第15話 お約束って、なんだかんだで良いものです。
渡り廊下から執務を取り仕切る建物に移動すると、周囲の様子は一変します。
訓練を行う施設は無骨で装飾などほぼないような内装をしましたが、こちらはなんというか煌びやかな様相をしています。
煌びやかとは言っても、装飾華美というわけではなく、一定の充足感を感じることができるような雰囲気と言えば良いのでしょうか。
そう、まるで我が家! とでも言いましょうか。
今は建物のテラスに移動しおじいさまとお茶を楽しんでいるところ。
テラスから見える中庭の様子が、非常にお屋敷のお庭に似ているというのも、そう感じる要因の一つなのですが、その答えは移動中におじいさまが教えてくれました。
「長くここで過ごすことになるからね、少しでも過ごしやすいようにしてもらっているんだよ。私の好きな、屋敷と同じよう作りにしてもらっているのさ」
それくらいの我儘はいいだろうと、意地悪な笑顔を浮かべているおじいさまの表情にドキリとさせられたのは内緒です。
道すがらの会話だったので詳しく聞くことは出来ませんでしたが、引退を考えていた時に国王様に請われて軍務の任に就くことになったのだとか。
元来国家への忠誠心の強いおじいさまでしたから、拒否するべきものでもなかったということで引受はしたものの、少なくとも自分の生活範囲だけは気に入りのものを揃えておきたかったのだとのこと。
でもまさかそれでお庭を再現するだなんて……貴族はスケールが違います。
それにしても訓練施設とこちらの建物を合わせても、この砦はあまりに大きいです。
思わず目を丸くしながら周囲を眺めていると、その仕草に苦笑しながらおじいさまは話してくれます。
「なかなか広いだろう? この広さの分だけ、ここで過ごしている兵士達が多い。つまり家族から離れてここにいる者も少なくないのさ」
「すいません、そんな中に考えなしに会いにきてしまって……」
唇をキュッと閉じてエルフリーデが俯きます。
おそらくおじいさまの言葉から、自分に会いにきてくれることはかなり負担を強いていること、そして突然砦に現れたことで彼の立場を悪くしてしまったのではないかと考えてしまったのでしょう。
まだ子供のエルフリーデがそこまで考える必要もないとは思うのですが……私が考えていなさすぎるというのも問題なのかもしれませんね。
しかしエルフリーデが落ち込んでしまったということは事実。
さて、そうしたものか……
「気にすることはないさ、私のせいで息子たちも多忙になってしまっているし、家令たちが側にいるとはいえ、君も寂しいだろう?」
私が考え終わるよりも早く、おじいさまの大きな手がエルフリーデの頭を撫でます。
す、素直に羨ましい! 私なら嬉しさに身体をよじらせるところですがエルフリーデは顔を真っ赤にしています。
「そんなこと、ないですよ!」
最近しっかりしてきたと思いましたが、やはりまだまだおじいさまの前では年相応の反応を見せてくれるエルフリーデ。
「皆さん優しくしてくださいますし、今は、友人もいますし。それにこの子だって」
いやいや、私については課題評価にも程がありますよ。褒められる分には非常に嬉しいものがありますが。
確かにカロリングのお屋敷にいらっしゃる家令の方々は、良い意味でも悪い意味でも、お人好しの方々が揃っていらっしゃるというのが、私から見た印象です。
それにご両親も非常に温和でかつ責任感に満ち満ちた方々なのです。その中で育てられたエルフリーデであれば、素直に育つことが間違いないことであると思います。
しかしここで疑問に思ってしまうのは、アニメの中でなぜエルフリーデが悪役令嬢の取り巻きになんてなってしまったのかということ。
元々のエルフリーデが引っ込み思案で押しに弱いと言っても、良いことと悪いことの区別くらいはちゃんと出来るはずなのです。
当初はレオノーラ様に非常に問題があるのではないかと考えていたのですが、彼女もただ思い込みが激しいだけで、決して悪い人ではないのです。
やはり、アニメでは描かれていない『何か』が彼女達に降りかかったが故に、アニメのような騒ぎが起こってしまったのかもしれません。
それに先ほどの少年、どうにも見た覚えがあるのです。
確実に言えるのは、あの少年は間違いなく『ときめき☆フィーリングハート』の本編には登場していないということ。
だから見覚えがあるという表現は間違っているのかもしれませんが、何か見落としてしまっているような……
「君が側にいてくれるのなら、安心だな」
ん、くすぐったいです。あーあと一時間くらい撫でてほしいくらいの心地の良さです。
しかし例によって例の如く、満たされた時間などすぐに過ぎ去るもの。
私の首元を撫でながら笑顔を見せるおじいさまに、少しうっとりしているとテラスの入り口から野太い声が響いてきます。
そこには先ほど私たちを誘導してくださった男性の姿。
「―――将軍閣下、歓談中に失礼いたします!」
肩で息をする男性の様子を見るに、急ぎの用件であるということは明白です。
「おっと、何か急ぎの用件みたいだね。エルフリーデ、少し席を外すよ」
ため息をつきながら、私たちには笑顔を見せ席を立って歩いていくおじいさま。
その背を見送りながら少し寂しそうな表情を見せるエルフリーデでしたが、こんなタイミングでもっと一緒にいただなんて駄々をこねるようなことはしないところは、彼女らしいと思います。
ですが、ここはおじいさまが取り仕切っていらっしゃると言っても、知らない場所であることには間違いありません。そんな中に一人にされるというのは、なかなかの苦行であることも間違いないでしょう。
しかも建物の中は本当にドタバタといろんな人が行き交っている様子。
『武装を整えろ』などの危ない言葉は聞こえてこないので、物騒な用件では内容ですが……誰か特別な方がいらっしゃったとかでしょうか?
