第23話 えちえち
「あひゃひゃ。次だ次―」
無心で次から次へと合成、調合を繰り返していたら何だか楽しくなってきた。
あ、もうふわふわダスター用の素材が……無い。
「うはあ。やり過ぎたか」
「ただいまー」
タラりと冷や汗を流した時、鈴の鳴るような声が耳に届く。どうやら萃香が帰宅した模様。
あ、モミジ。そこに乗ったらダメだああ。
赤と青もふわふわダスターの山へぴょーんと飛び込み、店舗の方へ跳ねて行く。
ドシャーン。
派手な音と共に、ふわふわダスターの山が崩れ落ち、雪崩のように店舗側へ。
「きゃ!」
「すまん。萃香。作り過ぎた」
「こんな短時間でたくさん作れるんだ。すごいね、エメリコくん」
「置き場所がないくらいになってしまった……」
ふわふわダスターの山をかきわけ、萃香が首だけを伸ばしダイニングキッチンを覗き込む。
いやあ、雪崩になった分だけじゃなく、部屋を埋め尽くすほどになっているんだよねえ。
「こ、これ全部、ふわふわダスターなの?」
「いや、底の方にウェットティッシュと散水キューブが埋まっているはず」
「マグカップも?」
「そっちは割れ物だからまだ作ってないんだよ、でもほら、もうスペースが」
「大丈夫だよ! 何とかなるって!」
萃香が部屋に入ってきたら、彼女の動きに合わせてガラガラとふわふわダスターの海が動く。
にこやかに腕まくりした彼女は、ぽんと自分の二の腕を叩いた。
彼女の腕は折れそうなほど細くて、きめ細かな肌に少しドキリとする。
ぐるりと首を回した彼女は、「よし!」と気合を入れ両腕一杯にふわふわダスターを抱え上げた。
「それ、どこに?」
立ち上がった萃香を呼び止める。
すると彼女は「んー」と顎をあげ口を開く。
「二階かなー。ちょうどいいカゴとか軒下にあったかも」
「あ、あれか、いや、それならいっそ作っちゃおう」
「すぐできるの?」
「うん、合成と調合は思い描いたイメージを形にできる。そのふわふわダスターだってそうだろ」
「確かに! 魔法ってすごいね。わたしも覚えたいなあ」
「時間がかかるかもしれないけど、適性が無くとも初級ならどの系統でも覚えることができる、と聞く」
「そうなんだ。エメリコくんと違う系統の術を覚えたいかな!」
俺と同じ錬金術をと言うかと思ったら、意外にも彼女は違う系統をって。
「んじゃ、とりあえず二階へ行こうか」
俺は俺でふわふわダスターを持てるだけ持って立ち上がった。
「魔法? 術? のことはリリーさんやエルナンさんに相談するのはどう?」
「いいんじゃないかな。エルナンは知識だけになるかもだけどいろんな系統のことを知っているだろうし、リリーはあれでもSクラスだから」
「エメリコくんと違うことができたら、わたしもエメリコくんの力になれるかなって思っているの!」
「そういうことかー」
階段を登りながら会話していたから、ふわふわダスターを一つ落としてしまう。
しかし、赤スライムが一階からあがって来て、自分の体の上にふわふわダスターを乗せ俺の後ろをついてくる。
「赤い子ちゃん、器用に運ぶんだねー! 可愛い!」
「萃香、前、前!」
「きゃ!」
言わんこっちゃねええ。
足を踏み外した萃香が綺麗な弧を描き宙を舞う。
ぬ、ぬおお。受け止めねば!
