第3話 ひとつ屋根の下
田んぼに囲まれた一本道を抜けてクモの巣だらけの自動販売機があるところを曲がった先にある大きな家。
手前に小屋、右に畑。左に立派な庭があって正面に木造の平屋。奥には白い比較的新しい作りの家も見える。周りにはワゴン車が何台か止まっていて車庫は閉まっていた。
「ご両親に挨拶とかしたほうがいいかな」
「なんでよ」
「なんとなく」
かしこまった気持ちになったときはとりあえずご両親に挨拶しとけみたいなときない? あるよね。
「別にいいし、そもそも親は別居してるから会うことはないと思うよ」
「えっ? 別居してるって・・・・・・あ、ごめん。わたし無神経なこと聞いちゃった・・・・・・」
家庭の事情なんて人によって様々だ。それなのにずけずけと踏み込むのはデリカシーにかけるというものだ。今のはちょっと反省しなきゃいけない。
なんて考えてると肩のあたりを小突かれた。
「そういうんじゃないよ。ほら、むこうに白い家見えるでしょ?」
「うん」
「私の家って農家でさ。お婆ちゃん達が住んでるのが正面の古い建物のほうで、両親はそっちの白い方に住んでるんだよ。で、私の部屋は古い方にあるから、多分あんたが親とエンカウントする確率低い、あったとしても犬の散歩に行くときばったり鉢合わせるくらいかな。だから、そんな変な顔して心配しないでよ」
くくく、と結芽が笑う。こういうとき結芽はいつも顔を見せてくれない。下を向いて、口元を押さえて笑うのだ。
「日菜ってさ、見た目ギャルなのに中身は普通だよね」
「それって褒めてるの?」
「いや、バカにしてる」
なんだとー! と大きな声で言ってやろうと思ったけど、夜分に、しかも人様の家の前でそんなことをするのは迷惑極まりないと思い自粛した。・・・・・・こういうところなのかな。
「入っていいよ」
結芽が微妙に立て付けの悪そうな扉を開けて、わたしも付いていく。
中はとても開放的な作りになっていて、一つ部屋が見える以外は大きな座敷が広がっていた。客間だろうか。
その一つの部屋には明かりがついていて、障子の下のガラスから誰かがいるのがわかった。
「うめけ?」
「うん。ただいま」
喋り方的に、たぶんお婆ちゃんかな。
「友達連れてきたから、今日泊まるね。うるさくはしないから」
「えーえー、おおばららけろもゆっくりしていきなせ」
・・・・・・なんて?
「お、お邪魔します! えっと」
顔を出して自己紹介でもすべきかと思ったけど、奥で結芽が手招きしていたので一応頭だけ下げて冷たい廊下を進んだ。
突き当たりを左に曲がると部屋が見えてくる。なんとなくそこが結芽の部屋だということが分かって。
「わたし、待ってよっか?」
いきなり来たものだから、部屋とか片付けたいよね。そう思ったのだけど結芽は肩をすくめていた。
「いい子ちゃんだねぇ、よしよししてあげるから早く入っておいで」
「む」
またバカにされた気がしたのでわたしはもういいやと気遣いはやめてズカズカと無遠慮に部屋に入った。
土壁で覆われた6畳くらいの大きさで障子と曇りガラスのセットが二つ、そんな古くさい風貌だけど中は柑橘系のフレッシュないい匂いがした。いつも結芽からする香りだ。
「香水とか吹いてるの?」
「べつに、なんで?」
「すごい、結芽の匂いがするから」
「犬みたいにくんくんしないの」
怒られてしまった。カバンを片手に結芽を見ると「ん」と部屋の隅に指を差されたのでそこへ置く。
「そういえばうめってなに? さっきお婆ちゃんが言ってたの」
「あぁ。あれは私のこと。お婆ちゃん、ずっと私の名前結芽じゃなくてうめだと思ってるみたい」
「響きは似てるけどね」
