第24話 やってまいりました悪夢の湿地帯
翌日も大盛況で、初日に来てくれたお客さんからの口コミで更なるお客さんが訪れる。
まさか一日や二日でここまでになるとは俺も萃香も予想してなくて、お客さんを必死でさばいていたら一日が終わってしまったほど。
それでも本日は商品を錬金する必要がないので、お店を閉めた後、萃香と一緒に「酔いどれカモメ亭」へ繰り出すことにした。
「うーん。嬉しい悲鳴で贅沢な悩みだと分かってるんだけど……予想をはるかに超える大反響となったら、それはそれで問題が出てくるよなあ」
「まだまだ商品開発をしたいところ、よね」
ムール貝ににた貝をフォークでつっつきながら、うーんと首を捻る。
萃香は俺ほど悩んだ様子を見せず、パンをスープに浸し「おいしい」と呟いていた。
「一日の販売量をしばらくの間決めるとか。でもなあ、せっかく繁盛してきたところで、お店を開けることができませんってのは」
「そこは悩むところじゃないんじゃない? エメリコくん自身の生産量は別にして、お店にある商品を売っていく分には」
「でも、昼間は接客で夜に錬金術……素材も、だからさ」
「そこは悩むところじゃないってばあ。エメリコくんは錬金術に集中できればいいんじゃないかな?」
「そうなると、お店を萃香一人ってことになるだろ」
「もう、エメリコくん、分かってて言っているんでしょ。あ、あああ。分かったぞお。わたしと一緒にいたいんだなあ。可愛い奴ー」
萃香が机に片手をつき、ちょんっともう一方の手で俺の鼻をつつく。
「そうじゃないって! あ、そういうことか」
「うん。お店スタッフは足りないなら一人雇えばいいだけでしょ」
「確かに」
「でも、今の売れ行きだったら、早めにお店を閉める、でもいいかも」
「商品量の問題があるからなあ」
「うん、そのうち売れ行きも落ち着いてくると思うの。今は目新しさで売れているだけじゃない? この後はリピーター獲得、新規顧客獲得にやっぱり新商品開発かなって!」
「だな。アイデアはまだまだ浮かびそうだし。現代日本強いわ、やっぱ」
「あはは。飽食の時代だもの。日本は。あの手この手で開発した商品がすぐに消えちゃう世の中だものね」
「怖い怖い……こっちはそれほどでもないからなー。でも新商品が無いと、とは思う」
「そんなわけで、エメリコくん」
「ん?」
「お店はわたし一人に任せたまえ」
「一人じゃさすがに」
「うん、だけど、エメリコくんにはエメリコくんにしかできないことをして欲しいの。だから、いい子がいたらお店に誘ってもいいかな?」
「もちろん。でも、俺もお店に立つからな!」
「もうー」
あははと笑いあったところで、タチアナがレモンジュースをテーブルにトントンと置く。
「大盛況らしいじゃないー」
「タチアナが宣伝してくれたからだよ」
「いやいやー。どういたしましてー」
悪びれずにノリがいいところが彼女のいいところだよな。
彼女は赤スライムをちょんちょんしてヒラヒラ―と手を振り、他の人の注文を取りに行った。
「じゃあ、明日は冒険者ギルドに顔を出すよ」
「うん! 仕入れだよね」
「そそ。ふわふわダスターの素材がもう無いし、他も残量が心元ないから」
「お店は任せて!」
「頼んだ」
男らしく拳をコツンと打ち付けあい、レモンジュースに口をつける俺たち。
あ、ちょっと酸っぱい……。
◇◇◇
えー、あれから二日が経ちました。
俺は今、街から出て……森林を迂回し湿地帯にいます。
湿地帯に……います。
というのはマグカップの蓋、ふわふわダスターの吸着素材、ウェットティッシュを入れるための筒に含まれる素材の三種が、冒険者ギルドで依頼ができなかったからだ。
三種を除く他の素材は安価なものだし、卸売り業者から仕入れることができるって冒険者ギルドの人が教えてくれた。
