第20話 新装開店
「いよいよだね」
「うん。まあ、今日は商店街に宣伝へ行ったりした方がよさそうだ」
テオたちの協力があり、翌朝いよいよルシオ錬金術店が新装開店の日を迎えることができたのだ。
萃香と二人で作業台を囲み朝食を取りつつ、本日の動きについて確認することにした。
「お昼前まではお店で様子見して、お昼時で人が多くなってきた書店街に俺が、萃香はそのまま店番を」
「うん! ビラもいっぱい書いたものね」
「おうさ! 腱鞘炎になるかと思ったよ」
苦笑を浮かべお互いにクスクスと笑いあう。
さあ、ルシオ錬金術店開店だ!
萃香の勧めで、店の入り口ドアは開けた状態で固定する。
入口横の壁に宣伝文句の書いた張り紙を、店先には棚を設けサンプル商品を置く。
他の店だと店先に商品を置いたりすることはないんだけど、ここは街はずれだし客引き兼門番も用意しているからな。
「紫。頼む」
肩に乗った紫スライムがぴょーんと跳ね、棚の上にぷよんと着地する。
紫スライムがぷるぷると震え、「任せろ」と言っているようだ。
棚にはふわふわダスターと、冒険者向けの補助ポーション「クイックポーション」が入った小瓶を置いている。
クイックポーションはその名の通り、一時的に敏捷度をアップさせるお薬で、効果時間は五分。
この前戦った翅刃の血とポーションを調合することでできたものになる。
調合方法はエルナンの店で購入した「最高級錬金術の書」に記載があった。いやあ、せっかく手に入れた素材を何とか利用しようと思って、いいモノが発見できてよかった。
血を一滴しか使わないから、お値段は二番目にリーズナブルなグリーンポーションと同じ100ゴルダにしておく。仮なので全く売れなかったらもっと安くしよう。
「よっし、準備完了!」
「おー。紫の子ちゃん!」
萃香も外に出てきて、紫スライムをつんつんと指先で突っつく。
彼女の指の動きに合わせて紫スライムが形を変える。
その時、俺の肩に乗る赤スライムと萃香の肩に乗る青スライムの双方がぷるぷると激しく揺れ自己主張してきた。
ついには、青スライムがぴょこんと空いている方の俺の肩に乗っかり、青赤双方が左右から俺の頬を押す。
「赤と青は過剰防衛の可能性が高いからなあ、そのうち店頭を任せるから、な」
むぎゅーっと両手でそれぞれのスライムを掴もうとしたら、ぷるるんと手が滑ってしまった。
赤も青もこの前、一緒に狩りへ連れてったじゃないか。紫なんてずっとお預けなんだぞ。
チリンチリン――。
そうこうしていると、聞きなれた鈴の音まで。
「モミジも見に来たんだー」
萃香が黒猫のモミジを抱き上げると、彼は顔を逸らしつつも尻尾をパタパタさせる。
相変わらずの塩対応なモミジだったが、尻尾にワクワクが隠せていない様子。
そうだよな。スライムたちもモミジも、ここ数日のバタバタにつきあってもらったんだもの。一緒に開店を祝うのも悪くない。
お、おお。
さっそくお客さんじゃないか。
赤毛のポニーテールを揺らしながらこちらに駆けてくる少女の姿が遠くに見える。
「おはよー!」
走ってきたというのに息も切らせず片手を振る赤毛の少女はタチアナだった。
彼女はすぐさま招き猫ならぬ招き紫スライムへペタペタと振れにーっと口元を横に動かす。
「紫の子が看板なんだ。可愛い―」
「おはよう。タチアナ」
「いらっしゃいませ! タチアナさん」
俺の挨拶に萃香も続く。
タチアナの興味はくるくるとコマのように移り変わっていく。クイックポーションの小瓶からふわふわダスターへ。
ふわふわダスターを手に持った彼女は、パタパタと自分の手をはたいた後、紫スライムへぺとーっとつけてみたりしている。
「タチアナ、それは掃除用具なんだよ」
「へえ。そうなんだ」
