第25話 次から次へと襲ってくる

 どうする? 赤スライムの灼熱のブレスで消し炭にしてしまうか。


「いや……」


 あのぶよぶよの殆どは水分なんだ。そいつが蒸発する時に発する悪臭といったら……気を失いそうになるほどだった。

 どうする?


「ん?」


 左肩に乗ったままだった紫スライムがぷにゅーんと上部を尖らせ俺の頬へぷにぷにを押し付けてくる。

 紫、紫か。

 いけるかもしれない。

 実のところ、紫スライムが一番できることが多い。その分、赤と青のような「超☆大破壊」スキルは持たせていないが……。

 

「紫。属性反転! 青。紫の支援後にブレスだ!」


 俺の指示を受けた紫スライムはぴょこんとその場で跳ね、体積が数倍に膨らむ。

 中央から縦に真っ二つに別れ、片方が赤スライムの上に乗っかった。

 

『ぬばー』


 赤スライムが膨らむに合わせて、上に乗る紫スライムの半身も膨張する。

 紫スライムの口がパカンと開き、黄金の砂のような霧を吐きだす。続いて赤スライムの口が開き、黄金の砂をすうううっと吸い込んで行く。


『ぐばー』


 赤スライムに開いた口から、青みがかった南極の氷のような色をしたブレスが噴き出す。

 左右を薙ぎ払うようにブレスが奔り、プレイグビーストごと一面の銀世界に変えてしまった。

 そろりと、腐海ことドロドロの沼の上へ足先を乗せてみると、カッチコッチに凍っている。

 

「よっし、今のうちに進もう」


 ズデーン!

 踏み出したはいいが、見事に滑り真後ろに転んでしまう。幸い頭の下に紫スライムが入り込んでくれたから、大事には至らなかった。

 ぷにぷにした感触が気持ちよいくらいだ。

 

「赤。俺の肩に戻って」


 ぴょこぴょこと二回小さく跳ねた赤スライムはぴょーんと飛び上がり俺の肩にストンと収まった。

 このまま進むと何度も転びそうだな。

 

 顔をあげ、左右を見渡す。

 腐った沼は長いところで二百メートルくらいか。間にあぜ道を挟んで前方と右左に連なっている。

 ところどころに葉っぱの無いねじれた木が立っていて、今にも崩れ落ちそうな様相だ。

 ここを抜けるには直線で1.5キロってところだな。緑の木々が見えているところが腐った湖沼の終点で間違いない。

 

「紫。おれに『アルティメット』をかけてくれ」

『ぬばー』


 赤スライムの全身から銀色のキラキラした鱗粉が舞い散り、俺の体に纏わりついてくる。

 鱗粉は銀色のオーラのように変質し、それに伴った俺の五感全てが冴えわたった。

 細かな空気の揺らぎまで感じ取れる。

 全能感――。一言で言えばそのような感覚といえばいいのか。

 まるで自分が「新世界の王」にでもなったかのような。今なら五百メートル先の砂粒の動きまで分かるほどだ。

 アルティメットの全能感は、自信の傲慢からくる油断を招くから余り好きじゃない。

 

 それに加え、強化されるのは五感だけじゃあないのだ。

 

「落ちないように張り付いておけよー」


 二匹に告げると、ぷるぷると震えて俺の頬にアタックしてきた。

 「何言ってんだ」って意味かな。こいつらが、振り落とされることもないか。

 

 右脚に力を込め、ぐぐぐっと踏み込む。

 一息で百メートルほど跳躍し、凍った枯れ木の枝を踏みつけた。

 ガラガラと凍ったままの枝が崩れてしまうが、それより早く、次の枯れ木へ飛び移る。

 

「ほいさ、ほいっと。これで最後ー」


 凍った木の幹を足場に両足で踏み込み、力一杯前へ体を乗り出した。

 と、飛び過ぎだ!

