会いたい

尾八原ジュージ

会いたい

 ママ、お元気ですか? りさです。

 今、引っ越してきたばかりで何もない部屋で、段ボール箱を机にしながら、この手紙を書いています。このレターセットは、さっき近くの本屋さんで買ってきました。かわいかったから、ママが喜ぶかなと思って。ペンもついでに買いました。ブルーグレイのインク、ちょっと変わっててきれいでしょ。

 やっとママと暮らした家に戻ってきました。

 もう20年ぶりかな。ママと一緒に住んでいた頃のこと、なつかしいです。

 またママと一緒に暮らせるといいな。この手紙も、読んでもらえるといいな。

 またお手紙書きます。りさより。


 ママ、お元気ですか? りさです。

 引っ越しから一週間、荷物がそこそこ片付いてきました。仕事もあるので、コツコツ片付けていきたいと思います。ママがいたら、だらしないって叱られたかもしれないけど。

 この手紙もちゃんとテーブルの上で書いています。せっかくの新居なので、天板が真っ赤の、新しいローテーブルを買いました。派手だけど、かわいくて気分があがります。

 今、わたしが暮らしている部屋も、テーブルと同じくらいピカピカです。なんと、今年の二月に建ったばかりなんです。壁は真っ白だし、お風呂はボタンひとつで沸いちゃいます。コンロはIHだし、インターホンもついています。

 ママと暮らしていた頃のアパートとは、大違いですね。あのアパートは取り壊されて、ここはしばらく更地になっていたそうです。

 ママが来ないのは、もしかしてアパートの外観が変わり過ぎているからかな? わからなくなっちゃったのなら、わたし、今夜から時々ベランダに立って、外を見るようにします。

 ママを見つけたらちゃんと合図しますね。りさより。


 ママ、お元気ですか? りさです。

 二週間が経ったけど、やっぱりママには会えないままです。もしかすると、ママはわたしの近くに来てるのかな? もしそうだったらごめんなさい。全然気づいていないんです。

 もっと大きな声で名前を呼ぶとかしてほしいです。昔、わたしはよくママを怒らせて、大きな声で叱られていましたね。あのくらい大声だったら、ぼーっとしているわたしもきっと気づくと思うのですが。

 新しくなった部屋はとても快適です。すきま風なんか吹き込んでこないし、隣の物音もほとんど聞こえません。ベッドもふかふかであったかくて、お姫様にでもなったみたい。

 さて、そろそろご飯を作らなくちゃ。いつかママに食べてもらえるようにがんばりますね。りさより。


 ママ、お元気ですか? りさです。

 今日、郵便局に行ったらかわいい切手シートがありました。野鳥のイラストの切手です。ママが昔、カワセミのチャームがついたキーホルダーを持っていたこと、よく覚えています。

 レターセットとかテーブルとか切手とか、無駄遣いばかりしてるって思ってますか? でも、ちゃんとお給料をもらっているから大丈夫です。わたし、看護師になったのです。

 ママへのお手紙は、かわいいテーブルの上で、きれいな色のペンで、かわいい紙に書いて、素敵な切手を貼って送りたいのです。そのために、ちょっとくらいお金を使ってもいいでしょう?

 この手紙、昔の住所宛に出しているんですが、不思議と戻ってきません。ママに届いているのかな? だったら嬉しいです。

 もしも手紙が届いているなら、わたしに会いに来てほしいです。わたしが今どこに住んでいるのか、ママにはわかっているのではないでしょうか?

 それとも、やっぱりわたしのことが嫌いですか? わたしのことが嫌いだから、ママは会いに来ないのでしょうか。ママに会いたいです。りさより。


 ママ、お元気ですか? りさです。

 折から風邪が流行っているので、病院は大忙しです。私が勤めているのは総合病院の産婦人科なので、内科ほどてんてこ舞いはしていませんが、衛生管理については普段よりずっときびしくなりました。赤ちゃんが産まれた方の面会も、旦那さんと双方のご両親までと決められています。妊婦さんや出産後でくたくたの産婦さん、小さな赤ちゃんにも、風邪がうつったりしたら大変ですから。

 産婦人科は大変だけど、たくさんのしあわせな瞬間が見られて、すばらしい職場だと思っています。

 ママも、わたしが産まれたときは、ほかのお母さんたちのように、嬉しそうに笑っていたのでしょうか。わたしはあまりママの笑ったところを見たことがないけれど、ひとりぼっちでわたしを育てなければならなくて、大変だったのだから無理もないですね。

 笑っていなくても、怒っていてもいいから、ママに会いたいです。もうわたしが働いているのだから、ママはあんなに頑張って、夜遅くまで働かなくてもいいんですよ。気を遣わないで、会いにきてくださいね。りさより。


 ママ、お元気ですか? りさより。

 この部屋に引っ越してきて半年も経ったけれど、ママにはちっとも会えませんね。別に文句を言いたいわけではないのです。ただ、どうしてママが会いに来てくれないのか、その理由を知りたいのです。

 やっぱりママは、わたしが嫌いなのでしょうか? ママが思うようなちゃんとした娘ではなかったから、今でもわたしを憎んでいるのでしょうか。

 ママはよく私に、あんたがいなけりゃ人生やりなおせるのにって言っていましたものね。わたしが何か失敗をすると、顎がずれそうになるくらい叩かれましたし、ご飯も抜かれました。でもその後で、ママは泣いてわたしに謝ってくれましたね。わたしは、ママをもう泣かせなくて済むようにと思って、学校の勉強や家事なんかもがんばったつもりでしたが、それでも足りませんでしたね。ママが苦しんだのは、わたしが至らなかったせいなのです。本当にごめんなさい。

 でもわたし、ママといられるだけで嬉しかった。

 ママがわたしと心中しようとしたこと、実はとても嬉しかったのです。天国にいけば、ママがイライラすることなんて何もなくなるでしょうから。わたしも死んでママと一緒にいられると思うととても幸せでした。

 でもわたしだけが生き残ってしまって、とても辛かった。

 今でもママが死んだときのこと、よく覚えています。夕方の六時頃でしたね。空が夕焼けで、ものすごいオレンジ色でしたね。窓の外で烏が鳴いていましたね。当時ここに建っていたアパートはとても古くて、畳が毛羽だってチクチクしていましたね。窓のサッシも歪んで、隙間風が吹き込んでいましたね。あのとき泣いていたのは、ママがわたしの左腕を引っ張ったので関節が外れて、畳にぐっと押し付けられたのが痛かったからで、ママと死ぬのが嫌だったからではないのです。あのときの腕はもちろんちゃんと治りましたが、寒い日なんかは今も少し痛みます。そのたびにわたしは、ママを思い出しています。

 ママに置いて行かれて、とても悲しいです。

 就職して、新しいアパートに住めるようになるまで、こんなに時間がかかってしまいました。本当に、ここにもう一度アパートが建ってよかった。この土地でママは死んだのだから、ママの幽霊が出るのなら、ここに出るに決まっていますよね。

 もしかして、わたしが気づいていないだけで、ママはずっとこの部屋にいるのでしょうか? どこかでわたしを見ているのでしょうか?

 それなら何か合図をください。もしもわたしのこの手紙が届くなら、何かわたしに、ママの存在がわかるようなことをしてください。お願いします。


 それとも幽霊なんて、どこにもいないのでしょうか。


 会いたいです。ママ。りさより。

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