第22話 それは最早……告白です!


 聞こえてくる少し乱暴な音。

 余程慌てていたのでしょうか、ドアの向こうからうわぁというトーマスさんの声が聞こえてきます。

コケてしまったのでしょうか? 怪我がなければ良いのですが……しかし目下私の頭の中を占めていたのは目の前の少女に違和感を覚えていました。


 彼女、ハルカさんがトーマスさんへの話しかけ方も、彼の後ろ姿を見送る視線も、どこかいつも通りではない。


そう思えて仕方ありませんでした。


 私の目の前でソファに腰掛けているエルフリーデも同じように違和感を覚えているのでしょう。浮かべた表情は困惑に満ちており、どう話しかけたら良いのか分からないと言った状態のようです。



「随分楽しくお話をされていたようですね」


 ニコリと笑みを見せながら先ほどまでトーマスさんが腰掛けていたソファに腰を下ろすハルカさん。


「そ、そうですね。まだ慣れませんけど」


その様子に少しホッとしたのか、エルフリーデは表情を柔らかくしながら、少し宙を見上げて思い出すような仕草を見せます。


「でも、いつでも気を遣っていただいているのも悪いですし……トーマスさんとももっと仲良くなりたいですからね」


 そう言いつつ改めて正面から見据えたハルカさんの表情は先ほどと変わらない。そのはずだったんです。


 ゾクリと、背筋を悪寒が走っていく感覚。


 思わず身体が飛び跳ねてしまいそうな……そんな感覚が私を包んでいきます。

 なんですか、さっきから一体何なんですか、これは!


 目の前の人が、いつも話しているハルカさんとは思え……いや、これも違うのだ。


「―――なんで……」

 彼女のさっきまでの行動。浮かべている表情。そして今の言葉。


 なるほど……そういうことですか。

 そういえばそうでしたね、ハルカさんは、そういうお人でしたよ。


 本当に、目の前の靄がパッと晴れたような、スッキリとした気分というのでしょうか。安心したら少し力が抜けていまいました。


 とりあえずエルフリーデに何か害があるのものではないと確信できた私は安心して欠伸を噛みころしながらぼんやりと二人を眺めることにします。



 グヘヘ、なんだか初々しいじゃないですか……嫉妬するなんてね。

 しかしそう思っていたのも束の間、私の考えていたものとは違う方向に話が転がっていってしまうのです。


 もしこの時点に戻れるなら……寝ぼけ眼でその状況を眺めるだけなどしなかったのに。





 それは本当に自然に始まったのです。


「どうしましたんですか、ハルカさん?」


 心配そうな声が私の耳に届きます。おそらくいつも通りであれば、立ち上がって彼女の頬に手を伸ばしているのでしょう。


 本当にこの子は。まぁこの行動はハルカさんとレオノーラ様限定の無自覚フラグ製造機の行動ですので、特に何も考える必要はないでしょう。

いつも通りであればハルカさんがここでカッコいいセリフの一つでも言って、エルフリーデが「ふぇ?」と言っちゃってケラケラ笑うというのが通例なのです。


 うん、ルーティーンって大事です。それをやるだけで心の平穏を保つ事が出来るんですから。



「いえ……別に」

「大丈夫ですか? 気分でも悪いんですか?」

「ッ!」

「ご、ごめんなさい。はしたなかったですね」



 ん? なんだかいつもと受け答え方が違うような…・・・。

 視界まだぼんやりとしてしまっているので、ハルカさんがどんな表情を浮かべていらっしゃるのかは見て取れません。


しかし一度寝かけてしまった犬の身体はなかなか言うことを効きません。


 うぅ、ぼんやりとしか見えませんよ……この状況をしっかり見られない自分にすっごいイライラするんですけど!



 そんなことを考えながら必死に頭を動かそうとしている私を尻目に状況はドンドンと進行していきます。



 甲高い呻き声後に響く、身を預けた時のソファの軋む音。



 それらが耳に届いてから、この部屋には二人の息遣いしか響いていません。

 ……おい、それはいけませんって! いくらなんでも貴女たちまだ!


 うわ、一気に目が覚めましたよ。

とりあえず今はそんなことよりも二人の様子を確認しなくてはいけない! 顔を上げて、ソファの方に視線をやります。


 ……なんでハルカさんの顔が正面からハッキリと見えるのでしょう?

 というか、我がご主人様は一体どこに……こ、これは!


 見覚えのあるか細い手に、馴染みの金髪。ソファに横になれば綺麗に収まるくらいの体躯ですから仕方がありませんが、彼女を示すパーツくらいしか見て取れません。


 しかし、しかしですよ!私には、私にはわかるのです!


 ハルカさんが、エルフリーデを押し倒しているのが!


おいおい。大胆だなぁ、ちょっと!


 なんでしょうか、私すっごくテンション上がっちゃってます。キャラ崩壊とか可愛いくらいに崩れ去ってますね。


 ま、まぁでも、私が何かできるわけではないんですから、とりあえず……見守ろうじゃないですか。グヘヘ。



「……」

「……痛いです」

「でしょうね」


 でしょうね、って! 今日はグイグイ行くじゃないですか!

