第21話 どうにもこうにも不可解です。
レオノーラ様とハルカさんとの初めての邂逅から数日、お二人には全くお会いしていない期間が続いていました。
以前であれば三日と開けずに会いにきてくれていたレオノーラ様がいらっしゃらないと言うのはなかなかに違和感を覚えるものです。
エルフリーデも同じ事を考えているらしく、ここ数日はそれを気にかけた表情を見せていました。
ですが本日については、そんな様子はなさそうですね。私は少し安心しています。
本日は早い時間帯からグライナー商会までやってきて、ハルカさんと色々とお話をされていました。
私はそんな二人の声をソファの下から聴きながら、ダランと寝そべっています。
そのハルカさんですが今は席を外されており、代わりにトーマスさんがエルフリーデのお相手をしてくださっているのですが、話している様子を見ているとやはり優しい人なんだなと言うのが見て取れました。
色々と気にし過ぎなのでしょうね。
エルフリーデがぼんやりしていようものなら、少し斜に構えたような物言いではありますが相手をしてくださっています。
エルフリーデ自身も、最初はたどたどしかったものの少しずつトーマスさんに慣れてきたようで和かな様子というか、むしろお屋敷で家令の方々や他の貴族の方と話している時よりもかなりリラックスしてお話ししているのです。
私もそうですけど、多分トーマスさんから醸し出される庶民感というものに安心しているのではないでしょうか。
それを思い出すたびに毎回クスリと笑ってしまいそうになるのですが、まぁエルフリーデには届いていないものでしょうね。
取り留めのない話をしていた時、何を思ったんでしょうか。不意にトーマスさんが真顔になってこんな事を訪ねてきます。
「カロリング様はさ、なんでわざわざここに来てるんですかい?」
ん? これは言葉が足りないというか、彼もどう言っていいのか分からないままに訪ねていらっしゃるようですね。
でもこの聞き方はあんまり良くないんでよねぇ。
「そ、それって……もう来るなってことですか?」
ほらね、こんな風に解釈しちゃうんですよ。
しかもかなり間に受けていらっしゃるようで、本当にショックを受けた表情をされているじゃないですか。
そしてトーマスさんもなんでこうなるんだよと困惑した表情をしていらっしゃいますし……なんでたまにこんなに噛み合わないのか。
仕方がないので、立ち上がって前脚でトーマスさんの右足をポンポンと叩いてあげます。
こうゆう時はフットワークの軽い人が色々頭を働かせてくれないといけないのですよ。
「あ! ちが、違うって! ……いやこっちの聞き方が悪かったです」
そうそう。もっと分かり易くを意識して話すようにしましょうね。
少し難しい顔をしながら、できる限り噛み砕いて話始めてくれるトーマスさん。
「……なんでさ、わざわざ街まで来てさ、平民なんかと仲良くすんのかなってさ。面倒でしょ? よっぽどの物好きじゃなきゃやんねーってみんな言ってるぜ」
でもエルフリーデは接するみんなに対して同じように接しているから、悪く思っている人はいないぞと付け足すところを聞くに、貴族が街に足を運んでいることに違和感を覚えながらも、嫌な感情を抱いている人は少ないということでしょうか。
それはよかった。
エルフリーデの評判が悪くなるということは、詰まる事をカロリング侯爵家の評判が悪くなるということと同義なのですから、個人的にはホッと胸を撫で下ろすことができました。
「あぁ、そういうことですか」
エルフリーデ自身もどうやら安心したようですね。表情は笑顔にもどっています。
しかしですよ、皆さんはこれまでのことでお気づきでしょう。
こんエルフリーでという少女が、『何から何まで考えて』物事を決めているわけではないという事を。
「んー」
「なんです? やっぱり秘密なんですかい?」
「そうですね、みんなと仲良くしたいからですかね」
「……は?」
は?
ついついトーマスさんの口からこぼれた言葉と同じ言葉が出てしまいましたよ。
それにしたって話がとびすぎじゃないですか? 言葉を一足飛びにするんじゃなくて、もう少し仔細に話すようにしてくださいよ。
「だから、みんなと仲良くしたいからですよ」
「……駄目だ。やっぱ話が通じねぇや」
まぁストレートに、「ハルカさんのライバルになりたいから、街にやってきたのが始まりです」とは言えないのは理解していますよ?