 三百メートルくらい跳躍してしまい、繁った緑の葉っぱへ飛び込んでしまう。

 バサバサー、ドサリ。

 そして、ちょうどアルティメットの効果が切れ、情けなく枝から地面に落ちた。

 

「ふう。抜けたか」


 新緑の大地に座り込み、ふうと息を吐く。

 その時、赤スライムの先が尖り、俺の膝の上でぴょこぴょこと跳ね始めた。

 一方で紫スライムはぴょんぴょんと俺の周囲を回る。

 

「何か来たのか……まったく次から次へと。少しは休ませてくれよ」


 そうも言っていられないか。

 ゆっくりと立ち上がり、周囲に聞き耳を立てる。

 

 ガサガサと左斜め前方から草を分ける音が聞こえた。

 太い幹と長い雑草に阻まれて姿は見えないが、あの場所にいる。

 足音から察するに、四足以上の脚を持つ生き物だな。

 となれば……スワンプドラゴンの確率も高い。

 さっきのプレイグビーストのようにコチコチに凍らせてしまえば、労せず始末できる。だけど、凍らしてしまうと、せっかくの鱗が粉々になる可能性が高い。

 倒すのなら氷を砕いちゃうからなあ。スライムが。

 あ、凍らせた後、放置したら自然に解凍できないか?

 ダメだ。何時間かかるか分からん。

 ウィップで首を焼き切るのが一番損傷が少なそうだな。

 

「ん?」


 紫スライムがにょーんと横に伸び自己主張している。

 「俺に任せろ」とでも言うように。

 

『シャアアアアア!』


 うお。もたもたしていたら、茂みからワニのような頭が姿を現しこちらを威嚇するように吠える。

 まるで蛇の威嚇音にも似たこの音は、やたらと鼓膜を揺さぶる不快なことこの上ないモノだった。

 ワニ頭は息つく暇もなく、一息にこちらへ突進してくる。

 やっぱりスワンプドラゴンだったか。

 頭こそワニに近いが、体躯はカバに似る。鉄より硬いと言われる灰色の泥で汚れた鱗が全身を覆い、脚が六本生えていた。

 トカゲのような尻尾は太く短い。それでも尻尾の先までの全長は9メートル近くある超巨体だ。

 

 っち。何ら準備をしていない。

 緊急事態を察知した赤スライムが俺の指示を待たず、ぴょーんと肩から飛び降りスワンプドラゴンの前に立ちふさがる。

 

『ばー』 

 

 赤スライムはぷくーっと膨れ、気の抜けた鳴き声を出した。

 俺とスワンプドラゴンの間に立ちふさがった形になっているから、スワンプドラゴンのヘイトを引いても奴の進路は変わらない。

 そのままの勢いで俺へ突進してくる!

 ぴょこーん。

 ところが、飛び上がった赤スライムがワニの頭を下からアッパーの要領でぶち当たる。

 

「ま、まじかよ……」


 ドシーンと派手な音を立てて、宙をまったスワンプドラゴンが背中から地面へ叩きつけられた。

 お、おっと。茫然としている場合じゃない。今のチャンスを活かさねば。

 

「紫。フィジカルアップを」

『ぬばー』


 俺の体から赤いオーラが噴き出し、内側から力が溢れだしてくる。

 すーはー。

 大きく深呼吸をしつつ、肩を回す。

 スラリと腰へ横向きに装着していた手斧を抜き放ち――。

 

「きぃえええええ!」


 スワンプドラゴンの脳天へ向け振り下ろす。

 スパーンとスワンプドラゴンの頭が真っ二つになり、無事仕留めることに成功した。

 

「紫の麻痺攻撃が利くかどうかって思っていたところで、思いもしない展開に……」


 ぴょーんと肩に飛び乗った赤スライムに対し、背中に冷たいモノが走る。

 

「あ、鱗の回収しなきゃ」


 剥ぎ取りナイフを抜き放ち、スワンプドラゴンの鱗を回収する俺であった。

 探す手間が省けてラッキーだったと思うことにしよう。

 スライムのとんでもパワーは見なかったことに……できるかああ!

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