んしょ、とベッドに腰掛ける。そこで「あ」と思い結芽の顔色を伺うも、当人はすでに上着を脱いで靴下をわたし目がけて放り投げたところ。じゃあいいかとわたしはそのまま寝転がった。
「うわふかふか」
「腹見えてる」
「いやん」
続けて放り投げられた上着がわたしの顔面に直撃する。
「日菜も着替えたら?」
「そうしよっかな。よかったジャージ持ってきてて」
わたしはスカートのホックを外すと、手を使わずに足だけで脱いでいく。地味な特技である。そのままスカートを足で結芽のほうに蹴っ飛ばすもすぐに投げ返される。
ブレザーを脱いでリボンを解いて、ワイシャツのボタンを何個か外したあたりで力尽きる。素肌に触れるふかふかの布団の感触が気持ちよくてもぞもぞしてるわたしを一瞥した結芽は部屋を出て行き、戻ってくると両手におぼんを持っていた。
「お婆ちゃんが食えって」
「わー!」
わたしはすぐにジャージに着替えて飛び起きた。いつだって食欲に勝るものなどないのである。
「すっごいおいしそう!」
「やっぱり犬みたい」
なんか言われてるけど気にしない。
「いただきます!」
初めて見るものばかりだったけどそのどれもが美味しくて箸は進んだ。
「ん」
後ろに流していた髪が前に出しゃばってきて視界をうろつく。最近はいつも結んでたからちょっと邪魔くさい。
一応シュシュはカバンに入ってるけど・・・・・・あれは使いたくない。
「これ使う?」
すると結芽がシンプルな紺色のゴムを渡してきた。
「よくわたしの考えてることわかったね」
「なんとなくね」
「ありがと、借りるね」
髪の毛がお皿に入らないようにちょっと離れて慣れた手つきで髪を後ろに束ねて結ぶ。
「その結び方、私にはできないんだよね」
「なんで?」
「普通のポニーテールならできるんだけど、日菜は結構上のほうで結んでるでしょ? それなのにトップは保ったままで触覚も自然に作れてるし、毛量の暴力だ」
「あー」
わたしは結んだ部分を触って持ち上げて見せる。ポニーテールって今はほとんど邪魔な髪を後ろにどけるって用途で使ってる人がほとんどで、おしゃれ目的でする人はあまりいない。だから真のポニーテールがなんなのか分かっていない人が多すぎる。ってわたしの通ってる美容室のお姉さんが言ってひたすら結び方を教えられたのを思い出す。
「緩いものでなるべく深めに結ぶのがコツかな。って言っても、確かに結芽の髪は砂みたいにサラッサラだから難しいかもね」
「もっと他に言い方ないの?」
「えーでも砂って手にすくうとさらさら~って落ちてくじゃん」
我ながらいいたとえだと思ったんだけど結芽はお気に召さなかったらしい。
「ほえにわあしなんへ」
「飲み込んでから喋って」
「それにわたしなんて羊毛だから、なおさら結芽のさらさら砂ヘアーが羨ましい」
わたしの髪はなんとなくゴワゴワしてて掴めば形を変えるし引っ張れば流れも変わる。またまた美容室のお姉さん曰くなんだけど、こういう髪のほうがスタイリングのし甲斐があって好みらしい。けどやっぱり結芽みたいな髪は憧れ。
「ごちそうさま」
箸を置いて手を合わせる。和食風味なご飯は醤油と味噌の塩梅が絶妙で飽きさせない味付けながらも食後感はさっぱりしていた。
「ひじきを結芽の髪だと思って食べてた」
「あっそ、食器片付けてくるから待ってて」
「お婆ちゃんにごちそうさまでしたっていうのと、すごく美味しかったですって伝えておいてもらっていい? わたしからもあとで言うけど」
「ギャルの出来損ないめ」
捨て台詞を吐いて結芽が部屋を出て行く。
ちょーウケる☆ とでも言えば良かったんだろうか。
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