第29話 鈍感なのも様式美かもしれないですね。
態度に出さないと言いましたね。
うん、無理でしたよ。気がついたら、エルフリーデの抱きつこうと身体を必死に伸ばしている私がいたのです。
なんだか日に日に反応が犬然としてきているような気がする……こうゆうところはもう少し抑えないといけないのですけれど……まぁそうなったらそうなったということで素直に受け入れることにしましょうか。
おっと、そう言えば今日は舞踏会用のドレスをお召しになっていたのです。
エルフリーデは気にしないでしょうが、さすがに地面を歩き回った手脚でそれに触れては悪いですからね。
私は佇まいを正しながら待ての姿勢をとります。
フフフ。我慢できた私、褒めてもいいんですよ?
誇らしげに胸を張っていると、苦笑と一緒に優しい手触りを頭に感じます。
うむ、苦しゅうない。
もっとやってくださいというやつですね。思わずおかわりを要求したいなと思っていると、頭に感じる違う手触り。
「そうですか。そうですのね……」
そう呟いたレオノーラ様が私の頭を撫でてくださっていたのです。
私は嬉しいですけど、本当に二人のお召し物が汚れてしまいますよ。そう思いつつ、私はクルッと踵を返して少し二人から離れます。
後ろからは「構いすぎたかな?」と心配する声が聞こえてきましたが、そんなことはありませんよ。可能であればいつまでも浸って痛いくらいだったと言っても過言ではありません。
彼女たちから二、三歩離れて寝そべって彼女たちを見上げます。
私の動きを、笑みを浮かべながら眺めていたレオノーラ様とエルフリーデでしたが、どうしてかエルフリーデだけが少し複雑な表情を浮かべています。
表情豊かなことはいいことですけど、もう少し落ち着きを持って欲しいものですが、なんとなく彼女の表情の意味が分かるので偉そうなことは言えません。
そうですよ、学園に入学する前は少し不安に思っても私がいるということに安心感を覚えていたみたいですけど、よくよく考えてみれば……
「レオノーラ様……この子連れてきちゃって良かったのでしょうか?」
そうですよね。気持ちが落ち着けばこの疑問に到達するわけなんですよね。
正直私だって同じことを考えていましたよ。
でも私の場合は少し違って、『ここにだけは理由を求めるんだ』という違和感もあったのですが。
普段は上手くいったことについては「あーよかった」で終わらせるエルフリーデだったのですが……成長してくれたということでしょうか。少し嬉しく思いますよ。
ですが、何故困惑しているのか分からないという表情を見せている人がここに一人。
「学園から正式に許可を得たのでしょう? 良いではないですか」
だからその理由が欲しいんですって!
レオノーラ様が当たり前のことでしょうと言わんばかりの表情を見せていますよ。
そりゃ許可を取れればいいんですよ? でも貴族であってもそんな我儘通用するなんて思わないじゃないですか。
だからこそ、思うわけですよ。
「でもなんだか出来すぎてるなぁって」
そう! その通りです! ご都合主義で終わらせてはいけないことだと思うのですよ。
それにね、アニメでは私の姿なんて影も形もなかったのです。
それでも完全にアニメと合致する関係や状況というものはしっかりと構築されていいます。
これの意味するところは詰まるところ、完全にアニメとは違う道筋を辿っていると考えてもいいのか、未だにそれを結論づけることができていない私がいます。
正直ね、私すっごく不安なのですよ。
「気にする必要ないですわ。堂々としてらっしゃいな」
「そ、そうですか? でもこの子と一緒にいられて嬉しいので良しとします」
こうやって励ましてくれるレオノーラ様の言葉に感謝と違和感を覚えるのですが、やはりなんとも言えない気持ちです。
ですが我がご主人様の言葉は素直に嬉しくて、むず痒くなるようなエルフリーデの言葉に思わず身体をよじっていると、再び舞踏室とバルコニーを隔てるドアから重い音が響きます。
その音に全員の視線が音の方に向きます。
「そうですね。堂々としていてくだされば良いのです」
舞踏室の中からも同じように、バルコニーへと出て行った影に視線が注がれています。
遠目から見ても分かるほどに動揺していますね。その気持ちはわかりますよ。
中には不敬な! なんて憤っている人もいるでしょうが、この人は他人からの中傷など気にする人ではありません。
スカートの裾を上げ、こちらに頭を下げる姿も非常に絵になります。
エルフリーデの横にいらっしゃるレオノーラ様も、この数年でかなり大人びて、立派な淑女になられましたけど、この人も負けず劣らずの美貌を誇っていらっしゃいます。
ま、まぁうちのご主人様も負けちゃいませんけど!
