第0話 プロローグ3
なんでこんなことになってのよぉ。
そんな途方に暮れた表情を浮かべていらっしゃる。
でもあえて、あえてこう言って差し上げます。
うっせーんだよ、馬鹿! こんなことで嘆いてんじゃないですの!
……おっと、自分らしかならぬことを考えてしまっている様子。まぁなけなしの慈悲の心で、無理もないでしょうねと優しい気持ちでいてあげましょう。
しかしお庭での出来事からこっち、この子の様子はあまりにおかしい。
少しばかり、お庭での出来事から思い出してみよう。
※ ※ ※
お日さまが少し夜の方に首を傾げ始めた時間帯くらい。一番心地の良い日和、私も思わず微睡んでしまいそうになるくらいだった。
『この体』になってしまってから少しは落ち込んだりもしたけれど、こうやって優しいおじいさまにもらってもらうこともできたし、私としては万々歳と言っても差し支えないだろう。
今日もほどほどに体を動かし、しっかりと食べ、しっかりと睡眠を取る。
かつての私から考えればなんて人間然とした生き方だろう。
幸せって、案外他愛もないことなのよね。
しかし、しかしですよ! そんな私の平穏はあっさりと崩れ去ってしまうのです。
ただ一言言っておきたいことがあります。
別に嫌じゃねーって思っている私がいるってことですね。私にとってはご馳走ですよ、ぐへへ。
最初は少女のその金砂の髪に見惚れてしまいました。キラキラと風に靡くそれに飛び付きたいという欲求を抑えるのに必死になるくらい。
華奢な体躯を包むフワフワの淡い色のドレスも彼女がどこか特別な人間なのだいうことを示しているようにすら感じられる。
そう、佇まいはどこからどう見ても貴族様のそれに間違いない。
しかし彼女の浮かべる表情だけが、その絵の中でおかしなものになっていた。
まるで声高に、自分は分不相応な場所にいるのだと宣言しているような、そんな風に私には見て取れたのです。
そんな彼女、どうやら私のご主人様であらせられるおじいさまのお孫さんに当たるのだとか。しかも実は私、お爺様から彼女へのプレゼントらしい。
私のこの気持ちをわかる人なんてきっといないだろうけど、あえて言わせて欲しい。
ダンディなおじいさまともっと一緒にいたかった!
でも可愛い女の子と一緒にいられるのも嬉しいんだよ!
「……嬉しい! おじいさまからプレゼントをいただけるなんて!」
おっと、妙なことを考えていたら上方から私を抱き抱えようとする白い腕が見て取れた。
「か、可愛い! 本当に可愛い!」
いやいや、それはこちらのセリフですよ。
そんなことを考えつつ、初めて彼女としっかりと視線を交わした瞬間でした。
ん?
「あれ……?」
少女と私の言葉が重なる。
なんだろう、目の前が真っ暗になった。刹那、何か箱……違う、これは『画面』だ。
画面に何かが映し出されている。
あぁ、これ知ってるなぁ。毎週私が楽しみにしてたやつじゃないですか。
どれだけ疲れて帰っても、年甲斐もなく必ずその時間だけはテレビをつけて必死に見てたっけ。
まぁ私としては、今の状況を既に受け入れちゃってるんだから、何もいうことはない。
しかし目の前の彼女はそうでもなかった様子。
「なんでこんなことになってるのよー!」
彼女は乱暴に声を上げます。
おいぃ! 私を抱いてること忘れてんじゃないのこの子! と思ったら力はそんなに入っていなかった。なんか興醒めである。
突然一人娘のエルフリーデが声を荒げたのだ。普段冷静沈着な彼女のおじいさまも周囲に控える使用人の方たちもびっくりされているではありませんか。
「これ、エルフリーデ! 淑女としてそのような行為は優雅ではないよ」
積み重ねるは年の功とでも言うのでしょうか。驚いていたはずのおじいさまは和かな笑顔を浮かべておられます。
「でも、おじいさま! でもね!」
「少しは落ち着きなさい。一体何があったのかね? 」
「それは……でもわたしは!」
ワタワタと右往左往しながら落ち着かない様子のエルフリーデは、おじいさまから諌められても混乱した様子。まぁ彼女がこんな風になってしまう理由も分からなくはないのである。
しかしそこは侯爵であらせられるおじいさま。一言声をかけてからの彼女の様子を見とめ、普段とは違う部分を感じ取ったのでしょう。
カップに満たされていた紅茶に口をつけ、少し厳しい表情を浮かべられています。
「エルフリーデは少し疲れてしまったみたいだね。今日はもう部屋でお休みなさい」
その表情に違わず、どこか強制力を持ったような声には誰も逆らうことはできないでしょう。声を向けられたエルフリーデだけでなく、使用人たちでさえ怯えた表情を見せています。
あらあらやはり皆さん、そうなってしまいますよね。そんな時には私の出番でしょう。困惑するエルフリーデに近づき無遠慮に触れます。こうゆう時に空気を読まなくて良いのはわたしの役得でしょうか。
「え……はい、分かりました。取り乱して、申し訳ございません」
正気を取り戻したとは言い難いですが、困惑した様子は相変わらずみたいですがおじいさまに一礼し、その場を後にしていくエルフリーデ。どこかその後ろ姿は頼りなくて心配になってしまう。