ふわふわダスターを放り出し、彼女をキャッチする。
が、足を動かしたのがいけなかった。足元にいた赤スライムをぐにーっと踏みつけてしまい、彼女を受け止めた後ろ向きの力を踏ん張れずに俺も階段から足が離れる。
ドシーン。
派手な音を立てたが、背中が全く痛くない。
むにむにした感触が背中にある。どうやらスライムたちが俺の下敷きになってくれたらしい。
「ありがとう。赤、青、紫」
腰をあげると、すぐに三匹が俺と萃香の肩に乗ってくる。
萃香は俺が後ろから抱きしめたような姿勢ながらも、無事な様子。
「エメリコくん、何だかこの姿勢、少し恥ずかしい」
「ご、ごめん。すぐ手を離す」
「う、ううん。ちょっとだけ、このままでもいい?」
萃香が俺の手の甲を指先で撫でる。
「萃香。焦らなくたっていいんだ。ゆっくり、この世界に慣れて行こうよ」
「わたし、焦ってなんかいないよ」
ぎゅっと俺の腕を胸に抱き、萃香は顔だけをこちらに向けた。
憂いを帯びた彼女の長い睫毛に自然と俺の視線がいってしまう。
「エメリコくんがいてくれるから、キミが拾ってくれたから、今は寂しさより楽しさが勝っているの」
萃香が腕に力を込める。
どれだけ不安だったんだろう。帰れないことに絶望もあっただろう。彼女は強い。
見知らぬ異世界で哀しい顔なんて見せずにやれているんだから。
じっと彼女の様子を眺めていたら、堰が切ったように彼女が喋り出す。
「キミが世界を見せてくれたから、やりたいこと、目標を持つことができたの。だから、うまく言えないけど……楽しいよ?」
「うん! だな」
「あれ、エメリコくん、顔が赤いぞー。あ、そっか」
パッと萃香が抱きしめた俺の腕を離す。
自分のしたことに気が付いたのか、彼女の頬が真っ赤になってしまう。
「あ、いや」
「そっちじゃなくてだな」という前に彼女が言葉を重ねる。
「えっち……わたしが真剣なことをお話ししているのに」
「あ、あはは」
「感触を楽しんでいたのね」
「楽しむもなにも、萃香って、いや何でもない」
「こらー!」
だってええ。ぺったんこすぎて感触も何もなかったんだものおお。
スライムの方がぷにぷにしているぞ。
立ち上がろうとした彼女だったが、腰をあげただけですぐに元の体勢に戻る。
そこ、俺の膝の上のまんまなんだけど、いいのか。
「ありがとうね。エメリコくん」
「いや、俺は別に。俺の方こそ、萃香と出会えて良かったって思っている。一緒に店を盛り上げて行こうぜ」
「うん!」
俺の手の甲へちゅっと口づけをした萃香は床に手をつき「よっ」という掛け声と共に立ちあがった。
「萃香?」
「聞かないでえ。お礼って頭に浮かんで無意識に」
両手を頭に当てぶんぶん首を振る萃香へこらえきれず大笑いしてしまう。
◇◇◇
「お、おおお。本当に片付いてしまった!」
「でしょでしょー」
屋根裏部屋と寝室の半分に全てのふわふわダスターが収まってしまった。
驚きだ。まさか全部収納できるなんて思ってもみなかったよ。
本来の収納スペースは消費していないし、この分だと他の商品を量産しても大丈夫そうだ。
「よっし、スペースができたところでウェットティッシュと散水キューブ、マグカップセットを作っちゃおうか」
「その前に一つお願いがあるの。タチアナさんのところでお鍋を見たきたのよ」
「おお。サイズを測ってきてくれたんだな」
「うん!」
「じゃあ、先に鍋の蓋から作るとしますかー」
そんなこんなで商品を作っていたら、気が付くと深夜になっていた。
そこで問題が発生する。
屋根裏部屋も寝室の床も在庫で潰してしまったので、寝る場所がない。
「どうしたの? エメリコくん」
ベッドの上に腰かけた萃香がこてんと首をかしげる。
「どこで寝ようかなあと思ってさ。あ、店舗の床が空いているか」
「一緒でもいいよ? いつもベッドを借りちゃっているし」
「いやいやそれだと、狭いだろ。そのベッドはシングルだからさ」
ゆっくり休まねば次の日を快適に過ごせないというのが俺の持論だ。
幸い屋根裏部屋にふわふわダスターを突っ込む前に寝具は引っ張り出していたから問題ない。
「おやすみ!」
言い捨てるように彼女に告げ、つかつかと階段のところまできたところで後ろから萃香の呟く声が聞こえた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます