第21話 明るく照らせ
端の席が丁度空いていたので、先輩を座らせて僕はその前に立って吊り革に掴まる。先輩は出来るだけ横の人に触れないように、窮屈そうに壁に体を寄せている。
周りを同じような学生集団が占拠し、皆思いも思いに雑談に励む中、僕達二人だけは対照的な空間を形成していた。
何か気の利いた話でもと思うが、学校のことを話そうにも、見た番組のことを話そうにも、先輩はここ数日そのどれにも触れていない。
思えば、先輩の趣味や普段のことなんて何も知りはしない。合わせる話が無いのだ。揺れる車内で幾度も先目が合うが、その度に先輩は気まずそうに目を逸らす。
自分から誘った癖に情けのことである。この調子ではストレスと苦い思い出を作り出すだけではないか。そう考えると少しだけ自分に腹が立つ。
「先輩、向こうに着いたら何がしたいですか」
「したいことより、何が出来るのかが心配かな」
目を合わせずにそう話す。
「なら、一つずつ確認していきましょうよ。時間だけなら死ぬほどあるんですから」
先輩はそれに頷くだけで声には出さず、遊びとはかけ離れた雰囲気のまま、電車は僕達を運んでいった。
「次で降りますよ」
「分かった」
その言葉の通り次の駅で降りようとするも、皆目的地は同じらしく出口に人がひしめき合う。仕方なく頃合いを見てから先輩の手を取り電車から降りた。
駅を出て、駅前の人混みを眺めながら向かう先を考えていると、ふと先輩の制服が気になった。
「先輩、服見に行きましょう」
「え、いやいいよ」
「いいからいいから」
半ば強引に手を引いて歩き始める。こういった時どの店に行けばいいか知らないので、フラフラとそれっぽい所を探していく。
そして、自然とそれとなく人の多いところへと向かい、普通の学生に混じって雑居ビルの通りを進んでいく。
「ねぇ、ちょっと待ってよ。人が」
「そりゃ人くらい居ますよ。それに! 学校に戻るならこれくらいしなきゃ」
先輩は明らかに戸惑っているが、後ろ向きに構えていてはいつまでも進展は望めない。ならば、いっそのこと無理矢理にでも行動すべきなのだ。
「ほら、あそこなんてどうです」
「いや、でも、着れないし」
「そんなの、やってみなきゃ分からないですよ。それともなんです、これから一生鉄の鎧でも着て過ごしますか?」
「それは嫌だけど……」
「だったら、一歩踏み出さないと」
「ぅう、分かったよ」
店内を学生がひしめき、気を抜けば接触してしまいかねない。先輩が強く握れない代わりに、こちらでしっかりと手を掴み、服の掛かったラックの間を抜けていく。
ただ、どれもお気に召さないのか、うんともすんとも先輩から反応が見受けられない。
「何か気になるものあります?」
「無くはないけど。でも、服が欲しくて出掛けた訳じゃないから、いまいちそう言う気分にならないと言うか」
「はあ、そういうもんですか」
親なんかはぶらっと出掛けて気になるものを片っ端からイジっているが、気分の落ち込んでる人に無理矢理楽しめと言っても土台無理な話なのかもしれない。ならば、ここは心を鬼にしてこちらからアプローチするしかない。
「先輩、これとかどうですか」
そう言ってラックから手にとった服を、先輩にあてがうようにして見せる。
「あんまり趣味じゃないかな」
それならばと、あれやこれや少しでも気になったモノを先輩に示す。流石の先輩も堪忍したのか、次第にこちらの話に乗ってくるようになった。
相変わらず冴えない表情ではあるが、視線を服に向け、自分から見たい服へと足を進める。
それから、すっと一つの場所で立ち止まると、じっと服を見つめて手を伸ばした。
だが、寸でのところでまるで壁に阻まれたようにと手を止めると、動かなくなってしまった。
「先輩?」
「ううん、なんでもない。行こ」
僕の手を取ってその場を離れようとする。見ると、先程よりも沈んだ顔をしている。
「いいんですか?」
「うん」
表情を見ればそれが嘘だと誰でもわかる。
「僕はこの服を着ている姿、見てみたいですけどね」
先輩は足を止めると、握っていた手が抜け落ち離れていく。
「無理だよそんなの」
「無理って、やらなきゃわからないじゃ」
「やらなくたってわかるよ!」
反射的に振り向き、まるで小さな爆弾が弾けたような声を出し、周囲の喧騒を一気にかき消した。その爆風をもろに受けた体は瞬時に硬直し、口を開くことも許さない。
先輩の目に涙が溢れる。それを隠すように拭うと、視線を浴びながら一人その場を離れていった。
それからすぐに硬直から復帰すると、戸惑いながらも後を追って店を出た。先輩はすぐに見つけられた。人にぶつからないように道の隅をおっかなびっくり歩いている小さな背中がそこにあった。
「先輩」
声を掛けて後ろから手を取る。先輩はその手を振り解こうとはしないものの、そのまま無言で歩いていく。
「とりあえず、一旦落ち着きましょう。ね?」
「分かったの」
一体何が分かったのかは分からないが、涙に濡れた声でそう答える。
「やっぱり、無理なんだよ。だって、普通の人はお店の服を手に取ることも、人に触れることも怖がったりしないもん。こんな、こんな……」
それ以上は涙で聞き取れなかった。返す言葉を必死になって探していると、先輩は一つ静かに息を吸い、鼻を啜った。
「ごめんね」
先輩が謝る必要なんてない。それでも、先輩の言葉を否定出来ず、ただ力なく一言話すので精一杯であった。
「今日はもう、帰りましょうか」
「そうだね」
無力な僕は、バカの一つ覚えのように先輩の前を人避けの壁となって歩いていく。結局、出来ることなんて何も無かったのかもしれない。
授業中の高揚も、浮かれた未来も、自分の愚かさと計画の無さが全て台無しにした。あろうことか、それは先輩の未来までも巻き添えにした。
無言で揺れていく電車の中、己の認識の甘さを悔やむ。各停の電車が終わりを刻むように一駅一駅過ぎていく。降りる駅が近づく度に、今日で何もかもが終わってしまうようなそんな予感が強くなる。
先輩の顔を横目で確認する。その目から涙は消えているが、車内のモニターに映し出される映像を何を思うでもなく見つめている。
その時、モニターにこれから通る駅の名前が表示され、先輩が消えるような声で呟いた。
「もう、あと少しか」
その言葉に心がささくれ立つ。まだだ。まだ終わらせちゃいけない。このまま帰ってはいけない。何としてでも、先輩が居ていい場所を見つけなければいけない。
慌ててスマホを取り出し、地図に指を走らせる。そして、ある一点をマーキングしてすぐさま経路を確認する。
ドアが開くと同時に立ち上がり、驚く先輩の腕を掴み引き寄せるよう立たせると、何か言おうとするのを遮ってホームに降りた。
「ちょ、ちょっと! ここまだ降りる駅じゃないけど」
「行きたいところがあるんですよ」
「へ? い、行くって」
戸惑いを隠せない先輩をよそに、反対側のホームに来た電車に引きずり込んだ。
白昼夢 猫護 @nekomamori
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