第30話 周囲から浮いているのって、結構辛いですよね。


 学園での生活を始めて数日。

ようやくガイダンスなども無事に終わり、本格的に授業が始まりました。目まぐるしい日常に疲れ始めているエルフリーデ。


そんな彼女を尻目に私はと言うと、今日もぼんやり日向ぼっこの一日なのです。


日差しから感じる朗らかな心地を感じつつ、私は一匹で校舎の中庭で惰眠を貪っているのですが、常にこう思うわけです。


これ、私ここにいる意味ありますかね?


先日は色々あって放っておきましたが、ご都合主義よろしく、私は学園にいてもいいと言うことになっていますが、やはり違和感を拭うことが出来ません。


 まぁたかが侯爵家のペットである私ですからね……もしかするとおじいさまが手を回してくれたのでしょうか?



 あぁ、おじいさま。ここ留まって不利益があるとすれば、おじいさまにお会いできないことくらいでしょうか。


 可能であればいますぐにでもお会いしたいですよ。



 そんなことを考えつつ、芝生の上をゴロリと転がっているとどこからか視線を感じます。



 まぁ正直にここ数日でこのような視線には慣れてしまいましたよ。


 だって、うちの飼い主様がねぇ。


「お待たせ。退屈じゃなかった?」


 いえいえ特に退屈なんてしていませんよ。ぼんやりしているのもこれはこれで楽しいものなのですよ、ご主人様。


 授業の休憩時間になったのでしょうか、気づけばエルフリーデが私に声をかけてきます。


 しかしこの人、休憩時間になる度に私のところにやってくるのです。

 そんなところばかり見ていると、嫌な考えが頭に浮かぶのは無理もないことでしょう。


「なんでだろうなぁ。わたしみんなに嫌なことしちゃったのかなぁ」


 その言葉から、やはりクラスメイトたちからの態度はあまりよろしくない様子。エルフリーデは彼ら彼女らの態度がなぜ冷たいのか、正直理解できないのでしょう。


 よく考えてみれば無理もないでしょう。

 入学式後の舞踏会から、その雰囲気は顕著に現れていました。


 やはり貴族と平民の間の隔たりは大きく横たわっているのです。

 そして今年は公爵令嬢であるレオノーラ様と、大商家であるグライナー商会の跡取りであるハルカさんが入学してきて、二人を旗頭により一層対立を深めようとしていたのですが、それを意に介していないと思われている人が一人いると思い込まれています。



 まぁ言わずもがな、それは我がご主人様。

 舞踏会でわざわざ二人がエルフリーデに話しかけに行ったことをきっかけに、両方の派閥から敵視されるようになってしまったようなのです。


 事、派閥争いなんてしょうもないものに躍起になるのは意味がないって分からないんでしょうか。辟易してしまいますよ。

 しかし、そんなしょうもない事に自分の大事な人が巻き込まれていると思うと少しイラついてしまいますね。


 この落ち込んだ顔を見ているとエルフリーデ本人にも、そんな表情をさせている周囲にも

憤りを感じてしまいます。



「やっぱりさ、仲良くしたいよね」


 じゃぁ休憩時間の度にここに来ていちゃ駄目ですよ! 思わず身体を起こして彼女を睨みつけてしまいます。


「なんで? 機嫌悪いの?」


そんな少し惚けた口振りも、普段は可愛らしいと思いますが、ここでそんな事に気をとられるわけにはいきません。




ここは鬼に、鬼になりましょうか!




私は撫でようとしてくる彼女の手を振り払い、離れようとするのですが、


「ちょ! ちょっと待って! なんで離れていくの?」


 ゆっくりとした動きが嘘みたいに、きつく私を抱きしめてくるエルフリーデ。腕にこもった力は普段からは考えられないほどで、彼女の必死さが伝わってきます。


 でもそんな必死でも、そんな甘えた声出しても今日は優しくしませんよ。


 少しは一人で頑張りなさいな。いつまでも子供じゃないんですからね。


 私はあしらうような鳴き声を出した後、強引にずるずると彼女を引きずっていくように歩き始めます。



「ねぇ、少しは、少しは聴いてよ!」


 追いすがってくるエルフリーデの重さを腰のあたりに感じ、それがどうも後ろ髪をひかれてしまいます。


 あぁ、これでは彼女の衣服が汚れてしまう。

 お顔だって、もう泣き出しそうですよ。


 そんな考えが頭を過るのですが、少しは突き放すようにしなければ私離れをすることはできないでしょう。


 だからあえてなのです。分かってくださいよと、そんな事を心の中で呟いていると、不意に感じていた重みが離れていきます。


 ようやく踏ん切りがつきましたか。やれやれ、本当に駄々っ子なんですからと思いながら彼女の方を振り返ります。


 やはり予想通りと言いましょうか、目尻に涙を浮かべたエルフリーデは少し拗ねた表情をしています。


 ぐ……いやいや、ここで甘いところを出しちゃ今までと変わらないですよ。


 いつもならば側に行って、甘える仕草をしてあげて少しは慰めてあげるようにするのですが、今はあえて黙って彼女を見つめます。


 いつも通りにならない状況に、目を白黒させるエルフリーデ。あぁ、見ていられませんが、今日の私は鬼なのです! 絶対に甘やかしませんよ!


 私の決意が伝わったのでしょうか、私が普段通りではないと理解して突然大声を上げます。


「あぁもう! 分かった、分かりましたよ! 今回は頼りません! 一人で頑張るよ!」


 おぅ、なかなかはっきり言えるじゃないですか。少し怒った様子も可愛らしくて思わず笑みがこぼれそうになりますが……いけないけない、また甘さが出てしまうところでした。

 とりあえずここで頑張らないと成長しませんからね。そうやって強がれただけ良しとしてあげましょう。なんでも挑戦と失敗を繰り返さないと身につきませんからね。


 彼女はその言葉と一緒に踵を返し、建物の中に戻ろうと足を進めていきます。乱暴な歩みではありますが、着実に進むその姿に不謹慎ですが、成長しているなと思うわけです。


 そもそもエルフリーデの人柄であれば、すぐに周囲にも溶け込めるはずなのです。私に割いている時間をそちらに使ってもらうことができれば簡単なはず。


 あぁ、これが子供の背を見送る親の心境でしようか。少し誇らしい気分です。



 が、やはり人間そうそう成長はしないというんでしょうか。

パタリと足を止めたエルフリーデ。ゆっくりと振り返って

「……ねぇ、本当にわたしだけで大丈夫かな?」

 と、そんな弱気なセリフを呟きました。



 その言葉に思わずため息が出てしまいます。それと同時に今回くらいなら良いかなという気持ちが溢れてきたのです。


 一度その気持ちが溢れてしまうと、もうどうしようもない。


 再び私はため息をつき、宙に視線を移します。

あぁ、もうしょうがないですね! 助けてあげますよ、やってやりますよ!


 私がこの状況を変えてやろうじゃありませんか!



「彼女を悪役令嬢にしない方法 その5

                     やはり多くの友人を作りましょう!」

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