第22話 思わぬ大盛況
ウーゴたちが来店した後、やはりお客さんは来ずだった。
彼らの来店で少し遅くなってしまったこともあり、昼ご飯の買い出しをして軽く宣伝をするに留めることにしたんだ。
萃香に店番を任せ、露天へ繰り出す。
くだもの屋、お気に入りのトンガラシ店、肉串がうまい露天で購入しつつ、ビラとサンプル商品を渡していく。
サンプルはウェットティッシュかふわふわダスターのどちらかを渡す。
どちらもどの店でも使う場面があるだろうから。
帰りがけに一つ目に付く店があったので、思わず立ち止まってしまう。
その店は露天ではなく、店舗で店頭に商品を並べる珍しいお店だった。
鉢に植えた色とりどりの植物が店頭に並び、店の中も同じような鉢が置いてあるのが見える。
「なるほど。観葉植物だから、店先に置いてもなんだな。小さな観葉植物は店内に、大きなものは店先か」
この店の前をいつも通っているはずなんだけど、気にも止めていなかった。
よっし、寄ってみるか。
「すいませーん」
「いらっしゃいませ!」
俺の胸辺りくらいまでの妙齢の女性が声を張り上げる。
奥には気難しそうな長い髭を蓄えた男が椅子に座っているのが見えた。
二人とも耳がピンと尖っていて、人間ではないことが分かる。
人間に比べ低い身長、男の筋骨隆々さと長い髭から察しがついた。
彼らはドワーフの夫妻で間違いない。
「こんにちは。俺、お店やってまして、店内を彩るにオススメの観葉植物ってどんなのがありますか?」
せっかくだからとドワーフの女性に尋ねると、彼女は「そうねえ」と呟き左右に目をやる。
「これなんてどうかしら?」
「お、おお。綺麗なオレンジ色ですね。これはお店で映える」
なんていう植物なのか名前は分からないけど、イチョウのような葉をもつ一メートルほどの観葉植物に目を奪われた。
イチョウは黄色に紅葉するけど、こちらは素の状態で鮮やかなオレンジ色をしている。
「お客さんの連れている赤いスライムと色を揃えて……って思ったんだけど、赤色は今在庫がなくて」
「そうだったんですか。この色、気に入りました! これください。あ、あと、これ、うちの店で取り扱っている商品のサンプルなんですが」
おずおずと、コバルトブルーのキューブとビラを彼女へ手渡す。
キューブは一辺が三センチほどと小さなものだ。
「これは、何かしら? 初めて見るわ」
「それは散水キューブといって、魔力を通すと半日ほど、水が出ます」
「へえ。試してみていいかしら?」
「はい」
ドワーフの女性がコバルトブルーの散水キューブを手のひらに乗せる。
すると、ぶわっと霧吹きのように水が吹きあがり、二秒ほど後、また霧吹きのような水があがった。
「へええ。これはいいね。お客さんのお店で……『ルシオ錬金術店』ですか。後で買いに行かせてもらうわね」
「ありがとうございます! 是非、お越しください。おまけもいたしますので」
ビラにはもちろん、サンプル商品の価格と説明を載せている。
散水キューブは一個2ゴルダとお手軽価格のはず。彼女が買いに行くといったのが、価格が妥当だったことの後押しになる。
観葉植物を抱え、昼ご飯も持って……と結構な荷物になってしまったが、俺の心は軽やかそのものだった。
いやあ、宣伝をしたらみんないい反応してくれてさ。
なんかこう、お店の明るい未来が見えたようで嬉しくなってきた。
◇◇◇
「え、え……」
「エメリコくん、お帰りなさいー。さっそくだけど手伝ってええー」
「あ、うん。いらっしゃいませ!」
お店に戻ると、10名以上のお客さんがいて何が起こったのか茫然とする間もなく、接客を始める。
「お、スライムのお兄さん! この前はありがとう!」
「あ、いえ」
「スタミナポーションまだあるかな?」
「はい。奥にまだ少しだけ在庫があります」
この人の顔は確か、この前千刃と戦った時にいた冒険者の一人だ。
ポーションの棚を見てみたら、通常の傷を癒すポーション以外は全て売り切れていた。
クイックポーションはリリーが買い占めしたんだけど……まあそれはともかく、パワープラスポーションまで売り切れとは。
バックヤードに向かいつつ、萃香に目配せすると彼女はグッと親指を突き出し笑顔を見せた。
彼女は彼女でレジと便利グッズを持つお客さんの相手をしてくれている。
スタミナポーションとついでにパワープラスポーションを持って店内に戻ったら、お次は萃香から「ふわふわダスターをありったけ」と声が飛んできた。
「ふわふわダスターも、なのか」
「うん、あ、ウェットティッシュとマグカップもありったけ持ってきて欲しいな」
「あいよ」
何だ、何がどうなってんだああ。
話をしている間にも新たなお客さんがやって来るし。
再びバックヤードから戻ると、お客さんがレジに並んでいた。
「お待たせしました! レジでお渡しいたしますので、ご希望の商品をおっしゃってください!」
なるほど。商品棚に並べるより、手渡ししたほうがこの場合早いな。
「ふわふわダスターを二本ください」
「はい。お買い上げありがとうございます」
俺が商品を渡し、萃香がお会計を行う。
「ウェットティッシュを二つください」
「はい!」
「タチアナちゃんにこの店の事を聞いてね、これ便利よねえ」
主婦らしき奥様が、お会計を済ませながらそんなことを言っていた。
そうか、タチアナがお店でさっそく宣伝してくれたんだな。
冒険者たちはウーゴたちが冒険者ギルドで、だろう。
みんなありがとう。
ようやくお客さんを捌ききる頃には夕方になっていた。
商品? 新しく開発した商品は全て売り切れで、もう在庫が一つもない。
嬉しい悲鳴だけど、まさか初日で全部売り切れるとは……明日から売る商品が無くなってしまった。
「悪いよ、エメリコくん。わたしもお店に残る」
作業机の前に座った俺に向け、立ったままの萃香が両手を振って主張する。
「ううん。お昼も食べられなかったし、俺は買ってきたものを食べるから。萃香だけでも行ってきてほしい」
「でも」
「タチアナの宣伝で大盛況だったんだからさ。お店に行くって言ったし、お礼を直接言って欲しいんだよ」
「分かった……。でも、明日は絶対、エメリコくんも一緒だからね!」
根負けした萃香が腰に手を当て、口を尖らせた。
彼女は肩に紫スライムを乗せ、タチアナの働くお店「酔いどれカモメ亭」へ向かう。
俺はほら、在庫の確保をしなきゃならないからな。
幸い、お昼用に買っておいた食べ物が二人分もある。これだけあったら食うに困らない。
さあて、作業開始だあああ。
つんつん。
そう気合を入れたところで、モミジが俺の脛へ顔を擦りつけ、赤と青のスライムが床でぴょんぴょん跳ね自己主張する。
「分かった分かった。先に食事にしような」
モミジの頭を撫で、彼らに餌をあげていなかったことを思い出した。
「ごめんな。お腹空いていただろうに」
赤と青スライムの上部へ手のひらを当て、苦笑いする。
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