第16話 概ね問題なし? ですかね。
さすがはレオノーラ様と言えばいいのでしょうか。姿を見せ、一言言葉を放っただけでその場を制してしまわれました。
こういうお役目はおそらくヒーローのお仕事だとは思うのですが如何せん、来てくださっただけでもありがたいものです。
心の中で彼女の登場に感謝をしていると、レオオーラ様が苛立ちを隠さずにこちらに質問を投げかけます。
「……で、この男は誰ですの?」
この不機嫌な様子、おそらく先ほどまでの私たちのやりとりを少し観察していたのでしょう。アーベルさんのエルフリーデに対する態度にかなりお冠の様子です。
「わ、私は!」
アーベルさんも公爵令嬢であらせられるレオノーラ様のことはご存知だったのでしょう。一歩彼女の前進みながら、跪いて名乗ろうとするのですが、
「名乗らなくて結構です。私、貴方に話しかけまして?」
まるでその言葉は鋭利な刃物のようにアーベルさんに突き刺さります。
「そ、それは……」
さすがにこの言葉にはアーベルさんも怯んでしまった様子。
そうなんですよね、レオノーラ様って特に無礼な人には遠慮なく敵意を剥き出しにしてしまうのです。
こうゆうところに、アニメ本編での『悪役令嬢』の素養が見えてきますね。
しかしなんと言いますか、私とエルフリーデは一気に蚊帳の外に追いやられてしまったような……うん、下手に触らない方が身のためですね。
どうやら同じことをエルフリーデも感じているのでしょう、彼女もバツの悪そうな苦笑いを私に向けています。
そんな中でも、レオノーラ様のトゲのある言葉は止まりません。
「むしろ、その口を閉じておいて下さらない? 不快で仕方がありませんの」
「な、一体何故そこまで言われなくてはいけないのです!」
端から聞いているこちらが怖くなってしまうくらいのレオノーラ様の言葉に、さすがにアーベル様も堪忍袋の緒が切れたのか、自分より身分の上の方に食ってかかっていきます。
さすがにここまで言われることには同情してしまいますが、正直に言いますとこれって自業自得ですよ。
「分かるかしら? それが先ほどまでエルフリーデさんが感じてらしたモノです」
「な!」
そうです。これは先ほどまでアーベルさんがエルフリーデを捲し立てていたのと同じ構図。
突然現れたアーベルさんに謂れのない中傷をぶつけられていた時と同じなのです。
エルフリーデも言い返しはしていましたが、今相対しているのはレオノーラ様。突然ボス級が登場してしまったのが少し違うところではありますが。
「わ、私は少し小言を言ったまでです! それを何故ここまで言われなければならない!」
まぁ! 帰れだとかおじいさまに迷惑だとか、挙げ句の果てには打とうとしていたくせに小言で終わらせますか、この人は!
さすがにこの都合のいい発言には、私だって我慢しちゃいられません。都合がいいのは展開だけで十分なのですから!
「であれば、エルフリーデさんもカール殿に会いに来ただけではありませんか?」
「それは……しかし女性がこのようなところに!」
さすがにそれは失言ですよ。アーベルさん、目の前にいる人のことを考えて発言しないと。
「……その言葉、不敬にも程があってよ?」
発せられた声からはっきりと伝わってくる嫌悪の色。
まずいですね。レオノーラ様、これは完全に怒りのスイッチが入ってしまったかもしれません。
アーベルさんはそれに気付かず、何故怒っているのかわかっていない様子ですし……どうしましょうか?