ま、今の私たちには関係のないお話ですね。
エルフリーデの中でもそう結論づいたのでしょう。少し安心した表情をしながら紅茶を口に運びます。
「やっぱり、忙しそうだねぇ」
同時におじいさまがどれだけ大変なお仕事をされているのということを考えてしまいますね。
常に命の危険と隣り合わせで、国を守るために皆さん厳しい訓練を受けていらっしゃるのです。だからこそ、この雰囲気はただの令嬢のエルフリーデには合わないでしょう。
「なんだか少しピリピリしてるし……わたし場違いだった?」
まぁそうですね。私もそう思いますよ。知らなかったとは言え、無遠慮にきていい場所ではなかったと思います。そう言ったことも考えなしに足蹴にできるのも貴族のおかしな特権の一つであるかもしれませんが、まぁエルフリーデはそんなことするはずもないですし、やろうものなら私が起こって差し上げますけどね。
そんな心配することはありませんね。じゃぁおじいさまが戻っていらっしゃるまで、少しばかりお昼寝タイムにいたしましょうか。
身体に感じる気怠さと眠気が心地良く、エルフリーデの膝の上で微睡んでいたのですが、
「―――その通り。場違いだ」
お約束というか、なんというか……喧々とした声が突然投げかけられました。
「……貴方は、先ほどの?」
声の主の方に視線を向けると、やはり登場しましたよ。先ほどおじいさまから休暇を指示されていた少年、アーベルと呼ばれていた方がいらっしゃいました。
どうやってテラスまで登ってきたのでしょうか、袖口や膝の部分が擦り切れています。
うぅ、展開が読めてしまう。絶対に何かやってくるパターンじゃないですか。
「私はアーベル・フォン・ザルツァ……しかし今は名など、そんなことはどうでもいい!」
さ、さすがそれはないでしょう! ちょっと無礼にも程が……ザルツァ? それにやっぱりこの茶髪と彼のシルエット……絶対に見覚えがあるんです!
なんでしょう、彼のことが非常に気になってしまいますね。大したことではないと思うのですが、あぁそう言えば! みたいな感覚と言えばいいのでしょうか。
どうやらエルフリーデも同じような違和感を覚えているようです。乱暴な物言いに驚いている様子はなく、疑問で頭の中がいっぱいになっているみたいですね。
そんな私たちを置いてけぼりにしたままで、アーベルさんは話を続けていきます。
「一体君は何をしに来たのだ!」
激しかった言葉はさらに勢いを増し、徐々に彼は私たちの方へと迫ってきます。
挑発されてばかりというのも流石に癇に障るものです、思わず吠えてやろうかと思いましたが、私の動きはエルフリーデに制止されてしまいます。
「わ、わたしはおじいさまに会いに来ただけです。た、確かに……場違いだとは思いますけど! 何故それを貴方に指示されなくてはいけないのです!」
あれ? エルフリーデ、普通に喋っていますね。ルートヴィヒ様の時にでもお話し出来るまでには結構な時間がかかっていたはずなのですが、あまり緊張している様子がありません。
エルフリーデの反論に一瞬怯んだアーベルさんでしたが、それは更に彼の怒りを増長させてしまうだけだったようです。
「君の存在は将軍閣下にご迷惑をかけるだけだ!」
「……な!」
「場違いならば帰ればいい。君のような娘が我々の場を不用意に荒らすな!」
私も、そしてエルフリーデも、アーベルさんの言葉にはさすがに言葉を詰まらせてしまいました。
あまりに不遜で勝手すぎる物言いに、この人に何を告げればいいのかわからない状況になってしまったのです。
ですが私たちは知っています。
ここで黙りこくったままでいる方が我々に不利益が生じてしまうということを。
だからここは一歩、怖くとも一歩踏み出すべきなのです。
「た、確かにわたしに短慮であったことは、否定できませんけど……貴方に言われなくてはいけないほどに罪深いものなのですか?」
これはきっとアーベルさんが如何におかしいことを言っていると分からせるためのものです。しかし同時に彼のプライドも大きく傷つけるものであることは分かりきっています。
だからこそ、彼が次に取るであろう行動も簡単に予想できてしまいます。
「な、生意気な!」
「―――ッ!」
トーマスさんの時とは明らかに違う、確実に人に危害を加えようと腕を振り上げるアーベルさん。
さすがにそれが承服いたしかねますよ! 威嚇を込めた視線と受けながら唸り声を上げます。これはいつでも噛みつくことが出来るんですよという私のアピールのようなものですが、なかなか有効であった様子。
一瞬怯んだ様子を見せてくれたことで動きが遅くなったおかげでしょう。
「お待ちなさい!」
その場を制する凛とした声。声の主は優雅な足取りで私たちとアーベルさんの間に割って入り、彼を正面から睨みつけます。
「あ、貴女は……」
「アーレンベルク様!」
「ご機嫌よう、エルフリーデさん」
もしかして……砦の人たちが慌ただしかった理由って、レオノーラ様がいらっしゃったからなのでしょうか?
しかし一体何故彼女がここに? こうゆうお約束は、まぁ嫌いではないですね!
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