流石にいきなりこんな状況に陥ってしまったのだから仕方がないだろう。私も彼女の後をついていきます。
自分の部屋に戻るまでの間のエルフリーデったら、俯いたままブツブツと何かを言っていますが、私の位置からは聞き取ることはできません。
ここで一言、可愛い顔が台無しだよなんて言葉の一つでもかけてあげられれば良いのでしょうが、如何せん私にはそうする事はできない。
なんとも歯痒い気持ちを抱えながらも、歩みを進めていきます。こんな時に自分の置かれた境遇が恨めしいではないですか。
そんなことを考えていた束の間、エルフリーデの足が急に止まります。庭からそこまで離れていない、白を基調としたドアの前までやってきました。きっとここが彼女の自室なのでしょう。
「あら」
少しとぼけた声。ようやく後ろをついてきていた私に気がついたエルフリーデ。
部屋に入るのも後にして、私を再び抱き上げながら、ぐへへ、良い毛並みフワフワしてる、なんて独りごちている。
あぁなんだ、この子もこっち側の人間か。私はどこか辟易した様子でため息をついてしまう。
不思議そうな表情を浮かべるエルフリーデですが、きっと私が呆れ返っていることなんて知る用紙もないのでしょう。
きっと気のせいだろうなーなんて考えているんだろうなと思いながら、少し遠い目をしてしまう私。
「心配してついてきてくれたのかしら?」
そりゃそうでしょうよ。なんだって私をもらってくれたおじいさまのお孫さん。
詰まるところ、私のご主人様になる人なのだから心配しないはずがない。
ちょっと甘えた風にクンクンと鳴きながら体をわたしに預けてみる。うん、あざとい。でもこういうのが好みなんでしょう?
「なんだか、あなたのことすごく好きになっちゃったかもしれないわ」
まだそんなこと言うには早いですよ。もっと私の魅力にメロメロ……ん? なんだろう、また視界がボヤけて。
刹那、再びのブラックアウト。
再び目の前に現れる画面。
抱き抱えられている感覚はしっかりある。でも視界だけが再びあの世界に囚われてしまって、抜け出すことができなくなってしまっている。自分のことは痛いほど理解している。でも私がちゃんと理解していなかったことがもう一つあった。
「これ……」
彼女の口から言葉が漏れた。画面に映し出されたのは、大学生くらいの少し私より年下くらいの女の子が興奮しながらモニターに熱中している様子だった。
「これって……!」
モニターでは美しい黒髪をたたえた少女が拳を突き出しているシーン。その拳を誰かに打つけた後だろう。白磁のように白い肌が赤く腫れ上がっているように見える。
あぁ、このシーン。本当に鮮烈で爽快感のあるシーンだ。
見た目は芸術家よって作られた女神さまのような容姿。
普通は想像もつかないでしょう。そんなか細い手腕から鋭い拳が放たれるなんて。
本当にこの映像を作った人たち、すっごい好き。
でも違う。注目すべきところはそこではない。私、いや、『私たち』が注目しなければいけないのはもっと他にある。
「これ、違う……『わたし』って!」
ここでようやく何かを感じ取ったエルフリーデ。私を抱き抱えたまま自室の扉を乱暴に開け放ち、室内へと入っていきます。もうドレスがシワだらけにじゃないですか。
少しは淑女らしくしならどうなのだろう。あぁ、でも気持ちはわかるから仕方がないか。
そうしてお部屋の奥までやってきたエルフリーデ。大きな鏡台に設えられた椅子に腰掛けます。
不思議なものです。お部屋に入るまでは確かめないと気が済まないと思っていたのに、いざ顔を上げるだけで真実を確認できるとなるとどうにも踏ん切りがつかない様子。
緊張で体が強張っていくのがわかりました。まぁ仕方がない。ここは私が助け舟を出してあげましょう。私は苦しくもないのに、わざと苦悶を帯びた鳴き声が絞り出します。
「っ!ごめんなさ……い」
ほうら見たことか、私の超演技! 同時についつい顔をあげてしまって、彼女は嫌でも視界に自分の顔を入れなくてはいけないという寸法なのです。
あぁ、なんだか変にテンション上げすぎて疲れてしまいました。
「これって……これって!」
ワナワナと体を震わせ、今にも噴火しそうなエルフリーデ。
まぁ先ほども言ってしまいましたが、無理もありません。人生大逆転じゃんとか考えていたのだろうなーと思いながら、私は彼女を見上げながら一人ぼうっと考えていました。
だってね、そんなうまい話はなかなかないものです。だって私もどうなってんだーって叫びたいくらいでしたから。
さてそうこうしている内に彼女の叫びが聞こえてきました。
「アニメのモブじゃないのー!」
そう、彼女エルフリーデ・カロリングはアニメのキャラクター。
しかも悪役令嬢の取り巻きその1だなんて数えられてしてしまうくらいのそんな端役。
そうなんです、彼女はとあるアニメの目立たないモブとして生まれ変わってしまったのです。
はてさて、これから一体どうなってしまうのか。まぁ私はそんな彼女を眺めていくこととしましょう。
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