第1話 簡単に決めていいものじゃないんですよ?
『ときめき☆フィーリングハート』
今うわぁって思いましたよね? そうですよね!
正直に言いましょう、私だって思っています。なんて言うダサい題名なのだろうって。
まぁ題名だけに騙されることなかれ。一旦物語を紐解いてみましょう。
シンプルに説明します。
剣と魔法なんでもありのファンタジー世界の貴族の学園を舞台に、ヒロインが攻略対象たちと問題を解決しながらイチャイチャする……。
やっぱりこの説明だけじゃコテコテすぎる乙女ゲームと言わざるを得ませんね。
しかし、なんの因果かそんな物語がコミカライズされ、果てにはアニメ化までしてしまうほどにブームを巻き起こしてしまったのです。
世間様からの評価はこんな感じ。
『いやいや、ヒロイン最初から最強設定かよ!』
『気に入らない=ぶっ飛ばすで、単純だから久しぶりに頭空っぽにして見れた』
『アニメになった途端にモブが丁寧に描かれすぎ!』
『このモブって、殴られるためにわざと丁寧に描かれてない?』
えぇ、言いたいことはわかります。一体どうゆう内容やねんって話ですよね。
はっきり言いましょう。ただのおバカアニメです。私もそのおバカさ加減に大いに笑かしてもらい、精神的に救われていた一人でありました。
というのが『ときめき☆フィーリングハート』と説明となります。
ん? しかし一体私は誰にこんな説明をしていたのだろうか。まぁ気にしないでおいたほうが幸せなこともあるのでしょう。
さて、そんなおバカアニメの中、私たちが思い出してしまったあのワンシーンでヒロインに拳を見舞われてしまったのが何を隠そう目の前にあらせられる侯爵令嬢、エルフリーデ・カロリング嬢。
そんな彼女も今は鏡台の前に設えられた椅子に腰掛けながら項垂れていらっしゃいます。
おじいさまからお叱りを受け、自室に戻ってきてから早数十分。彼女にとってはかなりショックな出来事だったのでしょう。
「わたし……モブ……」
ブツブツとうわ言ように囁かれる言葉からは感じられるのは、失望にも似たような響き。まぁ彼女からしれみれば晴天の霹靂と言っても差し支えない状況なのでしょう。
自分も観ていたアニメの舞台に、しかも貴族として転生? してしまった。転生なんて不可解な状況であったとしても自分に待っているのは悠々自適な生活だろうなんて想像していたはずです。
しかし彼女に待っているのはヒロインからの鉄拳。
まぁエスフリーデには同情を禁じ得ないですが、そんなこと言ったら私だってねぇ……。
さて、ここまで皆さん、そろそろお気づきでしょう。
こうやって皆さんに語りかけている私も、この世界に転生? してきたのです。
これが人間であれば開き直って、身の丈にあった生活を送りたいなって思いもしたのですが、そういかないと言うのがこの世の常と申し上げれば良いのでしょうか。
ほら見てください、この豊かで光沢のある、ウェーブがかった毛並み。可愛らしいつぶらな瞳。そしてこのキュートに垂れた耳。
あぁ、なんだか自分で言っていて恥ずかしくなってきまいたが、明らかに人間のそれとは全く違う特徴。
そうです、私はエルフリーデのペット。先ほどおじいさまが彼女にプレゼントした犬になってしまったようなのです。
ずいぶん前に自分がこの世界に、しかも犬として転生? してしまったのに気づいたのは結構前の話なのですが、自分がどういう人間だったのかということを思い出したのはエルフリーデと出会った時。
実は私、前世ではただのO Lだったんですよね。
先ほどからの慌てぶりを見るに、エルフリーデは先ほど自分が転生? してきたことを思い出したのでしょう。
悪役令嬢の取り巻きその1とそのペット。なんとも言えないコンビではありませんか。あまりに目も当てられない感があるので、こちらは笑うことはできませんが……。
しかし、なってしまったものは仕方がない。幸い私の面倒を見てくれているのは侯爵一家。そうそう傾いたりすることはないはずです。
しかも『ときめき☆フィーリングハート』の中ではなかなかのやられっぷりをするエルフリーデのそばにいるのです。きっと面白いものが見られるはず。
前世の私も状況を簡単に受け入れてしまう、いわゆる流されタイプの人間だったのです。
これからの生活を考えると色々と楽しみで仕方がないなと思いを馳せている私を尻目に、ご主人様であるエルフリーデが突然立ち上がります。
「決めた……」
ん? 決めたって……一体なんのことでしょうか? というか見上げる体勢は非常に辛いのです。出来れば座っておいて欲しいんですけどそういう訳にもいかない様子です。
「わたし、決めた!」
あれ? なんだかすごく嫌な予感がする。そう、彼女の浮かべる表情が変にスッキリをしているように感じられます。
これは……振り切ってはいけない方向に振り切ってしまったのかもしれない。
「ねぇ、わたし決めたわよ」
そう呟きながら私を抱き抱えるエルフリーデ。フルフルと私を抱える腕を震わせ、語気が強まっていきます。
あ、これ悪い予感がします。どうしようもない宣言を耳にしてしまいそうな、そんな予感がします。
「目立ってやる……モブなんて関係あるもんですか!」
それはいい心がけです。自分の人生は自分だけのもの。納得いくまでやってしまえばよろしい。この言葉については私もスッキリと受け止めることができました。
しかしこの子、やっぱり振り切ってはいけない方向に振り切っていました。
「ヒ、ヒロインにはなれないだろうけど……突き詰めてやったらいいんだわ!」
いや、突き詰めるって……貴女まさか!
「突き詰めるだけ突き詰めて、 それこそ悪役令嬢にだって何にだってなってやろうじゃないの!」
はぁ? と誰でも首を傾げてしまいそうなセリフ。
大きく腕を振り上げ、さながら熱血ドラマの主人公かよとツッコミを入れたくなりましたが、犬になってしまった私にはそんなことは言えませんね。
それでもこう言わずにはいられません。
その開き直りはぶっ飛びすぎだろう!
私の前足が人間の手であれば、頭を抱えているに違いありません。しかし目立ちたいからって自ら悪役にでもなってやるだなんて……。中途半端にやられ役だから良い味出していたのに、そんな風になったら目も当てられません。
「ね? 貴女もそう思うわよね?」
私を抱き抱えるエルフリーデの浮かべる笑顔の爽やかさと言ったら……多分これまでの彼女の表情の中で一番のものではないだろうか。
でもね、喋れるならこう言ってやりますよ。
うっせーんだよ、おバカ! そんなの私が止めてみせますよ!
エルフリーデがそんな決意をするのであれば、私だってこう決意するしかありません。
自分の平穏なペットライフのために、この勘違いさんを絶対にハッピーエンドに導いてやるのですから!
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