第29話 それからそれから

 時刻は夕方近く、萃香は元気にやっているのだろうか?

 たった四日間留守にしていただけだけど随分久しぶりのように思える。

 

 よおっし。ルシオ錬金術店が遠目に見えてきたぞ。

 入り口の扉は開け放たれ、店頭にはサンプルと招き猫ならぬ青スライムがぷよぷよとしている。

 ……はずなのだが、この距離で俺の気配を察知したらしくぴょこぴょこと青スライムがもの凄い速度でこちらにやってくるじゃあないか。

 ぴょーん。

 勢いよく跳ねた青スライムは俺の頭の上に着地した。


「青、店番ありがとうな」


 頭に手をやりツンツンと青スライムをつっつく。うん、いつも通りのぷよぷよだ。

 さあて、お店に向かおう。

 肩にかけた背負子の皮紐を握り、再び歩き始める。店を前にして自然と歩く速度が上がっていく。


「ただいまー!」

「いらっしゃいませ……エメリコくん、おかえり!」

「エメリコさん、おかえりなさい!」


 レジ前に並ぶお客さんは二名、萃香はちょうど奥からふわふわダスターを抱えて戻ってきたところ。

 レジを任されていたのは、なんとミリアだった。


「ありがとうございましたー」


 彼女に挨拶をする前にお店から出て行くお客さんを見送る。

 残り二人のお客さんがレジを済ませ、退店したところで一息つけた。


「ちょうどいいし、今日はもうお店を閉めちゃっていいかな?」

「うん! もうすぐ日が暮れるもんな」


 扉口にきた萃香に向けしゅたっと手をあげ、外の商品ディスプレイを中に運び込む。


「荷物を置いてきてよかったのに」

「ずっとお店を頑張ってくれてたから、これくらいはさ」


 入り口扉を閉め、背負子を床に降す。


「ふうう」

「重た! よくこれを持って帰ってこれたね」


 背負子を持ち上げようとして顔をしかめる萃香へ笑いかける。


「男の子だから力持ちなんだよ、ははは」

「一応、ね」

「何だよ、その含んだ言い方」

「それより、エメリコくんに紹介しなきゃ」


 完全にスルーしやがったな。

 レジ前てミリアがペコリとお辞儀をする。彼女の横に並んだ萃香がえへへと笑顔を見せた。


「ミリアちゃんよ」


 後ろからミリアの両方へ両手を置いた萃香が彼女を紹介する。


「いや、知っているけど……」

「エメリコさん、わたし、昨日からお店をお手伝いさせてもらっているの」


 ミリアの言葉にようやくストンと飲み込めた。


「お、おお。新しい従業員を探してって、ミリアが手伝ってくれているのか!」

「わ、わたしじゃ頼りないかな……」

「そんなことないよ! ミリアなら大歓迎さ。可愛いし、笑顔も素敵だし」

「エ、エメリコさん……」


 頬を赤らめうつむいてしまうミリア。


「エメリコくん、そうやっていろんな子を毒牙に」


 萃香がじとーっとした目で俺を見つめ、ミリアの肩を抱く。


「んなわけねえだろ。正直な思いを告げただけだって」

「そんな歯の浮くセリフを正直なだって、天然のたらしさんだったのね!」

「あー、もう。とにかく、ミリアなら大歓迎だってことさ」

「怪しい……冒険も可愛い子と一緒だったんじゃ」


 萃香の言葉にドキリとする。何で分かったんだ。たまたまとは言え、リリーと一緒だったからなあ。


「エメリコさん、その反応、やっぱり」

「このけだものー」


 ミリアの言葉にここぞとばかりに萃香が乗っかる。彼女、とても楽しそうだ。


「だあもう。たまたま会っただけなんだよ。でも、これ見てくれよ」


 背負子に備え付けた大型の麻袋へ手を掛ける。

 シュルシュルと口を縛った荒縄をほどき、ニヤリと萃香たちへ目を向けた。


「どうだ、これ」


 麻袋から取り出した鮮やかな紅色の角を掲げる。それも二本。


「うわあ……。リリーさんに無理言って頼んだんでしょ」


 何そのあからさまに嫌そうな顔。ミリアに至っては口元に手を当て冷や汗まで流れている勢いじゃあないか。