彼女に使い方を説明すると、「へえええ」っと大きな声をあげて俺の両手を握りしめてきた。
「欲しいー。こんな素敵アイテムがあんたの店にあるなんて感動だわ! これもこれもあれでしょ。スイカちゃんの知恵でしょー!」
「その通りだ。まだまだ、萃香発案の便利商品があるぞ。錬金術にこういう使い方があるなんてなーと俺も驚いているさ」
おっと、褒め過ぎたからか萃香の頬に朱がさし、彼女は自分で自分の頬を扇いでいる。
「やっぱり、萃香ちゃんのアイデアなのね! すごーい!」
「きゃ」
むぎゅーっと萃香に抱き着くタチアナ。昔からそうなんだけど、彼女はいちいちアクションが大きい。
感情表現が豊かというか何というか。
タチアナの熱烈表現に戸惑っていた萃香だったが、すぐに慣れたみたいで彼女に向け微笑みを返す。
「タチアナさんのお店にも使える便利グッズがあるの」
「そうなんだあ。楽しみ、お店に入っていい?」
「もちろん。どうぞ!」
タチアナが後ろから萃香の肩を押し、二人は店内に入って行った。
本当に元気だな、タチアナ。
「これはアイデアね! エメリコ、鍋用に蓋だけでも作ってくれない?」
「お、使えそうか?」
店に入るなりタチアナの目についたのは蓋つきのマグカップだった。
彼女は商品横に記載している説明文を読み、ぐぐいっと俺の腕を引きお願いしてくる。
「どれくらい効果があるのか試してみないと、だけど。これは良いわ。自分用にも欲しいー!」
「そ、そうか。う、うん。素材はまだあるから、鍋用でも作ることはできる。高温でも大丈夫だけど、湯気で蓋が外れないように調整がいるなあ」
タチアナが手に取った蓋つきマグカップは、蓋がゴムに似た断熱材で作られていて保温効果が高い。
蓋をすることで中に入った液体の温度の低下が緩やかになるんだ。
「タチアナさん、お鍋ってお客さんに出すもの? それとも厨房の?」
「厨房用が欲しいかな。こーんな大きな蓋が欲しいー!」
両手をピーンと伸ばすタチアナに、どんだけ大きな鍋なんだよとタラリと冷や汗が。
俺の内心など関係なく、二人の話は進んで行く。
「この蓋はマグカップのサイズに合わせて、密封できるように作られているの。だから、タチアナさんのお店のお鍋に合わせないといけないの」
「じゃあ、次にお店に来てくれた時に見てもらえるかな?」
「いいかな? エメリコくん」
「もちろん! 今晩にでも行こうかなって思ってたところだよ。ここ数日ずっと閉じこもっていたからさ」
「やった!」
萃香とタチアナの声が重なる。
嬉々とした表情まで同じだったから、少しおかしくなってしまった。
あ、俺が笑っていることに気が付かれたようだ……。
こ、このやばそうな空気を誤魔化すためには、これだ。
「タチアナ。これさ、ウェットティッシュっていうんだけど、お店でも使えないかな?」
「へえ。なんだか変わった容器だね。柔らかい」
よっし、興味がこっちに移った。コロコロと変わる彼女の気質に感謝。
つられて萃香の不穏な空気も和らいだし。
「その中に湿った柔らかい紙が入ってて、使い捨てタイプになるんだけど」
「いいかも。一つ試しに頂くわ!」
ぺこんぺこんと楽しそうに筒をへこませ、笑顔を見せるタチアナ。
しかし、ハッとしたように表情を変えたタチアナは慌てたようにカウンター横のレジへ向かう。
「ごめーん。仕込みがあるのよお。今日が開店だって聞いたからチラっと見てすぐ帰るつもりだったの」
「そうだったのか。引き留めてごめんな」
「ううん。とってもいい商品が手に入ったんだもの! お店でも宣伝しておくわ」
「ありがとう!」
ヒラヒラと手を振りながら、タチアナが店を後にする。
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