第14話 ベタなのも、嫌いではないのです。



「そうだ、会いに行こう!」


 なんですか、その『そうだ! 〇〇いこう』みたいなのは。何を言っているんでしょうか、この子は。


 唐突に我がご主人様がそんなことを言い出したのは朝食を終えてすぐのこと。

 私は今日も鋭い日差しが空から降り注ぐだろうなとぼんやりと外を眺めていたせいで上手いツッコミが思い浮かびません。


 とりあえずため息で返答することにしておきましょう。


「なによぉ、そんなあきれた声だしてぇ」


 おっと、思わず間抜けな声が出てしまったみたいですね。ちなみにこれ、呆れているわけではありません。先日からずっと、調子が悪いのです。


 グライナー商会での一悶着からこっち、ずっと私に気怠さと無力感が取り巻いていた。

 自分が考えていたよりも役立たずだったことを実感してしまったからなのだろうか、どうにも何もやる気が出ないままでいる。


あぁ、こんな風に過ごしていても意味ないってわかっているんですけどねぇ。


 そんなことを考えていた最中も、エルフリーデは色々と私に告げていたようです。正直聞いていませんでしたが、最後の言葉に自然と耳が反応しました。


「会いに来てもらってばかりじゃ悪いし、『おじいさま成分』も摂取しないと」


 横たえていた身体が反射的に飛び起き、先ほどまでの自分のやる気のなさが嘘のように、心臓が早鐘を打っています。


 エ、エルフリーデさん、もう一回! いやもうちょっと詳しく言ってください!


「ねぇ、だからさ。おじいさまに会いに行こう!」


 よっし、善は急げです。今すぐいきましょう! はやる気持ちを抑えながら、彼女の周りをくるくると駆け回ってしまいます。まぁ犬ですから。


元気出たねと一言漏らしながら、笑みを浮かべて撫でてくれるエルフリーデ。

そうか。やっぱり心配してくれていだみたいですね。それに気づくとやっぱり嬉しいじゃないですか。思わず彼女に飛び付き喜びをあらわにします。


「ちょ! もう喜び過ぎだよ。とりあえず侍女長にお願いしよっと」



 そうそう、困ったときには我ら大好き侍女長ってね。

 もうおじいさまに会えると言うだけですごくウキウキが止まりません、胸が熱くなりますね!






 侍女長におじいさまに会いに行きたいと告げたわけなのですが、そこからもうお屋敷中が騒然としはじめたのです。


沢山のドレスを次から次へと出してくるメイドさんたち。

侍女長も「いつも以上に張り切って準備しましょう!」と息巻いています。何よりびっくりしたのは一番お年を召した執事のおじいさんが嬉しさのあまりに涙されていたことです。


 正直びっくりしましたが、喜んでくれているのならいいことですね。

 しかしおじいさまがお仕事をされているところに会いに行くだけで、こんなにも喜ばれると言うのも……なんだか不思議な感覚がありますね。


 慌ただしく色々な準備がなされ、私も念入りに毛を解かしてもらった頃にはもうお昼前になっていました。


「なんだか仰々しいよね。何でなんだろう。」


 思わずこの目まぐるしさにエルフリーデも苦笑いしながらこの一言。

 少し時間がかかってしまいましたが、ようやく私たちはようやく馬車に揺られておじいさまのところに向かうこととなったのです。


「今日に限ってすごくちゃんとした格好にならないといけなかったし、なんだか堅苦しいなぁ」


 馬車の中でひとりごちているエルフリーデの姿を見ると、確かにいつにも増して煌びやかなドレスに身を包んでいますし、お化粧だって少し濃いような気がします。


どうにも装飾過多に思いますねぇ。普段通りでも全く問題ないように思うんですが。

もしくはそれなりの格好をしなくては向かうことの出来ない場所でお仕事されていると言うことでしょうか?