あああああ。来てしまいました。湿地帯に。
ここには数々のトラウマがある。翅の生えたオタマジャクシとか、超悪臭が漂うプレイグビーストというぶよぶよのモンスターとか……出会いたくない方々が盛りだくさんだ。
連れてきたスライムは赤と紫。青スライムは似た属性の敵が多いことから、店番を任せた。
もし萃香に身に何か起こったとしても、スライムがいれば安全だ。
むしろ、心配なのは何かしてきた方である。何度も言い聞かせたから、悪い人を溶かしてしまうことはないと思う。たぶん。
大丈夫。何事も起こらないさ。あの街はああ見えて、治安が中々良いからな。
まずは湿地帯にあるベースキャンプに向かうとするか。
ここも何事も無ければ景観に優れるいい場所なんだけどなあ……。ところどころに水たまりがあって、ハスの葉が浮かんでいたり、流れる水に小魚の群れ、水面に太陽の光が反射し緑がとても映える。
だけど、湿地帯の景色は移ろいやすい。いや、連続した景色が続いていないと言った方が正しいか。
合っていないパズルのピースを無理やりくっつけたみたいな。丘を越えるとブクブクとメタンガスが噴き出る腐った沼があったり、かと思えば、一面の真っ白な世界が広がっていたり……。
真っ白の正体は塩で、雨が降ったらそれはそれは幻想的な景色が拝めるんだ。地球にも似たようなところを写真で見たことがある。ウユニ塩湖だったかな?
湿地帯を訪れる人は少ないし、冒険者でさえ積極的に来ようとはしない。
わけのわからない地形が人を遠ざけている原因なのだろう。それでも、ベースキャンプがあるのはありがたい。
「先にアラクネーを倒しに行こうかな……」
樹齢1000年を超えようかという巨木の裏にはヘドロの海が広がっていた。
ヘドロを避け迂回して進むことはできる。細いあぜ道があるからだ……。だけど、進みたくない。進みたくないんだああ。
だって、直径五メートルはあろうかという巨大なぶよぶよが周りのヘドロをかきこむようにぬとーっと動いているんだもの……。
ぶよぶよはスライムに似た形をしているが、時折雷が奔ったように発光し怖気を誘う。
目や口は無く、生きている限り周囲の物を取り込み成長していく。
こいつは俺のトラウマ生物「プレイグビースト」に他ならない。ビーストって名前なんだから、獣だと思うだろう? そうじゃないんだ。ぶよぶよで耐えきれない悪臭を放つとんでもないモンスターなんだよ!
「うわあ……」
ぼこぼことヘドロから泡があがってきたかと思うと、追加でぶよぶよが二体出現した。
サイズは六メートと三メートル……。
「だめだ。やっぱり先に森林へ行こう。蜘蛛だ蜘蛛を倒すんだ」
足りない素材は三つ。
ふわふわダスターの吸着剤に必要なアラクネーの糸。フィルム素材用のカイザーフロッグの皮膚。ゴムに似た素材を作成するためにスワンプドラゴンの鱗。
この三種のうち、二種までは湿地帯に棲息しているモンスターなんだ。
だけど、森林にいるアラクネーという蜘蛛型モンスターだって倒さなきゃいけない相手である。
湿地帯から戻る際に森林へ寄り道しようと思たったけど、ここで泥だらけになることを考慮すると……先に森林の方がいいだろう。
『ばー』
ちょ、ちょおおっとおお。
余りに俺が動揺したからか、主人のピンチと勘違いした赤スライムがぴょこんと俺の肩から飛び降り「ヘイトを集めて」しまった。
「あああああ。三体まとめてこっちに来るううう!」
叫んでも、もう遅い。
のっしのっしとヘドロを取り込むようにして三体のプレイグビーストが光に誘われる虫のように赤スライムへ誘導されていく……。
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