 もう少し手加減してあげて欲しいのですが、如何せんこの状況では私は何もできませんし、したくないというのが本音です。


 うん、もっとやれ! というやつですね。


「えっと……」


 しかし耳に届いてくるご主人様の声は、疑問の色を滲ませているだけ。


「貴女は、エルフリーデ様はずるいお人ですわ」

「えっと……何か?」

「また気付いていないフリ?」


 いや、多分これは気付いていないんじゃないような気がしてきましたよ。


 多分この子、『考えている前提が違う』んですよ。



「……フフフ、やはりそう言うところは相変わらずですわね」

「ふぇ?」

「悪い意味ではないんですよ。貴女らしくて、非常に好ましいのですよ」

「そ、ういってもらえると嬉しいですけど」


 そう言いつつ、ハルカさんがエルフリーデの腕を引き、しっかりと座らせます。

 なんだ……もう終わりなんですか? ハルカさん、せっかくのチャンスなのに非常にもったいなくないですか。



ですが、私は甘かった。えぇ、本当に甘かったですよ。


「でもね……」


 ふわりとした金髪が細い指に持ち上げられまれ、おもむろにハルカさんの唇がそれにそっと触れます。


「そんな風に隙ばかり見せていてはつけ込まれますわ」


 その言葉と一緒に、柔らかい笑顔のなんて絵になることなのでしょうか。


 あまりにキザすぎる! でも、ハルカさんならいいかな。グヘ……おっと、いけないいけない。いつもの口癖をここはグッと我慢して、された側の我がご主人様を見上げます。


「は! えっと、え?」


 まぁそういう反応になりますよね。

 考えてみれば私たちのようなアニメを観て育ったような人間にとっては、夢に見るようなシチュエーションですよ。ベタベタすぎる王道シチュエーションですよ!


 まさか自分がこんな場面に直面するなんてなぁ……まぁ私は外野から眺めているだけですから、アニメを見ているのと変わりませんが。


 でもなぁ、エルフリーデが照れているのって、あくまでシチュエーションに対してなんだよなぁ。



「ありがとう、ございます」


 照れ顔のまま、深々と頭を下げるエルフリーデを見つめながら、ハルカさんは少し複雑そうな顔をしながら、考えながら言葉を紡いでいきます。


「エルフリーデ様。これは小言と思ってください」


 本当に言ってしまっていいのだろうか、踏み込んでいいのだろうかと、そんな迷いが見える表情。


しかし紡いだからにはもうやめる事は出来ないし、やめる選択肢は完全に捨てているのがハルカさんという人なのです。深く息を吐きながら、話を続けます。



「貴女と言う存在が、貴女の発言が、貴女の一挙一動が周囲にどのような影響を与えるのか、よく考えてみてください」


「わ、わたしなんて……ただの小娘ですけど。まぁ貴族ですが」


「えぇ、貴女は貴族のご令嬢です。しかも勇名を誇るあのお方のお孫様です。それだけでも周りに与える影響は大きいのですよ……」


「そ、そうですね」


 そう。つい忘れてしまうのですが、カロリングのお家はなんだかんだとこの国では結構重要な位置にある貴族なんですよね。

 おじいさまは将軍、ご両親は侯爵としてしっかりとこの領を治められています。

その令嬢であるエルフリーデにも人々に奇異の目が集まるわけですから、しっかりとした態度を取らなければならないですし、この子の一存で決まってしまう物事も今後は発生しかねません。


 それは危惧しなければならないですが、さすがにそれには私も手を打っていますのでご安心を。ちょっと胸を張りたいとことですが、今は雰囲気を崩さないために黙ったままでいましょう。




「でもそんなことを言いたいのではないんですよ」


「は、ハルカさん?」


「皆まで言いませんが、これだけは覚えておいてください」


 固く結ばれる手に熱が篭って、その熱は肌を通してエルフリーデにも伝わっていきます。


 まるで熱が色を持ったみたいに、みるみる内にエルフリーデの頬に朱色が挿さり、彼女の胸が早鐘を打っていることは容易に想像できました。


「何があっても、貴女のお側から離れるつもりはございませんから」


 白磁のような白い、長い指がエルフリーデの朱色の挿さる頬に触れ、言葉は続くのです。




「むしろ、私は決して貴女を離しませんから。そればかりは努努お忘れないように」



 ……これさ、もうダメでしょう。もうゴールしてしまっていいやつじゃないですか?

 もう呆然と二人を眺める私。そして我がご主人様はというと、


「あ、ありがとう、ございます……でも、これって告白っぽいかなぁって」

「フフフ、そう思っていただいてもいいですよ」

「ふぇ? それって!」


 エヘヘと言わんばかりに照れた笑顔を見せていましたが、次にハルカさんの言葉にまた顔を真っ赤にしています。


 なんか今日はこんなのばっかりだなぁ。ちょっと疲れてしまいましたよ。

 もういいですよね、これだけやったんですから、今日は何も怒らないだろうと高を括って、身体を横にしたところ、私は耳を疑ってしまいましたよ!


「冗談です。……のエルフリーデ様」


 ―――ッ! ボソリと呟いた声はエルルフリーデには聞こえていなかったのでしょう。

 非常に問題のあるワードが聞こえてきましたよ。


 トーマスさんが出て行ってからのこの行動を省みると……やっぱり自分のモノを取られたくないっていう嫉妬からの行動じゃないですか!


 まぁ以前、エルフリーデのことを『ペットみたい』と言っていたのを思い出せば、なんとなく分かるんですけどね。


 ハハハと乾いた笑いでも出せたなら皮肉にもなりますかね。そんなことを考えていると、不意にハルカさんと視線が合い、私の方に歩み寄ってきます。


「これくらい、踏み込んでも良いでしょう?」


 私を抱き上げながら再びヒソヒソと私にだけ聞こえるように呟かれたその言葉に、もう私は言葉を詰まらせてしまいます。


 やっぱりこの人……まぁ愛し方めで方は人それぞれなんでね。


 私は止めませんよ、私は。



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