 なーんて、そんな都合の良い話ないですよね。





 と言うのが、やはりフラグになるわけですよ。私も学習能力がないなぁ。





郊外に馬車を走らせる事数時間、馬車の外の景色を眺めていたエルフリーデの口数がどんどん少なくなっていきます。

私もエルフリーデの膝の上で外を眺めていたのですが、確かにこれは私たちの想像していたものとは違うようです。


 郊外の方にやってきていると言うのに、道はしっかりと舗装されています。これはまぁ普通のことなのかもしれませんが、遠くに見える平原には戦闘の後のように、大地が所々えぐれ上がっています。


何よりびっくりさせられたのは私たちの目的地の大きな建物。はっきり言ってしまうと砦になるのでしょうか。こんな仰々しい場所におじいさまいらっしゃるなんて、到底考えつくものではなかったのです。


 あ、少しエルフリーデの体が強張っていますね。私もなんですが。

 まぁあの砦で待っているものって想像に難くないものですからね。これは、覚悟するしかありませんね。



「ひ、人が……多いよぉ。それに男の人ばっかりだし」


 長かった馬車での旅路。やはり馬車が止まったのは見えていた砦の前でした。

 馬車の外に出ると、そこには屈強な男性が一人。どうやら私たちをおじいさまのところまで連れて行ってくれるようです。

 その男性にもビクつきながら、それでもエルフリーデは歩みを進め彼の後についていきます。長い石畳の廊下を抜け、広い訓練場に出ます。

そこで視界に入ってきたのは訓練中の兵士たちの姿。皆が一様に真剣な表情で厳しい訓練に臨んでいらっしゃいます。

 この迫力、目を見張るものがありますね。この方たちがこの国を守ってくださっているのですから常に敬意払わなくてはいけません。


 ですがここにいる皆さん、すごくエルフリーデをじろじろと見つめていらっしゃるのはいただけません。

 彼女がそばを横切るだけで視線を持っていかれるなんて、ちょっと訓練が足りませんね! 教官さんとお話しできればしっかりと指摘しなくては。


 しかしエルフリーデも整った容姿をしているんだということに、我がことのように嬉しく感じてしまいます。


……まぁ良いじゃないですか、私は美少女大好きなのですよ。


 と、そんなことを考えていると少し階段を昇って訓練施設と執務を執り行う建物を繋ぐ渡り廊下に差し掛かります。すると正面から見知った姿が見えてきました。


 私たちを先導してくださった男性も気づかれたのでしょう、足早にその人に近づき、少し話をしてから頭を下げ立ち去っていきました。


 先ほどの方は部下だったのでしょうか、厳格な表情をされていたその人は私たちを見とめた瞬間、いつも見せてくださる温和な表情を浮かべてこちらに手招きしてくださいます。


 そんな些細なことを嬉しく感じてしまい、私の方が先にその方、おじいさまの方に駆け寄って飛びついてしまいます。

とっさの行動だったにも関わらず、おじいさまはしっかりと私を抱きしめてくれました。

いつぶりでしょうか、この腕の力強んですがしっかりと優しい温もりは。


グヘヘ、すごく良いです。


 おっと、思わず自分の世界に入り込んでしまいました。

 後ろに視線をやるとどこか尻込みした様子のエルフリーデの姿。


 普段お屋敷ではおじいさまに会うだけですごく嬉しそうにするこの子からは想像できない大人しさですが、おそらくこの砦の空気感におっかなびっくりしているのでしょう。


しかしそれを察してくださるのが私たちのおじいさまの素晴らしいところ。

ニコリと笑みを見せながら「こちらにおいで」と手招きする姿を見れば、寄っていかないわけがありません。


 それはエルフリーデも例に漏れることはなく。

 彼女も一気に笑顔になりながらおじいさまの元に駆け寄ります。

「―――おじいさ!」

「お待ち下さい将軍閣下! 私の話を聞いてください!」


 いや、だから! ご都合主義にも程があるでしょうよ!