「たまたま会ったんだよ。リリーから手伝うって言ってくれたんだって」

「ふうん」


 萃香、その目は完全に疑っているだろ。


「残念ながら、真実なんだ。一人じゃ危ないから手伝うって。報酬はスワンプドラゴンの鱗でね」


 と言って今度はスワンプドラゴンの鱗を見せる。

 すると、ようやく萃香のいやーな目が普通に戻った。


「そうだったんだ」

「おうおう」

「でも、その角のカブトムシ?はそんなに強いんだ。欲望に負けて一人で行ったらダメだよ、エメリコくん」

「あ、うん」


 萃香が勘違いしているけど、訂正しなくてもいいか。したらしたでややこしくなりそうだものな!

 と、疑惑も晴れたところで。


「ミリア、これからもよろしくな!」

「うん!」


 ミリアとガッチリと握手を交わした。

 この日はミリアも誘ってタチアナのところに夕飯を食べに行く。


「両手に花じゃないのー。エメリコ。赤い子も食べるの?」


 店に入るなりタチアナが俺をからかってくる。でも、お店が賑わっているようでこれ以上俺の相手をしている暇はなさそうだった。


「うん、今日は赤にも。それで、こいつを料理に使えないかな」


 あ、タチアナがもう行っちゃった。

 空いていた席に三人で座り、彼女が戻ってくるのを待つ。


「何にするー?」

「おすすめ三つで。あとこいつを使えない?」

「何その巨大過ぎるルベルビートルの角……」

「親父さんに頼めない?」

「頼んでみるねー。使わなかった分は後で持ってくるね」

「ありがとう」


 絶品料理に高級トンガラシ、心が躍る。

 ふふ、ふふふふふ。


「私とミリアちゃんはオススメ料理そのままでお願い」

「もちろんよ! このバカの味覚はおかしいからね」


 何か変なことを萃香とタチアナがのたまっているが、そんな些細なことを気にしているような気の小さい男ではないのだよ。俺はな。

 くく、くくく。


 ◇◇◇


 絶品だった。まさに絶品。

 辛みが数段強い上に旨味まで濃厚になっていた。大型ルベルビートル、やはり素晴らし過ぎる。

 あまりの旨さに打ちひしがれている間にもミリアと別れ、萃香と共にお店に帰ってきた。


 その日は旅の疲れもあり、すぐに眠る。

 翌朝、お店は二人に任せることにしたんだ。俺はひたすら錬金術で商品を作る。

 調子に乗って商品で溢れかえらないようにしないと……とドリップしないよう注意しつつ二階でひたすら錬金術を行使する。

 階下からは二人の「いらっしゃいませー」の声がひっきりなしに聞こえてきた。

 錬金術屋にこうしてお客さんが訪れるなんて、少し前には想像も出来なかったことだ。

 スライムの強化、萃香との出会い、短期間のうちに巡るましく俺を取り巻く環境が変わったけど、本当に素晴らしい出会いだった。


 肩に乗る赤スライムを指先で突っつく。赤スライムはぷるるんとその体を揺らす。


「エメリコくんー、そろそろお昼しようかー」

「あいよー」

「降りてくる時にマグカップを持ってきてー」

「分かった!」


 もう在庫が切れちゃったのか。

 凄まじい売れ行きだなあ。

 ニマニマと顔が綻びつつも、蓋付きマグカップを抱えられるだけ抱えて階下に向かう。

 これだけ好評なら、すぐにこの店だと手狭になりそうだ。

 それなら、新店舗を街の中央に出すってのはどうだ? 中央大通り沿いに立つ「新ルシオ錬金術店」の姿を妄想し、ニヤニヤが止まらない。

 さあ、頑張るとしますか!

 

 おしまい


※これにて一旦幕引きとなります。ここまでお読みいただきありがとうございました!

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錬金術屋の魔改造スライムは最強らしいですよ~異世界で拾ったJKの現代知識と超レア素材で、底辺からお店を立て直しちゃいます~ うみ @Umi12345

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