「さすがに、今の言葉は撤回した方いいんじゃないかい、君?」
……あぁ、なるほど。色々と得心がいきました。
レオノーラ様がここにいる意味に砦の皆さんが慌ただしくされている様子。
全部この人がここにきてしまったことが原因なのでしょう。しかしこの登場には素直に助かったと言って差し上げたい。
思わず飛びつこうと彼に歩み寄るのですが相変わらず私が近寄ると、「ヒッ!」と短い声を上げて飛びのかれてしまうのです。
なんですか、感謝を伝えてあげようと思ったのに……少し残念ですね。
「―――殿下、何故!」
意地悪な笑顔を浮かべながらテラスに入ってきたのは、この国の王太子様。
ウェルナー様はアーベルさんの声に応えることなく、レオノーラ様とエルフリーデに向けてニコリと笑顔を浮かべます。
「もうご挨拶は済まれたのですか?」
レオノーラ様にあぁ、と一言だけ答えながら、エルフリーデのそばに歩み寄ってきます。
ご挨拶ということは……なるほど、室内からこちらを眺めている影がいくつか見えますね。ここは気をきかせてあえて私たちだけで話を進めさせようとしているみたいです。
なるほど、ここは大人に対して感謝を禁じ得ません。
「ご機嫌よう、エルフリーデ嬢。今日も美しいね」
「あ、お久しぶりです殿下」
良くも悪くも空気の読まないウェルナー様ですが、こうゆう空気の読まなさはありがたいところです。まぁでも怖い視線が彼に向けられているのは、私やエルフリーデのせいではありませんよ。
「怖い顔をしないでくれ、レオノーラ。婚約前の子女にみだりに触れるなと言いたいんだろう?」
「ご理解いただいているようで何よりですわ」
でもこんなことはお二人にとっては日常茶飯事なのでしょう。少しほっこりとしてしまいそうになりますが、先ほどからずっと待たされている彼は気が気でない様子でこちらを見つめています。
「で、確か君は……そうだ、ザルツァ男爵の子息ではないか」
アーベルさんに話しかけるウェルナー様はどこか意地悪な笑顔を浮かべています。
おそらくそれくらいの接し方の方が、場を和ませることができると考えたのでしょう。アーベルさんもどうにか話が出来る人があらわれたのだと、一瞬安心した表情を見せて頭を垂れます。
「は、はい。アーベルと、申します」
同性であれば自分の言い分もわかってくれると考えたのでしょう。
「確かカール殿の補佐をしていると聞いたが……君ねぇ、男の嫉妬はみっともないよ?」
ですがあっさりとその考えは地に落とされるが如く。
そうですね、これまでのアーベルさんの物言いを見れば、エルフリーデがこの砦にやってきたから、自分は暇を出されたと彼は思い込んでいるのでしょう。
だからあえてウェルナー様はその感情を嫉妬と呼び、それに気付かせようとしたのです。
「そんなことではございません。ただ私は!」
その先を言いかけて、言葉を飲み込むアーベルさん。
「……申し訳、ございません、お二人とも」
この謝罪の仕方……明かにエルフリーデは除外した物言い。すごく腹が立ちますね。
しかしそれは目の前のお二人にもしっかりと伝わってしまったようです。
「この方、何も分かっていらっしゃらないようですが……いかがしましよう、殿下?」
「レオノーラ。そこまで言うモノではないよ。すぐに気付かないことは仕方がないことさ」
レオノーラ様は冷たく、ウェルナー様は見放して遇らうようにそれぞれ反応されます。しかし暗に何故エルフリーデに謝罪をしないのかを指摘しています。
「な、何なのですか! 謝罪をしたではないですか。その物言いは一体何なのですか? ただ小娘に小言を言っただけですよ!」
そう、エルフリーデに対する思いが嫉妬から来ているものだと気付いていないアーベルさんにとっては、ただ小言を言ったに過ぎないと、そう信じ込んでいるのです。
だからこそ、自分が悪いことをしているとは決して考えていない。
全く、思い込みほど毒になるものはこの世にはありませんよ。
だってね、起こしちゃいけないものまで起こしてしまうんですから。
「それは、してはいけない発言だよ」
そう言い放つウェルナー様の視線が更に冷ややかに、
「……殿下」
そして、レオノーラ様の言葉がアーベルさんを射殺さんとばかりに放たれます。
「あぁ良いよ、レオノーラ。今日は、君に任せるさ」
二人から一様に感じるのは怒りの感情。特にレオノーラ様から感じる感情は非常に強いものを感じられます。それに気付いたウェルナー様は自分が一歩引き、レオノーラ様に場所を明け渡します。
一歩踏み出し、改めてアーベルさんの前に立つレオノーラ様。一度深く息を吸い込み、しっかりと吐き出すと、先ほどのまでの殺気の孕んだ色は薄まっています。
「貴方、何故私がこのような顔をしているか分かって?」
「それは……! 何か気にくわない発言でもしてしまいましたか?」
「えぇそうね。その点については察しが良いみたいですね」
皮肉を交えながら話を進めるレオノーラ様に、やはり苛立ちを隠せないアーベルさん。
まぁストレートにいうことだけが全てではありませんので、致し方ないことではありますが、ただこの追求はなかなか辛いものがあります。
それはアーベルさんも同様であった様子で、先ほどまでの強気が嘘のように、弱気な表情を見せてらっしゃいます。
しかしこれでは皮肉ばかりでなかなか話が進みません。レオノーラ様もそう思ったのか咳払いをしながら、今言い放った皮肉を謝罪されてこう続けます。
「貴方、私の友人を小娘呼ばわりしたのですよ?」
いきなり嬉しいことを言ってくださるじゃないですか。
エルフリーデもこの言葉には顔を赤くしてレオノーラ様とアーベルさんを見ていらっしゃいます。まぁレオノーラ様も照れている様子なのは言わないであげましょう。
「それは……ですが!」
「それだけでも許すことの出来ない蛮行ですが、何よりも貴方は大きく見落としているモノがなくって?」
なるほど、レオノーラ様は別にアーベルさんを糾弾したかったわけではなかったのですね。
ただ『エルフリーデがどう言った存在であるのか』と『彼女のような、力のない者たちを守るために騎士団があるのではないのか』という事を気付かせたかっただけなのです。
しかしアーベルさんにとって、『おじいさまの補佐をしている』というプライドが、それらを納得する事を邪魔しているのです。
おそらくおじいさまに言われるだけでは飲み込むことが出来ずに、エルフリーデの元までやってきてしまったのでしょう。若気の至りではありますが、それも第三者のレオノーラ様に言われれば今の自分を冷静に受け入れることができるはずです。
事実アーベルさんもレオノーラ様の言葉で、それらを気付かされたようです。
これまでのエルフリーデに対する物言いの全てを思い出されているのか、苦々しい表情を浮かべていらっしゃいます。
「ここまで言ってようやくわかりましたか?」
「……はい」
手のかかることだとため息をつくレオノーラ様。どうやらこれで問題解決でしょう。虐めたいわけではないですからね……ん? なんだかアーベルさんはまだ納得していない表情をしていますよ。
「しかし何故……貴女にとって、彼女何なのですか! それに殿下まで彼女を」
「聞いていませんでしたの?」
「は?」
「その態度、不敬ですが……良いでしょう、答えて差し上げます。私とエルフリーデさんは友人なのです。友達が窮地に立たされれば救いの手を差し伸べるのは当然でしょう?」
「そ、その通りかもしれませんね」
「理解できたなら早くエルフリーデさんに謝ってらっしゃいな」
かなり含蓄の深い言葉と言いましょうか。エルフリーデもレオノーラ様の考えに、言葉にならないくらいに感動してしまっている様子です。
私としてもその言葉を聞いて、犬ながら喜びで飛び跳ねそうになってしまいました。
ある意味これってかなり成功していると言ってもいいんじゃないのでしょうか。まぁエルフリーデにとっては目標とは離れたものになっていますが、『悪役令嬢になるかもしれない』方から、友人だと認めてもらえるということは、『取り巻きその1』ではなくなるということです。
そう思うとかなり感慨深いものがありまますね。
レオノーラ様とウェルナー様の登場からずっと蚊帳の外であったエルフリーデの前に出るアーベルさん。
なんだかバツの悪い表情をされているのは致し方ありませんが、いつまでもそんなままでは話が進みませんよ。
ここは……そう、何も考えていないフリですね。私は無遠慮にエルフリーデに近づき、足にすがりつくように纏わり付きます。
エルフリーデも一瞬戸惑っていましたが、すぐに仕方ないねと呟きながら私を抱き上げてくれます。
その様子を見て、カチコチになってしまっていたアーベルさんの表情も少し柔らかくなったように見えます。
空気が重苦しくなった時、必要になるのは空気を読まないお調子者なのです!
だからこそ私の持てる武器の全てを使って、場を和ませる! それが私の役目です。
……いつでも狙ってやっているんですからね! 本当ですよ?
「カロリング嬢、この度は不敬な態度、申し訳なかった。何も言い訳することができないくらいの失態だった。君のことも何も考えずに失礼をしてしまった」
「い、いえ! 別に私は何もなっていませんし」
「許してくれとは言えないが……それでは私の気が済まない。思う存分なじってくれても良い!」
「それは嫌、ですね……」
なんだか本当に思い立ったら一直線な人ですねぇ。軍人さんであればもう少し対極を見て欲しいものなのですが……こればかりは私ではどうしようもありません。
「そうだ!」
ですが我がご主人様は何かを思いついた様子。ずいとアーベルさんに近寄りながら、何故かその瞳は燦々としていらっしゃる。
こ、ここにきて一体ななんですか? 私でもその行動の理由が全然わかりませんよ。
「一つだけ、教えて下さい」
「何なりと……」
「おじいさまの、どんなところが好きですか?」
「しょ、将軍の好きなところ?」
「えぇ! お話聞くまで一応、許しません!」
ま、まぁブレてませんね。そこまでもおじいさま大好きな彼女だからこその行動なのかもしれませんが、これは……多分計算しての行動じゃないんだろうなぁ。
どこまでも純粋に、自分の興味のためだけの問いかけに一瞬戸惑った様子でしたが、話始めるとそれはもういきいきとした表情を見せていらっしゃいます。
なんだかんだとこの二人、おじいさまのことが本当に好きなのだと感じることができる一幕でした。
「貴方の気持ち、分かります!」
「……は?」
「だっておじいさまはあんなにもかっこいいんですよ?それを独り占めしたいって思っても仕方がないですよ」
一瞬、身震いをするような怖気みたいなものを感じてしまいました。
多分何も考えていないからこそ、今のエルフリーデの意思も言葉も直球で、相対している人たちの感情をゆさぶるのでしょう。
少し……怖さがありますね。
「あ、あの、カロリング嬢?」
その感覚はアーベルさんにも伝わったのでしょうか。顔、引きつってらっしゃいます。
「あぁごめんなさい。だから気にしないで下さい」
「し、しかしそれでは!」
「わたしだって貴方と同じことするかもしれません。だからわたしも貴方に何かを言う資格なんてないですから」
その言葉を聞いたレオノーラ様とウェルナー様が深いため息を着いたのを私は聞き逃しませんでしたが、それと同時にエルフリーデらしいと言いながら笑っていらしゃいます。
なんと言いますか、それで全てがまるっと収まってしまうのも……少し複雑な気持ちになってしまいます。
まぁ何はともあれ、この件については解決のようですし、ここはもう力を抜いてもいいかもしれませんね。エルフリーデの腕の中で脱力してあくびをしてしまうと、クスクスと周囲の人たちの笑う声。
まぁこんな仕草くらいで和んでくれるのなら、笑われることも悪くはないですね。
「カロリング嬢、本当に変わって……いえ、面白い方ですね」
「ふぇ? これ、普通ですよ」
「……はぁ貴女という方は」
「気付いていないのが本人だけというところが、また愉快じゃないか」
まぁ貴族らしくはないですね。ちょっと闇っぽい雰囲気も感じてしまいましたけど、概ねいつも通りのエルフリーデです。
「ねぇ? わたしおかしくないよね?」
困り顔を浮かべて私に訪ねてくるエルフリーデですが、まぁいいじゃないですか。あなたが目指していた『目立たないモブからの卒業』はできかけていますよ。
まぁ荒事にならなかったのですからよかったじゃないですか。それだけが救いと言えるでしょう。
ただエルフリーデを中心に、どんどんアニメの本筋からズレまくっているような気がします。
何か波乱が起きなければ良いのですが。
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