第28話 能天気

「……キマイラを……」

「(リリーが)食べたかったのか?」

「……変態……」

「冗談に決まってるだろ、肩に力が入っているからさ」

「……脳天気」

 

 何その冷たい目線。敵が目の前にいるというのに、案外リリーも余裕なんじゃないか?

 俺もアラクネーに対し、それほど脅威を感じていない。

 彼女から警戒を促されているのは重々理解している。

 いや、そうは言ってもだな。アラクネーに関しては、特に心配することなんてないんだよなあ。

 何故なら、必要なのは蜘蛛の糸だけだから。

 しかも、キマイラに絡みついたものだけじゃなく、地面の色が変わるほどに糸が撒かれているのだもの。

 既に十二分の糸が揃っている。

 つまり、本体の損傷を気にせず倒してもいいってわけだ。


「紫。ヘイトを稼いで」

『ばー』


 ぴょこんと俺の肩から降りた紫スライムが地面で一度跳ね、気の抜けた音を鳴らす。

 間抜けな音に反して効果は抜群で、樹上にいた蜘蛛がカサカサと下に降りてきた。

 奴は顔をあげ、ふしゃーと紫の糸を吐く。お口が気持ち悪ーい。


「赤。滅びのバーストストリームだ」

『ぐばー』


 紫スライムに並ぶようにぴょこぴょこと進んだ赤スライムの体が数倍に膨張する。

 赤スライムの体の一部がパカンと開き、灼熱の炎が吐き出された。

 炎は赤スライムの頭上で渦を巻き、高く高く伸びていく。

 そこへ、吐きだされた蜘蛛の糸が触れると一瞬で蒸発した。


 ぷるるん。

 赤スライムが体を震わせると、灼熱の炎が蜘蛛を包み込む。


「……え、あ……」


 予想外の出来事だったのか、黄色の杖を掲げたまま硬直したリリーが、くくもった声を出す。


「よし、よくやったぞ。赤」

 

 俺の肩に戻ってきた赤スライムを手のひらでぺたぺたと叩く。

 炎が晴れた後には灰さえ残っていなかった。


「……そのスライム」

「おう、俺の自慢のスライムだ」


 赤と紫の両スライムが上部をとんがらせて自己主張する。


「……むにむにしてる」

「触ってもいいぞ」


 踵を浮かせてうんしょっと手を伸ばしたリリーが赤スライムに指先をあてた。

 赤スライムのぷにぷにボディは彼女の指の動きに合わせてぽよぽよと形を変える。

 

「……あ」

「ん?」


 リリーの目線の先を追うと、嫌な事実に気が付いてしまった。

 焦げ臭い。

 焦げ臭いのだ。いや、蜘蛛が焼けた臭いではない。蜘蛛は一瞬にして灰も残さず消滅しているので、臭いさえ残らない。


「お、俺の肉が、リリーの分も焼いたのに」

「……リリーは大丈夫」


 そういや肉を焼いている最中にキマイラが襲い掛かってきたんだったよな。


「もう一回焼けばいいか」

「……うん」

「先にスライムたちに餌をあげてもいいかな」


 赤と紫が肩から降りて、足元でぴょんぴょん飛び跳ね始めているんだ。

 これは、餌が欲しいサインである。

 

 先にスライムたちに餌をあげてから、スワンプドラゴンの肉を再び焼き始める俺なのであった。

 

 ◇◇◇


 リリーの察知能力のおかげで大型ルベルビートルを二匹も狩れたし、ほくほく顔でリリーと共に帰路につく。

 彼女は「せっかくだから」とルベルビートルの甲殻を剥がしていたけど、彼女が持てる量にも限界があるので中型の盾くらいの大きさしか持ち運ぶことができないようだった。


 ルベルビートルの角以外に使い道なんてあるんだろうか? 盾として使うにも鉄の方が硬いし、甲殻は鉄より軽く、加工もし易そうだけど。

 でも、小柄な彼女には鉄より甲殻の鎧の方がよいのかもな。


 そんなこんなで、旅路も終わりを迎えようとしている。俺の目には遠くに街の入り口が映っていた。

 ずっと歩き通しなのに、リリーは特に疲れた様子がない。こういうところからでも彼女が一流の冒険者なのだなあと思う。

 横をてくてく歩く彼女をチラリと見やり、また前を向く。


「……覗き魔」

「いやいや、顔を見ただけだろうに」

「……こんなところで欲情……」

「全くこれっぽっちも微塵たりとも! 人間の俺から見たらリリーは幼い少女だからなあ。愛らしいとは思うけど、欲情は無い」

「……たらし……」

「だああ、もう。ほら、門番が手をあげているぞ」


 リリーの手を引き、門番へ向け手を振る。

 俺の動きに合わせて、彼女も遠慮がちに顔をあげちょこんと手の平を門番へ向けた。

 

「よおっし、リリー、競争だ」

「……子供……」

「えええ。いいじゃないか、たまには。こう無邪気な笑顔ってのもいいもんだぞ」


 リリーの返事を待たずににかーっと笑いかけ、彼女の手を握ったまま走り出す。

 「仕方ないなあ」とばかりに眉尻を下げるリリーだったが、嫌がる素振りもなく俺の速度についてきた。

 それどころか――、

 

「……遅い」


 なんて冷たい目線を俺に向け、前に出て俺の手をぐいぐいと引っ張ってくる。


「ぬおおお。負けるもんかー」

「……遅い」


 ぐ、ぐうう。

 俺がついてこれないでいたら、彼女は俺から手を離しどんどん先へと駆けていく。

 大荷物さえなければ、余裕で追いつける……はず。

 鱗やらを無理無理詰め込んできたから重いったらなんの。

 

「はあはあ……」

「……まだまだ修行が足りない」


 門の柱に手をつき、肩で息をする俺へリリーが追い打ちをかけてくる。

 な、なんてえ塩対応なんだ。

 でも、ま、今にはじまったことじゃあないから、気にしないけどさ。言葉遣いはあれだけど、これが彼女なりに精一杯のコミュニケーションの取り方なんだろうって今なら分かる。

 

「大丈夫か。兄ちゃん」


 門番のおじさんがポンと俺の肩を叩く。

 

「はい。ちょっと全力疾走し過ぎました。ははは」

「あいよ。アマランタの街へようこそ。兄ちゃんもお嬢ちゃんも街のもんだよな。無事でなによりだ」


 陽気な門番は、行った行ったとひらひらと手を振る。

 俺の住む街は門番こそいるが、街に入るための通行料なんてものは必要ない。

 

「ふう」


 息も整ってきたし、行くとするか。


「ありがとうな。リリー。じゃあ」

「……うん」


 親指を立てにまーっと口角をあげ、体の向きを変える。

 

「……楽しかった……ありがとう」

「ん?」

「……覗き魔、はやく行く」

「お、おう」


 何か言われたような気がして立ち止まったら、後ろから背中をぽかぽか叩かれてしまった。

 最後までブレないなあ。リリーは。

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