 エルフリーデが嬉々とした声でおじいさまを呼ぼうとした時、少し甲高い少年の声が響き渡ります。

 少し身体を伸ばしてそちらを見ていると、そこには茶髪の屈強な少年が一人、肩で息をしながらこちらを睨みつけています。

のっぴきならない雰囲気を感じますね、何か大事な用事の途中だったのでしょうか。

 しかしおじいさまの表情はそうで意ことをはっきり告げていらっしゃいます。それにどこか苛立っていらっしゃるようにも感じられますね。


 私を抱き抱えながら声の主の方に向くおじいさま。視線は私やエルフリーデに向けられていたものとは全く違う、厳しさに染められたものになっています。


「くどい。何度もその話はしたはずだ」

「ですが! 納得が」

「君のこの休暇は以前から決まっていたことだろう? そのように駄々をこねてはいけない。自分がどれだけ紳士らしくない行いをしているか考えてみなさい」


 グッと言葉を飲み込む少年にピシャリと言い放ち、再びエルフリーデの方に向き直るおじいさま。


「……えっと」


 さすがに普段のおじいさまとの雰囲気の違いに彼女も戸惑っているのでしょう。正直抱き抱えられている私も、ちょっとどうして良いかわからない。


 しかしここもさすがはおじいさま。すぐに笑顔を浮かべながら、ふわりと柔らかな彼女の髪を撫でています。


「やぁエルフリーデ! まさか君から私に会いに来てくれるなんてね!」

「ご無沙汰しております、おじいさま!」


 うん。いつも思いますけど、おじいさまは遠慮なく私たちを落としにかかっているのではないでしょうか。


「うん、いつも可憐だが、今日はいつにも増して美しいね」

「そんな……お言葉が過ぎます」


 だって二言言葉を交わしただけでエルフリーデは惚れ惚れとなさっているわけですよ。

おじいさまも罪な男性だよなぁなんてぼんやりと考えていたのですが、視線の隅に茶色の髪の毛が写りました。

先ほどの少年はその場に留まったまま動こうとせず、その場に立ち尽くしたままでいたのです。


 拗ねた顔をしている少年の姿には同情してしまいますが、大人としては上官の命令には従いなさいよと厳しく言ってあげたところ。

しかしこんなにも必死に自分の話を聞いてくれと訴えるということは、何か大事なことでもあったのでしょうか。さすがにそれは聞いてみなければわからないものですね。



「……すまない、少し待っていてくれるかい?」

「は、はい……」

 おじいさまも彼がそこにずっといることに気付いていたのでしょう。一言エルフリーデに断りを入れて、少年の方に向き直ります

おじいさまが振り返った瞬間の少年の嬉しそうな顔ったら! うん、さすがはおじいさまです。


「アーベル、こちらに来なさい」

「ッ! はい、将軍閣下!」

「確かに君は優秀だ。私も君に補佐をしてもらって助かっている。しかし矢継ぎ早に新たなことを行っても十分に身につく物ではない」

「私なら大丈夫です! ですから……」

「今の君をみていてそうとは思えない。だから少し暇を与える」

「そんな! 閣下!」

「少し身体と頭を休めたまえ」


 なるほど、これは嫉妬というやつみたいです。今日の休暇に元々納得できていなったアーベルさん。

そこにエルフリーデがやってきて、状況が状況だけに腹落ちしないのでしょう。

しかしおじいさまもきっとアーベルさんにも休息が必要なのだと考えたからこそ、休暇を与えたのでしょう。


 再び休息するように促され、言葉をなくしてしまうアーベルさん。

 なんだかこれ、所謂波乱の予感を感じるのは……気のせいじゃないですよね。



「――さて。ではいこうか」

「えっと、いいの、ですか?」

「かまわないさ。適切に仕事をするためには休息も大事な要素の一つさ……それを理解できないなら、それまでさ」

 そう言いつつ私たちをエスコートしてくれるおじいさま。優しく先導してくださるのですが、その時のおじいさまの真剣な表情を私は見逃しませんでした。


 そしてもう一つ、私の視界に映ったものに、さすがの私も息を飲んでしまいました。


「……」


 アーベルさんがエルフリーデを見つめる視線。それは怒りと、嫉妬を孕んでいて。しかしエルフリーデは一切気付いていないという鈍感さ。

 またまた波乱がやってくることを告げていたのです。



 今日は私がお約束を言っておきますね。



 なんでこんなふうになってるんですか!



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