽がむくっと顔を上げこちららを見た。目が合う。軽く手を振ってみるけど、少し間を置いてからまた突っ伏してしまった。
「あら?」
「どうしたんでしょう」
その様子を怪訝に見つめていた2人。
「この前からずっとあんな感じなんだよね結芽」
「この前、というと?」
「泊まった日から。避けられてる、ってわけじゃないんだけどね。なんか、こう。こそばゆいなにかが、ね?」
言いようのない今のわたしたちの距離をジェスチャーで表す。けど、本人がわかっていないのだから2人に伝わるわけもなかった。
小首を傾げた莉音が考えるように唸り、いちかも同じように首を傾げ、やがてピンと伸ばすとキラキラと目を輝かせながら言った。
「でも、なんだか照れてるような感じでしたよね」
「照れ? うーん」
「照り焼きバーガーかしら?」
よくわからない莉音のボケはスルーする。
「私はとっても素敵な印象をうけましたっ」
「はぁ」
1人嬉しそうに笑ってるいちか。わたしと莉音は置いてけぼりでよくわかっていない。
「これは原因を究明する必要がありそうね!」
「いやいや! いいよそこまでしなくても!」
手で制止するが、こうなると莉音はなかなか止まってはくれない。とんだおてんば娘を産んでくれたみたいだ東光寺家は。突然変異かな。
「大丈夫よ日菜。あなたの悩みはあたし達の悩み。そうでしょ?」
いちかになんとかしてと目配せするも、
「素敵ですっ、素敵だと思いますっ」
素敵というワードを連呼するだけの機械になっていた。
「善は急げ! 今日の放課後、裏山に集合よ!」
別に集まるなら教室でいいのに、どうしてわざわざ裏山なのか。まるでジャイアンだ。などというツッコミは莉音にとって今更すぎるもので、わたしはしょうがなく首を縦に振ったのであった。
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