第26話 ひゅんとした
ぬ、ぬおお。
鱗の回収に熱中していたら、何かねっとりしたものが腰に巻き付いてきた。
そのまま、体が宙に浮き、胸から下が何か生暖かいものに包まれてしまう。
見下ろすと、黄金の皮膚を持つぬめぬめした巨大カエルの口の中に俺が収まっていた。
黄金の皮膚に、4メートルを超えるガマガエルとくれば、カイザーフロッグで間違いない。
腕を組み、うむうむと頷く。
「ああああ。カエルさんの中あったかいれすうう」
変なことを呟いてしまった。
仕方ないだろ。カエルにパックンされた時の様式美ってやつだ。
しかし、それそろ出ないと消化されてしまう。
その時、肩に乗っかった紫スライムがぷくううっと膨らむ。
『うばー』
紫スライムから紫電が迸ったかと思うと、巨大カエルがずでーんと仰向けに傾き始めた。
「お、落ちるうう」
ずでーんと巨大カエルが腹を出した状態で地面に転がり、手足がピクピクと震えている。
一方で俺はズルズルとカエルの口から這い出し、一息つく。
うわあ。べっとべとで、強烈に生臭い。
このカエル、見た目こそ黄金に輝くゴージャスなものなのだが、中身はやはりカエルである。
「この臭い、どうやって落としてくれようか……」
こめかみをヒクヒクさせ渋面を作るが、猛烈な臭いで鼻がヒクヒクに変わってしまったよ。
ち、ちくしょう。いつもはガードしてくれるスライムたちなのに、なんでこういう時に限って動いてくれないんだ。
予想はつく。飲み込まれたとしても、すぐに命に関わることがないからだろうな。
スライムたちからすれば、俺がカエルで遊んでいるとでも思われたのかもしれない。
だけど、しばらく俺がカエルの口から出てこないとなると、こうして助け出してくれる。
「仕方ない。このままこいつの皮膚を剥ぐか……」
幸いというか何というか、襲ってきたカエルは探していたカイザーフロッグだった。
未だベースキャンプまで至っていないけど、目的のモンスターを狩ることができた……ちょっとこう納得いかない部分があるけど……。
◇◇◇
カイザーフロッグの皮膚とスワンプドラゴンの鱗を回収した後、残すアラクネーの糸をゲットするため、森林に向かう事にした。
腐海まで戻ったが、ここはまだ氷の世界だったので、迂回し湿地帯に入る。
森林に向かうまでにちょうどいい湖はないかなーっと探していたら、おあつれえむきのちょうどいい泉を発見したんだ。
新緑に囲まれた静かな場所にそれはあった。楕円形の泉で長いところで十五メートルくらいとそれほど広くはない。
中央に三角形の岩があり、向こう側が見えなくなっている。体を洗うついでにあの岩の上に登ってみようかな。
すっぽんぽんになって、わしゃわしゃと服を洗えるだけ洗い流し、近くの木の枝にかけ行水の準備を整える。
「よおおっし、行くぜー」
泉へどぼーんと飛び込む。
「冷たい!」
俺に付き添うように赤スライムは俺の頭の上。紫スライムは水の上にプカプカ浮かんでいる。
「よおっし、行くぞー。あの岩に」
スライムに声をかけ、泳ごうとしたが地面に足が届くことに気が付き、そのまま歩いて三角形の岩まで進む。
水の深さはだいたい俺の胸辺りってところかな。
では、失礼して……よっこいせっと岩の上に登り、岩の上で仁王立ちして万歳のポーズを取った。
そこへ、ふよふよと綿毛のようなものが纏わりついてくる。
野球ボールほどの白い毛玉で、なんとも不思議な生物だな。害意はない様子で、宙に浮かび揺らいでいる。
その時、俺に向け幼い女の子の声が聞こえたんだ。
嫌な予感がしつつも、声の方向へ目を向けたらとんでもなく憮然とした顔の幼女エルフことリリーが腕を組んで立っていた。
「……汚いものをしまって……」
「きゃー」
な、なんでよりによってリリーがこんなところに。
ついついお約束の悲鳴をあげてしまったじゃないか。