「あ、ハルカさん」
「ご機嫌麗しゅうございます。アーレンベルク様、エルフリーデ様」
「えぇ、ご機嫌よう。グライナーさん」
二三言葉を交わしつつ、和かに話を始める三人。
考えてみれば今日は全然三人で会話をすることもなかったのです。
入学式でも離れた席でしたし、舞踏会の間もレオノーラ様は取り入ろうとする貴族の方々に、ハルカさんは少しでもグライナー商会と関係を持ちたい人たちに囲まれていたので無理もありません。
その二人がこうしてバルコニーで、エルフリーデを中心に会話している訳です。
あぁ、なんだか明日から他の皆さんにどう接されるのか……すごく不安なのですが。
そんな不安に頭を悩ませていますと、先ほどの二人とは違う丁寧な感触が頭を走っていきます。
「貴女も、ご機嫌よう」
えぇ、ご機嫌麗しゅうございます。
私も彼女に頭を下げる仕草を見せるとクスクスと笑い声が聞こえてきます。
あまりの私の可愛らしさに笑みが溢れたとでもいうのでしょう。
いや、冗談ですからね?
さすがにいい年になったので、自分が可愛いなんて言いませんよ。
なんでしょう、自分で言っていて悲しくなるという感情を理解してしまいました。
もうこうなったらふて寝してやります! もう今日は何にもしませんから!
そう思いながら、身体を横たえて眠りの姿勢につくのですが、突然の態度の変化に少し困惑するエルフリーデ。
頭を撫でても今日はもう何もしてあげませんからね……もう少し撫でておいてください。
おっと、なんだか心地良くて本当に寝てしまいそうでしたよ。
その間、三人はずっと私を眺めていたらしく、口々に可愛いだのなんだのと言っていますが、今日はもうそんな言葉は素直に耳には入ってきませんよ。
心の中でそのような悪態をついているとレオノーラ様が一言、ハルカさんに投げかけられたのです。
「―――しかし、本当にこの学園に来るとは思いませんでしたわ」
「私も同じ舞台に立たなければ……戦えませんから」
『戦う』という言葉には少し身震いしてしまいましたが、危ない意味ではないということはもちろん分かっています。
分かっているだけに口元がにやけてしまいそうになるのですが、しかし公爵令嬢にここまでハッキリと言葉を返すことができるのは、さすがはハルカさんだと思う訳です。
「……まぁ努力は怠らないことですわね。貴女は確かに見込みのある方ですが、それに胡座をかいていては足元を掬われてよ?」
「それは、もちろん覚悟しております」
双方はっきりとした物言い。舞踏室の中の人たちは気が気じゃないでしょうね。
まぁ我がご主人様も同じような表情をしているのです。いや、貴女どれだけ二人のやりとりをみているんです? 少しは慣れてくださいよ。
「いくら世の中が変わったと言っても、未だに貴族だからというだけで偉ぶっている方たちは少なくないですからね」
「承知しております。育った環境があるのですから、致し方ありませんよ。それに私はそのようなことは気にしませんよ」
「その覚悟が偽りでないことを、期待しておりますわ」
うむ、お二人とも素晴らしい心意気ですよ。
でもね、二人が最終的に考えていることって……ねぇ?
「えぇ。それにこれで……」
「そうですわ、これで……」
なんだか最近の二人は分かりやすすぎると思うのはきっと気のせいではないでしょう。
でも前からずっと言っているじゃないですか。
「ね、ねぇ。なんだかわたし置いてけぼりにされてない?」
ね? エルフリーデにはそう簡単に伝わらないんですって。
まぁでも……これからの学生生活を楽しみましょうよ、みなさん。
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