第27話 きたきたー

「……終わった……覗き魔」

「いや、覗いてないだろ!」


 後ろからリリーの声が聞こえたが、俺は彼女から背を向けあぐらをかいた状態のまま返事をする。

 俺の態度が気にくわなかったのかリリーが俺の前に回り込み腕を組む。

 ぶすーっと頬を膨らました彼女の姿は年相応の幼女のようだ。

 彼女はもちろんもう裸ではなく、しっかり帯も締めているし、チラリの隙間もない。

 

「……男が好き?」

「どこをどうやったらその発想になるんだ! 契約ってやつも終わったんだよな?」

「……うん」

「それじゃあ、俺はこれで」

「……どこ行くの?」

「森林に入ってアラクネーを狩りに行こうと思ってさ」

「……一人で?」

「一人じゃないさ」


 両肩に乗る赤と紫のスライムをちょんちょんと順番につっつく。

 スライムたちはぷるぷると震え、上部をとんがらせてやる気を見せた。

 

「……見せて」

「お、おい」


 リリーが脇に置いた俺の背負子に固定した大型の麻袋に手をかけ、結んだ紐をほどく。

 じーっと麻袋の中身を覗き込んだ彼女は、俺の二の腕をつんつんと突っいた。

 

「……これ」

「ん、スワンプドラゴンの鱗か? 欲しいの?」

「……報酬。リリーが力になる」

「ついてきてくれるのか?」


 コクコクと頷きを返すリリー。

 彼女がついてきてくれるなら心強い。森はエルフの領域だ。

 大型ルベルビートル捜索の際にも彼女が発見してくれたんだよな。

 ん、ルベルビートル。


「……どうしたの?」

「ルベルビートル、ルベルビートルか、そうだそうだ」

「……元から少しおかしかったけど、ついに……」

「ッハ! ルベルビートルも森林に棲息していたよな。ついでに、狩ろう」

「……鱗三枚」

「もちろんさ。ははは! 五枚でもいいぞお」


 よおし、そうと決まればすぐ行こう。いざ森林へ。

 

「……そのまま行くの?」

「もちろんさ。ルベルビートルが俺を待っている」

「……アラクネーSランク」

「ええー。あの毒々しい紫色の蜘蛛がSなのか。あれよりはスワンプドラゴンの方が強そうだけどな」

「……沼ワニはAランク」

「リリーもついているんだ。大蜘蛛なんて問題ない」


 ぽんぽんとリリーの肩を叩き、背負子を担ぐ。

 

 ◇◇◇

 

 道すがらリリーに精霊と契約について聞くことができた。いや、聞かされた。

 彼女は精霊使いで、いろんな精霊と契約して力を行使する。

 精霊と術者は相性があって、相性がいい精霊となら小さな魔力で大きな効果を発揮できるとのこと。相性が合わないと、契約できないこともあるという。

 精霊と一度友好関係を結んだからといって、その契約がずっと有効ってわけじゃないそうだ。

 ここが精霊使いの辛いところで、定期的に精霊の「ご機嫌取り」に来なきゃいけない。精霊の集まる場所はこの世界にいくつもあるけど、火や鉱石といった一部の精霊を例外として多くは人里離れたところを好むんだって。

 リリーが泉で契約したのは、水の精霊らしい。俺のように精霊と縁のない者が来ると精霊がビックリして隠れちゃうから、彼女が不機嫌だったってわけだ。

 いやでも、あの綿毛みたいなのが水の精霊なのか? だったら、俺、たぶん嫌われてなかったと思うんだよなあ。

 ま、いいや。

 精霊とは縁がないからな。ははは。

 

 この日は森林に入り、ベースキャンプまで来たところで休むことにした。

 少し前に来たばっかりなのに懐かしな。ここ。

 リリーともこの地で出会ったんだっけ。

 