「……はやく……」
「早くって言われてもだな。そこに服が干してあるだろ」
リリーがぶすーっとした顔のまま、木の枝にかけてあった俺の服の元へてくてくと歩いていく。
おもむろにしゃがみ込み、地面に細長い枝を掴む。
そして、彼女は俺の服を枝で突き刺し……。
「待てええ。放り込むなよ。泉の中に」
「……確かに……」
「おお、分かってくれたらいいんだ。元に戻してくれ」
「……水が穢れる……」
なんちゅう失礼なことを言いやがるんだ。
これ以上問答をしていても仕方ない。まだ水浴びをしたかったが、出るとするか。
「……飛んで」
「無茶言うな!」
岩から降りようとしたら、足先が水に触れる前にリリーが釘をさしてきた。
「……ジャンプ」
言い方を変えただけで意味は同じじゃないかよ。
「だああ。もう、分かったよ。紫、頼む」
『ぬばー』
紫スライムの気の抜けた鳴き声と共に、俺の体が青色のオーラで包まれる。
よっと。
一息に跳躍し、泉のほとりに降り立った。
「これでいいんだろ?」
「……見せつけないで……気持ち悪い」
自慢気に腰に両手を当てるんじゃあなかった。確かにこいつは丸見えだな、うん。
日本だとお縄になっていてもおかしくない。
だけど、おかしくねえか? 俺は覗かれた方なのにどうしてこう扱いが雑なんだ?
「……はやく、しまって」
「いや、服がまだびしょびしょじゃない? リリーが服の予備を持っているわけじゃないだろ?」
両手を開き熱弁するが、リリーはフランス人形のような丸いお目目を思いっきり細め、黄色いマジックスタッフを俺の股間に向けた。
ま、まさか。
「や、やめよう。な。話せば分かる。人類みな友達」
「……火と風の精霊よ。この者の服を乾かせ……」
ひゅんと俺の股間をドライヤーのような熱風が吹き抜け、何故かリリーの後ろの木の枝にかけてあった俺の衣類を乾かす。
「ひゅんはないだろ、ひゅんは。こう、ひゅんときたぞ」
「……ねじ切る……」
「分かった。分かった。すぐ着ます。すぐ服を着るから。その物騒な黄色いのを下げよう、な」
「……早く」
何だよもう。
そこまで俺の裸体が見苦しかったのか。酷い状況だと自分でも思うけど、ねじ切るのはよして欲しい。
◇◇◇
服を着た。
リリーはまだぶすーっとしている。
「それでリリーは何をしにここへ?」
この嫌な空気を払拭すべく、彼女に尋ねてみた。
ところが、彼女の表情が変わるどころかますます不機嫌さを増してしまう。
「……精霊……」
「精霊と遊ぶためにここへ? さっきの綿毛みたいなのかな」
「……違う」
「違うのか。俺には精霊の姿が見えないのかなあ」
「……遊ぶじゃない。契約……」
そっちの違うかよ。彼女は言葉足らず過ぎて、意思疎通をするのが大変だ。
「俺は巨大カエルに呑まれてしまってさ。それで水洗いに来ただけだよ。用が済んだらすぐに行く」
「……分かった、場を荒していたわけではないの?」
「うん。たまたまここを通りがかっただけだって」
「……そう、ならいい……」
ようやく彼女の眉から力が抜けた。
ふう。良かった良かった。不幸な勘違いだったのだな。うんうん。
「リリー」
「……何?」
リリーは腰の帯に手をかけ、スルスルと外している。
彼女の服は着物のようになっているから、帯を外すと前がはだけるぞ。
「どうして帯を?」
「……契約……」
「俺いるんだけど」
「……嫌なら見なければいい……」
あかん。俺にはエルフっちゅうもんが分からん。
「周囲を警戒しておくよ。終わったら声をかけてくれ。後ろを向いておくから」
「……うん」
だから、後ろを向くと言っているだろうが。
脱ぐ手を止めろって。
彼女から背を向け、その場に座り込む俺の口からため息が漏れた。
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