ハルカさんと出会って、そこからトーマスさんや商会の人たちと接するようになって、みんなと繋がりを持ちたい。仲良くなりたいんだって言えればいいんですけど、この子は自分の中で言葉を短縮してしまうんですよね。
それが他に人を勘違いさせてしまうという事を、少しは理解していただきたいんですけど。
「んー伝わりませんか?」
この子は! なんて事を宣いやがりますか?
これには私も呆れて鳴き声も出ませんよ。
「カロリング様。アンタさ、変わってるって言われるでしょ?」
ここでトーマスさんのこの指摘である。
さすがにこれには肯定しかできませんよ。
実際エルフリーデもその言葉を受けて、ハハハと乾いた笑いを浮かべていらっしゃいます。
うん。いつもズレてるから、そればかりは致し方ありませんね。
「えぇ、レオノーラ様や色んな方から言われますけど……私らしいから良いよっていわれますね」
本当、みんなエルフリーデに甘々ですよ。
このまま放置しちゃったら、取り返しがつきませんよ? 無自覚フラグ乱立マシンになってしまうんですから……まぁ都度つどで私も注意をするようにはしていますけど、やはり人の口からはっきりと言ってもらわないとなぁ。
しかしこれはいい機会じゃないですね。
トーマスさんは気になったことはハッキリ聞いてくれる方ですし、その物言いもなかなかに小気味良いのです。
だから嫌味も嫌味には思わないですから、この人がエルフリーデにその事を指摘してくれれば、案外悪いところも治せるかもしれませんよ。
さぁ、トーマスさん。言っちゃってください!
私は期待を視線に乗せて、彼を見つめます。
一瞬目が合いましたよ! さぁプリーズ、言ってあげてください!
「やっぱ件の公爵令嬢も同じこと言ってんじゃないのさ。あー、いいかい? アンタは……いや、やっぱやめとくわ」
あれぇ、なんで言わないの? 私の期待を返してくださいよ!
「言いかけたなら言って下さいよぉ!」
エルフリーデも私と同じように思っていたようで、残念そうな声を上げていますよ。
でも、待ってくださいよ。中途半端なタイミングで話を止めるなんて……何かあるのかもしれませんよ。
「いや、だから。もうやめといた方が!」
「―――騒がしわね」
「お、お嬢……お帰り、なさい」
ビクリとトーマスさんの身体が震え、視線が泳ぎ始めます。姿が見えていたから話を途中でやめてしまったんですね。
「あ、ハルカさん」
「ただいま戻りました。トーマスが粗相をしていませんでした?」
ドアの方に振り向くと、そこには数十分ぶりのハルカさんの姿
もう用件も済まれたのか、ニコリと笑顔を浮かべながらお部屋の入り口に立っていらっしゃいます。
しかしなんでしょうか。どこか違和感を覚えますよ。その考えが間違っていないと示すように、トーマスさんが青い顔をしているのです。
「な、何言ってんだい! ちゃんとお相手してたっての!」
「……でも何か言いかけていたわね」
「そ、そりゃ……別に、何にもねぇよ」
「その事は、立入無用と言っておいたわよね?」
なんでハルカさんがこんなこと言うのでしょうか。それに戻ってきたハルカさんからは違和感を覚えてしまうのです。
もしかすると私が気付いていないだけで、ハルカさんに得になることがあるのでしょうか。
ダメですね、あまりに不可解な事が起こりすぎていて考えがまとまりませんよ。
「は、ハハハ! あ、いけねぇや、店に立たねぇと!」
そう言いながら、トーマスさんはいそいそと立ち上がり、ドアの方に足早に歩いて行きます。いやいや、ちょっと待ってくださいよ。この状態をそのままにしていくつもりですか?
待ってくださいよ! と言うよりもポロッと言ってしまってヒントをくださいよ!
「じゃぁカロリング様、また今度な」
「えぇ、楽しかったです。また後日」
ですが私の淡い期待をよそに、トーマスさんはエルフリーデに挨拶をして去っていってしまいました。
に、逃げちゃいましたよ。あぁ、もう! どうしたらいいんですか。
これは……本当に困ってしまいましたよ!
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