 このベースキャンプは森林の浅層と深層のちょうど狭間に位置する。

 深層に向かう冒険者にとって、ここはとても使いやすい。一方で浅層で狩りをする人はここまで来ない。

 浅層だったらわざわざ深い位置までいかなくても、森林から出て街道沿い辺りでキャンプすればいいからな。

 そちらの方がベースキャンプより余程安全だ。


 広場に残されたままの炉をそのまま利用し、中に燃焼石を突っ込み、掘っ立て小屋の中にあった大き目の鉄板をとってくる。


「リリー。付き合ってくれてありがとう。今日は俺が夕食をご馳走するよ」

「……いらない」

「え?」

「……いらない」

「肉を食べないとか?」

 

 ワニ……じゃないスワンプドラゴンのステーキをご馳走しようと思ったのに。

 

「……食べる。自分でやる」

「え、焼くだけだし誰でもできることだからさ」

「……焼くだけならご馳走になる」

「おっけ」


 何が気に入らなかったのか分からないけど、焼くだけだったら食べるんだとさ。

 塩に少し値が張るコショウだろ、それとお、やっぱりこれだ。

 ガシ――。

 トンガラシの入った包み紙を手にした腕を彼女に掴まれた。


「匂い消しだよ」

「……いらない」

「おいしいよ?」


 だ、ダメだ。目が本気過ぎる。

 仕方ない。リリーには塩コショウだけにしておこう。

 

 っつ。

 

「リリー」

「……うん」


 彼女も気が付いたようだな。このゾクゾクする気配に。

 じっと息を潜め、気配の様子を探る。

 俺もリリーも指先一つ動かさぬよう最大限の注意を払いながら。


 パチパチと肉の焼ける音が嫌に大きく聞こえてくる。


 しっかし、このパターンが多くないか?

 モンスターを倒した後、食事中、ほっと一息ついたところで新たな襲撃がある。

 でも、考えてみれば当然か。狩りをする側からしたら、獲物が油断しているときこそ好機だものな。

 

 待ち構えているのは性に合わない。

 こっちから動かせてもらうぞ。

 

「赤。ヘイトを稼げ」


 赤スライムが俺の肩からぴょこんと飛び降り、ぷくーっと膨らむ。


『ばー』


 ガサガサ。

 途端に茂みからライオンのようなモンスターが姿を現した。

 体躯はおよそ4メートル。たてがみを持つ雄ライオンとヤギの頭を持ち、尻尾が緑色の鱗に覆われた大蛇。

 こいつは鑑定しなくても分かる。

 キマイラだ。

 三つの頭脳を持つモンスターといわれていて、中級冒険者殺しとして名を馳せている。

 中級冒険者が苦戦する理由はキマイラの手数の多さが最も大きな要因だろう。ブレスを吐きながら、魔法を唱えつつ、大蛇の毒液で攻撃してきたりと、こいつは手数が多い。


「リリー。あいつの素材は必要か?」

「……少し待って……」

「分かった。紫。麻痺フィールドを」


 今度は紫スライムが俺の肩に乗ったまま膨らみ、開いた穴から気の抜ける鳴き声を出す。

 

『ぬばー』


 ビリビリとした紫電が鞭のように奔り、キマイラに纏わりつく。

 キマイラは必死で抵抗しようとするものの、すぐに動きを止めた。

 よっし、麻痺が利いたようだな。

 

「リリー」

「……来る」


 彼女の言葉が終わるか終わらないかのところで、俺にも察知できた。

 なるほど。彼女が「待て」と言ったのはこいつがくることに気が付いたからか。

 

「赤!」


 気が付いた時にはもう叫んでいた。

 赤スライムに声をかけたものの、命令をしていなかったからかぴょーんと赤スライムが俺の肩の上へ戻ってくる。

 

 その瞬間、紫色の糸が樹上から飛んできてキマイラに絡みつく!

 あれほどの巨体が宙に浮き、樹上に吸い込まれて行った。

 

 ぐっちゃぐっちゃとキマイラが潰れる音なのか捕食される音なのか不明だが、怖気を誘う音が耳に届く。

 

「……アラクネー」

「やっぱりそうか」


 リリーの呟きに俺も合点がいった。

 あの特徴的な紫色の糸はやはりアラクネーだったらしい。

 

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