第4話 なんてご都合主義なんでしょうか!
ご都合主義にも程があるじゃないですか!
声高に叫ばずにはいられない、そんな気持ちに私はなってしまっていたのです。
市井の暮らしを知るという名目でヒロインを探しに出てきたエルフリーデと私。
まさかこんなにもあっさりとヒロインを見つけてしまうなんて! あまりにも、あまりにも都合が良すぎませんかねぇ! 何か見えざる力が働いているような気が……まぁ今回の幸運には感謝することにいたしましょう。うん、そうします。
しかしそんなことも考えることが出来ないくらいに余裕がない方がここにお一人、いらっしゃるわけなのです。
言わずもがな、エルフリーデは状況に頭が追いついていないという表情をなさっています。
まぁ、無理もないですかね。
「貴族の方にこんな場所においでいただき、誠に申し訳なく思います」
その声に続いて、カップとソーサーの擦れる小さな音が周囲に響きます。
ここはとある商会の執務室の一つ。エルフリーデと私は街中で出会った「ハルカ・グライナー」さんに伴われ、ここにやってきたのです。お茶を出され今に至るわけです。
私も全く覚えていなかったのですが、ハルカさんのご実家は大きな商家らしいのです。侍女長とハルカさんのお付きの男性の会話を聞いているとそんな事を仰っていました。
少しの休憩といっても、貴族をこんな街中にいさせるわけにはいかないというハルカさんのご好意から、ハルカさんのご一家が運営する「グライナー商会」の執務室の一室に招かれたわけです。
侍女長の口ぶりからしっかりとした商会であるということは理解する事ができたのですが、護衛としてその判断はどうなのでしょうか? ……うん、深く考え込むのはやめにします。
しかし今日初めて会った人の家? に招かれてお茶って……エルフリーデにはハードル高すぎないでしょうか。
「そんな……事ないです」
うん、やっぱりそんな事ありましたね。執務室に設えられたソファに腰掛ける彼女の様子はさながら借りてきた猫。俯いたまま顔を真っ赤にしている彼女は端から見ればお淑やかな貴族の令嬢でしょうか。
しかし私は知っているのです。この子は単なる引っ込み思案であるという事、私以外の前では自分の意見が言えないという事を。
そんなエルフリーデの様子をじっと見つめるハルカさん。何か言いたげにエルフリーデを見つめるその瞳は何か熱を帯びているような気がするのですが……。
「……なんでこんなに」
「え? 何か」
ハルカさんの呟きに困惑するエルフリーデ。なんとも言えない、微妙な空気が二人の間を流れていきます。
なんなのでしょうか、この形容し難い……むず痒いような空気は。
しかし違和感を覚えずにはいられないのです。
私が覚えている「ハルカ・グライナー」というヒロインは終始クールな出立をしていました。
自分の信念を負けず、勧善懲悪を地で行くような性格をしているキャラクター。
それが私の覚えている「ハルカ・グライナー」なのです。
彼女にアプローチを掛ける攻略対象達をさらりと躱す姿はなかなかに爽快であった事を覚えているのですが、こんな表情はアニメでは全く見た事がありませんでした。
時間にすればほんの数秒ほど。
擦れた私にはなかなかに辛い状況なわけなのです。これ以上痛めつけないで欲しいと考えているとハルカさんからエルフリーデに声をかけてくれたのです。
「しかし貴女のような方がなぜこのようなところに?」
「このようなところだなんて」
「そうでしょう? 貴族の方が数人の供を連れ立っていらっしゃるなど特別な事がなければあり得ないでしょう?」
「それは……」
貴女を探していたのです! と、ストレートに言えればどれだけ楽なのでしょうか。
ですがハルカさんを探すことに決めたのはエルフリーデ。ここは上手な言い訳をする事ができるはず。
「えっと……」
うん。この子、何も考えてないみたいです。結局勢いだったんじゃないですか!
今必死に思考を巡らせているようですけど、これでは嘘で取り繕おうとしているのがバレバレじゃないですか。
「何か秘匿しなくてはいけない事情でもあるのでしょうか?」
「えっと……それは」
ほら、また口籠ってしまう。お願いなのでこれくらいの追求は交わして欲しいものです。
仕方がありません。ここは私が一つ助け舟でも出してあげましょう。ソファの側に寝そべっていた私が体を起こして立ち上がろうとした時です、その言葉が私には聞こえてきたのは。
「……本当に、なんでこんなにも」
それはどこか熱っぽい声色でした。思わず視線を向けた瞬間、目に映ったのはニヤけるのを必死に抑えるハルカさんの姿。
エルフリーデに関わってから何度目でしょうか、この嫌な予感は。
こう考えが根底から崩されていくというか、私が思い描いていたアニメの世界観が完全に崩されていく感覚というか……。
そう思うと体の力が抜けて、もうどうにでもなれーと考えてしまったことは内緒にしておきましょう。
そんな私が色々と諦めていた中、相変わらずアワアワとしていたエルフリーデを十分に堪能したのか、咳払い一つ、ハルカさんが一言。
「まぁ良いでしょう。言いたくないこともきっとあるはずですから」
慌てるエルフリーデにお腹いっぱいになっただけでしょうに。
なんか自分の思い描いていたキャラクターとは少し違っていますけど、これはこれで味がありますね。なんだかこの子の事を前よりも好きになれそうな気がします。
「ありがとうございます。気を遣わせて申し訳ありません」
「礼など不要です。私はただの商家の娘。貴女さまはこの領を治められているカロリング侯爵の御息女なのですから」
ペコリと頭を垂れるエルフリーデをよそに、素っ気なく態度を見せるハルカさん。いや、さすがにあんな緩んだ表情を見せていたのに遅いですって。
しかしハルカさんの言葉を気にする事なく、我がご主人様はこう続けます。
「でも、貴女はわたしに気をかけてくださいました」
「ですから、それは当然の……」
そっけない言葉を放ったはずのハルカさんの言葉が詰まります。それは私も一緒で、我がご主人様の、エルフリーデの表情に言葉を奪われてしまったのです。
私は知っていたはずなのです。この子は勢ばっかりの女の子ですけど、人の善意を信じる事が出来て、そしてちゃんと感謝する事が出来る女の子なのだと。
「それでも! わたし……ほっとしたんです。貴女が、声をかけてくださったから……ほっと出来たんです」
だから引く事もなく、こんな言葉を口にして、こんな表情をする事ができるのでしょう。
考えてみればその表情を目の当たりにしたのって私だけなんですね。エルフリーデなんてずっと慌ててばっかりだったんだから目にしているはずもないのか。
しかし、この時の私とハルカさんには、エルフリーデの浮かべた笑顔に魅入られてしまったことは言うまでもないでしょう。
「……それは卑怯ですわ」
「ふぇ? 卑怯って!」
またまたニヤけた表情を浮かべようとするハルカさんに、慌てるエルフリーデ。
うん、先ほどからこのやりとりのループですね。さすがに飽きました。まぁこのむず痒い空気に体も慣れてきたので、そろそろ助け舟を出してあげましょう。
四本の足で体を起こし、ゆっくり歩みを進めます。その姿は何もわかっていないみたいに能天気に、そしてキュートに!
そう、私はここにいる誰よりもキュートなのです……あぁ、自分でやっていて嫌になってきました。
「……」
そして体をハルカさんに預けながら、鳴き声を上げた刹那、ハルカさんと私の視線がぶつかります。
その視線だけで彼女は私の考えを理解してくれたのか、いやらしくはない、慈しみ深い笑みを浮かべて私を抱き上げてくれます。
やはりここだけはアニメを見ていて感じた印象と変わらないみたいですね。
「貴女のナイト様も私の気持ちを分かってくださっているみたいですね」
「ちょっと、貴女まで〜! 一体なんなのよぉ」
そう言ってブゥと頬を膨らませるエルフリーデを目にし、また悶絶しそうになってしまうハルカさんがいたことは言わずもがな。
しかし何故ハルカさんは我がご主人様にこんないもペースを崩されてしまうのか。
理由は分かるにしても、言葉にするとあまりに無粋になってしまうので、ヤメにしておきましょうか。
しかしハルカさん、犬の抱き方お上手ですこと。
「市井の暮らしを学びにですか?」
こんなやりとりを何度が続けているうちに、ようやく言い訳を思いついてくれたエルフリーデ。
ありきたりな回答ではありますが、貴族という立場を有効活用した回答とも言えますね、我がご主人様にしては良い回答でしょう。
「え、えぇ……。それが目的でしたから」
嘘なのです。貴女を探しにきたのです。
「何か怪しいですね」
「そ……それは」
まぁあっさり看破されてしまいますよね。普段から嘘もつき慣れていないので、こんな辿々しい感じになってしまいますし。
それに反応に一々顔を赤くするハルカさん。エルフリーデの仕草を見るたびに腕の力強くなったり抜けていったり全くもって忙しいものです。
本当に話が進みませんね、違う意味で二人の間で始まったものはあるみたいですけど。
そんな二人を交互に眺めていると、再びハルカさんと視線が交差します。おそらく何か話題の転換を求めているのでしょう。私と目線を合わせて、
「……この子、本当にお利口ですね。まるで私たちの会話を理解しているみたいに」
なんて、私を巻き込むように言葉を口にしてくれたのです。
いや、貴女達の話の内容はちゃんとわかっているけれども! 理解しているからこそ、なるだけ傍観を心がけていたのに巻き込まないでくださいよ!
でもねハルカさん、これは失策ですよ。私の前足が人の手なら、肩に手を置いて同情の表情を浮かべてあげるところですよ。
ガタンという音が耳に届いた瞬間に、金砂の髪が揺れて前に乗り出してくる姿が見て取れました。
「えぇ! 本当に良い子なんです。わたしが困っている時は助けてくれるし、諌めてもくれるんです。おじいさまからのプレゼントだったんですけど、今はもうすっかりわたしの大事な家族に一人です」
声が先ほどまでよりも少し上ずって、興奮を隠す事ができない様子が伝わってきます。
そうです、エルフリーデはおじいさまやご両親、あとついでに私が褒められたりする事には、何故だか自分が褒められることよりも喜んでしまうのです。
エルフリーデの慌てる表情しか見ていなかったハルカさんが、今の彼女を目にしたらどうなるか、想像に難くありませんでした。
しかし思ったほどにハルカさんの表情に変わりは……いや、メッチャ我慢しているじゃありませんか。口の端からうっすらと見える赤い色。この子……舌噛んでまで我慢してるんですけど。
「ねぇ、あなた」
なんでしょう? 私の耳元に顔を近づけハルカさんが呟きます。聞かなくても分かるので聞きたくありませんが。そんなのは犬の私には関係ないようです。
「私と同い年ですよね? きっとこれって計算ですよね? こんなにも嗜虐心を擽ってくるなんて……まるでこの子がペットみたい……」
うん、色々とマズい事を口走っていらっしゃるぞ。ハルカさん、貴女そんなキャラクターだったんですか? 目が悪い意味でいっちゃっていますよ。
しかも我がご主人様はその様子に気付くこともなくニコニコと話を続けているわけなんですよ。
いや、ちょっとホントに嫌なんですけど! 今すぐここから逃げ出したいんですけど!
「ね? グライナーさん。本当に可愛らしい子でしょう?」
「え、えぇ、本当に……可愛らしいです」
「……本当に、なんて愛らしい」
うぅ……なんか色々イメージが崩れていく。
私の綺麗なイメージが、崩れていくよぉ。
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