第21話 次なるお客さん

 タチアナが去ってから、お昼前まで来客無しだった。

 ま、宣伝もしていないし、元々来客がほぼ無いルシオ錬金術店だったから、この流れは当然と言えば当然だろう。

 来客が殆どない上に店が開いているのが不定期だったものなあ。仕方ない。

 これから、お客さんを増やしていけばいいんだ。うん。

 

「それじゃあ、街に行って宣伝してくるよ」

「エメリコくん、そのことで一つ相談があるんだけど、いいかな」

「お、何か良い宣伝方法を思いついたり?」

「ううん。街のことはエメリコくんの方が詳しいから、行く場所はキミの案がベストだと思うよ。でも」

「でも?」

「わたしにも手伝わせてくれないかな。ほら、紫の子ちゃんがいれば大丈夫ってエメリコくんが」


 でもなあ。こっちにはスマホも無いし、迷子になっちゃうと探すのにかなり手間取る。

 彼女はまだここに来てから日が浅い。

 渋る俺を見た彼女が手のひらを口元にあて、したり顔をしている。


「何だ、突然……」

「エメリコくん、可愛いわたしが攫われちゃうとか心配してくれているの?」


 いや、全く。

 とは言えず、曖昧な笑みを返すと萃香が人差し指を俺の唇に寄せてきた。

 触れるか触れないかの距離で彼女の人差し指が左右に揺れる。

 

「大丈夫だよ! 紫の子ちゃんは強いんだよね?」

「うん。そこらの冒険者より余程強いかな」

「だったら、交代で行こうー。わたしは食料品街辺りに宣伝してこようかなって」


 ほお。食料品街って露天が立ち並ぶ市場のことだよな。そこなら、何度も行っているから迷う事はないか。


「よっし、じゃあ、まずは俺から行ってくる。お昼も買ってこようか?」

「この分だと、お料理はできそうだけど……うん、お昼の買い出し、任せたぞ! エメリコくん」


 萃香は警官のように額に手を当てもう一方の手でポンと俺の肩を叩く。


「なんだよ、それ」

 

 苦笑したところで、肩に乗る赤スライムがにょーんと伸び俺の頬をつっつく。

 お、来客か。

 

「よおー。店が開いていると聞いて、やってきたぞお!」

「お邪魔します」

「……これ……」


 痩身の矢筒を背負った男ことウーゴに法衣を着た僧侶のクリスティナ。後ろに隠れて手の先しか見えないけど、あの特徴的な喋り方はリリーだな。

 

「いらっしゃいませ!」


 パタパタと萃香が入口に向かい、ペコリとお辞儀をする。

 

「エメリコも隅に置けねえなあ。こんなかわいこちゃんと一緒だったとは」

「ルシオ錬金術店スタッフの萃香です」

「……これ……」


 何やらウーゴが呟いているが、萃香も萃香で真面目に相手をしている……ん?


「……これ……」

「あ、うん。クイックポーションが欲しいの?」

「……うん……」


 さっきから、「これ」だけを繰り返すリリーの小さな手には確かにクイックポーションが握られていた。

 これ、店頭にあったやつだな。


「ポーション類はそこの棚にあって、説明も記載されているんだけど、読まなく……」

 

 リリーがピッと指を立て、俺の言葉を遮ってくる。


「……鑑定した……」

「そ、そっか」

 

 カウンターの上に握っていたクイックポーションを乗せ、ポーション棚からクイックポーションをがさーっと抱え戻ってくるリリー。


「……これ……」

「全部買うの?」


 リリーがこくこくと頷く。

 

「あ、エメリコ。ここの説明にあるクイックポーションってのを欲しいんだが」


 遅れて萃香に案内されポーション類の説明文を読んだのだろうウーゴから依頼が。

 だけど、もう全て売れてしまったんだよなあ。

 

「すいません。リリーが先ほど全て」

「先を越されちまったか。じゃあ、俺はスタミナポーションを頂くか」

「はい。ありがとうございます!」


 スタミナポーションは雷獣の血から作成したもので、効果は名前のまんまである。

 飲むとどれだけ息があがっていても、元の状態に戻るという中々便利なポーションなんだよな。俺も次の冒険には持って行こうと思っている。


「スイカさん、スタッフを見せて頂きたいのですが」

「スタッフ……この前リリーさんが購入された棒と似たようなものでしょうか?」

「はい。それです。リリーさんからお聞きしまして、是非見せて頂きたいと」


 俺がポーションでてんやわんやしている時、萃香は萃香でクリスティナの接客をしてくれていた。

 店の入り口から右手の隅にいろんな枝やら合成した長物がまとめて筒に入っている。


「こ、これは……」


 クリスティナがよろりと倒れそうになったところを萃香が支えた。


「だ、大丈夫ですか? エメリコくん、何でも持って帰ってきちゃうって言ってましたので」

「品揃えに驚き過ぎて血の気が、申し訳ありません」


 クリスティナが改めてまじまじと枝類を中心に一本、一本丁寧にチェックしていく。

 何度も小さく声を出し、時折口に手を当て目を見開いたり表情がくるくる変化していく様は見ていてあきない。

 

「……むちゃくちゃだから……」

「ん?」

「……あそこにあるもの」

「そうだっけか。何でもかんでも棒状のものだったら放り込んでいたからな」


 リリーが憐れんだ目で俺を見つめ、はあとため息をついた。

 お、お子様にそんな目で見られるなんて、ちょっとへこむ。いや、彼女がお子様なのは見た目だけってことは重々承知しているけどね。

 

「これ、まさかここで出会えるとは。探していたのです!」

「綺麗な石ですよね」

「はい! この枝は新緑の森の奥深く、空気が澄んだ場所に自生するテオニアの枝です。こちらは同地域にある泉に住む生き物の結晶……合成されたのでしょうが、これだけの大きさにするには相当時間がかかったのでしゃ」


 水色に透き通る結晶石を眺めるクリスティナの視線は恋人に焦がれるようだった。

 でも、あれの素材、彼女が言うような聖なる生き物とは程遠かったぞ。

 オタマジャクシを大きくしたようなモンスターで、背中にトビウオのような羽が生えているんだ。そいつがさ、草むらから襲い掛かってくるんだぞ。

 怖気が走ったってなんの。雨上がりに一斉に襲ってきやがって……軽いトラウマである。

 

「あ、いや。もう二度とやりたくないな……それ」

 

 つい呟いてしまったら、クリスティナの耳に届いていたようで彼女がすぐに言葉を返してきた。


「それほどの苦労を……。それほどの物を買わせて頂いてもよろしいのでしょうか」

「うん。使わないし、悔しいから合成したら青い結晶石になっただけだもの」

「ありがとうございます! 値札がないのですが、金貨二枚まででしたら何とか……」

「いや、金貨一枚で」


 オタマジャクシは大して強いモンスターじゃなかったから。

 森の中でたまたま激しい雨が降って来てさ、木の洞でやり過ごし……その後で……あああああ。気持ち悪かったああ。

 

 感激しているクリスティナであったが、俺はトラウマを思い出し乾いた笑い声をあげていたのだった。

 

 ウーゴはウーゴで千刃に翅刃の毛を合成して投擲した時の飛距離を伸ばした一品を購入してくれたりして、なかなかの売上になったのだ。

 三人にはほんの感謝の意味を込めて、レッドポーションをプレゼントしておいた。

 

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