第2話 なかなか骨がおれますね。


なーんて意気込みを見せてみた私。エルフリーデのかわいいペットになった私なのです。

「ちょっと! あ……ごめんなさい、やっぱり何もないです。今日も、おいしいお茶ですね」

エルフリーデの様子を見るに、別に何もしなくても良いような気がしてきました。

おじいさまとのお茶会がご破算になってから数日経った日、お日様が夜に向かって少しだけ小首を傾げた頃とでも申しましょうか。エルフリーデは先日おじいさまとお茶を楽しんでいたのと同じ場所で一人お茶をたしなんでいます。

側に控えているのは毎度お馴染みの侍女長。彼女に何か言いかけてグッと言葉を飲み込んでいます。

 多分淹れてくださったお茶に対して何か言ってやろうだなんて考えたのでしょう。しかしそこは侍女長の淹れたお茶、文句の一つもつけようがなかったのでしょう。

 ここ最近ずっとこんな感じのエルフリーデ。おそらく彼女はこう考えているのでしょう。


悪役令嬢のステレオタイプを演じて、目立ってやる!


そう、「演じよう」としたわけなのです。


さすがに原作のエルフリーデがどのような幼少時代を過ごしたのか、描かれていない以上私には分かりません。しかしおじいさまや側仕えの使用人たちを見る限り、皆さん芯のしっかりとした人格者ばかりではないですか。これでひん曲がった性格に育てという方が無茶というモノ。

しかもこの子、思った以上に引っ込み思案だったのです。勢いはあるのになぁなんてお庭を眺めながら考えます。

でもこの勢いが変な方向にいってしまうことって絶対にあるのです。


それが先日の宣言だった訳なのですが。


「うぅー全然悪役っぽくないよぉ」

いや、だから貴女には向いてないんだって。思わず言葉に反応して彼女に視線を送る私。


「なによーそんな目でわたしのこと見なくたって良いじゃない。これでも少しは考えてるんだから」

どの口が言うのか、本当に勢い任せに言葉を口にする子だなぁ。私は侍女長がエルフリーデに送る視線を気にしながら少し疲れたような鳴き声を上げます。


「ん、少し疲れてしまったのかしら? ごめんなさい、わたしの小言に付き合わせてしまって」

私の仕草をみとめると、エルフリーデは椅子から立ちあがり、私の側で屈みながら頭を撫でてくれます。

うーん、まだまだ子犬の扱いに慣れていない、ちょっと乱暴な撫で方ではありますが、まぁまぁ合格としてあげましょう。

しかしね、エルフリーデさんや。貴女は私の術中にはまってしまっているのですよ。

分かりますか? 侍女長が私たちに向ける熱い視線が!

普段からエルフリーデを溺愛している侍女長が、なかなか見せることのないエルフリーデの可愛らしい表情を見ればクラッとくるのは間違いないでしょう。実際、彼女もエルフリーデを見つめながら頬を少し赤くしています。

しかしそこは侍女長、自分がしっかりとエルフリーデを育てねばと思ってくれているのです。だから今は周囲のエルフリーデに対する愛情偏差値をどれだけ上げることが出来るのか、これが非常に重要なのです。

本人を直接攻めるのではなく、まずは周りから攻め、雰囲気を作り上げていく。侍女長を始め、関わる人たちからの暖かい思いを受け取れば、目立つために悪役になんて気持ちはきっと起こらないはずなのです。

我ながらあざとい上に策士! それが私です。

得意げに尻尾を縦に振りながら4本の脚で立ち上がりお日様に視線を向けると、自分が撫でたことに満足してくれたのねとエルフリーデがボソリと一言。

うん、今日は及第点を差し上げます。明日からはもっと精進するように。

ご主人様に対してあまりに不遜ではないかとも思いますが、どうしても前世での記憶があるだけに、ペット然とすることができていないみたいです。そんな私の気持ちなどつゆ知らず、エルフリーデは両の腕で抱き上げながら、少しお庭を歩き始めます。

 周囲を気にかけている仕草を見るに、聞かれたくはない話なのでしょう。

この子がこんな風になる時って、大概私にとっては想定外のことを言い出す時なのです。


 少し歩いて、お庭の真ん中まで来たところでしょうか。

 私に顔を近づけるエルフリーデ。そして私だけに聞こえる声で彼女が呟きます。


「わたしね、一つ思いついたことがあるの」

 ほら、やっぱり何か言い出すよ。思わず体を固くして言葉を待つことにします。どうせ誰かに意地悪してやるーとか、そんなしょうもないことでしょう?


「別にね、待っておく必要なんてないじゃないって」


 ん? まぁその通りですね。なんでも受け身になってしまってはいけません。それが分かっているから、私も今はエルフリーデの周囲から変えていこうとしているのです。



 きっと上手く行く作戦だ。

この時の私はそう疑わなかったのです。次の瞬間、まだまだ自分が浅はかだったことを思い知らされてしまうのです。



「だからわたし、今のうちにあの子に会いにいこうかなって思うの」


 会いに行く? その言葉にお日様と同じように小首傾げてしまいます。

きっと今の私の表情は犬然としてとてもキュートで可愛らしいものであったでしょう。それくらいにエルフリーデのいうことを理解することができなかったのです。


 しかし私の背筋を駆け抜けていくむず痒さみたいなものが告げるのです。

 コイツ、またとんでもないことを言い出すのだと。



「今のうちからヒロインに接触しとけば嫌でもライバルキャラになれるじゃないかなって思うの! これって名案じゃないかな!?」

 そう口にしながらクルクルとその場を回り始めるエルフリーデ。きっと端から見ればフワリとスカートを翻しなら踊る彼女の美しさと言ったら目を見張るものがあるでしょう。


 しかし知ってますでしょうか? 私はエルフリーデの腕の中。そして遠心力の存在を。

抱えられていたとしてもこの小さい身体には結構な負荷がかかるわけです。かなり気持ち悪いというのは私の心の中だけに留め置きましょう。


 嫌な予感的中ですよ。事もあろうか今の状況でヒロインに接触? どうなるかも全然想像はつきませんがなかなかに大胆なことを考えちゃうじゃありませんか。


 ただ身内である侍女長にも横柄な態度をとることができないこの子が、初めて接触する他人を目の前に、それができるとは私は思えませんが、本人がやりたいっていうのであれば止めません。


 そう、予想外や嫌な予感と言ってもまだまだこんなヒヨッコお嬢様に負ける私ではないのです。


 得意げな私の表情を目にし、「廻るのがそんなに楽しかったのかしら?」なんて口にするエルフリーデ。

いや、気持ち悪いんですって。得意げになっている理由は全く別のものですよ。


「あーでもなー。わたし、ヒロインの名前ちゃんと覚えていないなぁ。確か……ハル、ちゃんだっけ?」


 惜しいよ! というか、フルネームも覚えていないのに会いにいくだなんて宣っていなんですか? どうやってヒロインと遭遇する算段だったのでしょうか。 本当、この子ったら……どうしようもない子なんですから。


 相変わらず安定のエルフリーデ、きっとその内しっかり思い出すことでしょう。なんせこの世の中は基本、ご都合主義に満ち溢れているのですから。


 これが嬉しいご都合主義なのか、それとも私を困らせることになるのかはまだ分かりませんが、とりあえずは私の基本方針は決まったわけです。


 そう、私が平穏なペットライフを送るため。エルフリーデには、自分が恵まれた環境の中にいるんだっていうことを理解してもらいましょう。








「彼女を悪役令嬢にしないための10の方法 その1


                周りの大人たちに、彼女を十分に愛してもらう」







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