第19話 準備完了だ
「みんなー、おつかれさまー」
店の外から元気な声が聞こえる。
この声はミリアだな。
ちょうど準備がほぼ完成したところだ。あとは商品を並べるだけである。
「ミリア。入ってきていいよー」
商品棚に小さなラグを乗せながら、扉口へ声を向けた。
ところが、扉の開く音が響いてこない。
何かあったのかな? そう思う前にエルナンが扉を開けに行ってくれた。
「あ、ありがとう。エルナンさん」
「差し入れかい?」
エルナンがミリアの持つバスケットを一つ受け取り中に運ぶ。
彼と入れ替わるようにテオがもう一つのバスケットを持ちカウンターの上に乗せた。
バスケットを斜めにしないと入らないほど大きなものだったので、彼女は扉口から動けなかったというわけか。
「お兄ちゃんもありがとう」
「何だかついでみたいだな」
ぼりぼりと頭をかき悪態をつきつつも、妹からのお礼の言葉に対し悪い気はしていないのか口元に笑みを浮かべるテオ。
そんな兄のことをよく理解しているミリアは、ぽやあとしたままちょんちょんと兄の背中をつっつく。
「ちょっと、エメリコくん」
「うお、突然背後に立つな」
三人の様子に微笑ましくなって生暖かく眺めていたら、不意に後ろから萃香の声が。
そのままトントンと肩を指先で叩かれ、振り向くと彼女が目で下へと合図をしてくる。
しゃがめと言うのだな。
言われた通りに少しだけ膝を落としたら、彼女が俺の耳元に顔を寄せてきた。
背伸びしたら俺の耳元に届くんじゃないだろうか……テオやエルナン相手ならともかく。
「ふと疑問に思ったことがあるの」
「おう?」
「この世界の人たちって、日本人にも見えるし、ヨーロッパ系と日本人のハーフにも見えるし……でも髪の毛の色が緑だったりするじゃない」
「うん。まあ、そんなもんだと思ったら大丈夫だろ」
「だ、だよね。でも、エメリコくんのお友達って、みんなカッコいいし、可愛いよね?」
「そうかなあ」
テオがカッコイイとか有り得ないだろ。
とか失礼なことが頭に浮かぶ。
「教室で談笑しているだけでも、とっても絵になりそうー。エメリコくんは誰が好み? リリーさん?」
「ピ、ピンポイントでそこかよ。愛らしいことは認めるが、ちょっと違うだろ」
「あはは。冗談だってば」
耳元で大きな声を出すんじゃないい。耳がキンキンするじゃないか。
「エメリコ―。いちゃついてないで、手伝えよ!」
「聞かれたくない秘密の話をしていたんだよ」
テオが冗談めかしてバスケットの中身に釘付けになりながら、ぼやく。
彼は俺の返事に肩をピクリとあげた。
「気になる! あ、分かった。エロい話だろ!」
「違うわ! テオって間抜けな顔しているよなあと言っていたんだ。ほら、秘密にしなきゃなんないだろ」
「え、えええ……」
落ち込むテオの肩をポンと叩き、ミリアの持ってきてくれた差し入れをどこで食べるか思案する。
サンドイッチかあ。奥の作業台じゃあ手狭だし、二階にするかな。
「上を少し片づけてくるわ。すぐに終わるから少し待ってて」
そう言い残し、片手をあげ二階へ登る俺に萃香も続く。
◇◇◇
二階は倉庫部分と寝室、それに屋根裏部屋と整理されていて、みんなを招待したのは寝室になる。
屋根裏部屋は元々なかったんだけど、急遽増築したのだ。自分でやったから若干床に不安があるものの、梯子で上に登る作りになっていて寝室とは壁で隔てれていない。
ロフト空間といった方がいいかもしれない。
ロフトが俺の新たな寝床で、寝室は萃香に元からあったベッドは萃香に使ってもらってるってわけなのだ。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう」
全員が床に座り、サンドイッチの入ったバスケットを中央に置いたところで感謝の意を述べる。
「食べる前に、これで手を拭いてみてね」
萃香が透明な柔らかいフィルムの筒をトンと床に置く。
筒の内側は白い紙で覆っており、筒の上部が蓋になっている。蓋の中央には穴が開いていて、濡れた柔らかい紙が顔を出していた。
まずはレディーファーストってことでミリアが、濡れた紙を摘まみ引っ張る。
スルスルと濡れた紙が出てきて、彼女が紙を開くと手の平サイズになった。
「すごいね、これ! これで手を拭けるんだね」
「濡れた状態を保つこと、それにこの筒。何を合成して作ったんだい?」
目をまるくしているミリアに続き、エルナンが濡れた紙を見つめ丸眼鏡を光らせる。
「そのペコペコした被膜……フィルム素材はとあるモンスターの皮膚とガラスを合成しているんだよ」
「へえ、よく考えたものだね」
エルナンが膝を打ち、自分の丸眼鏡を濡れた紙で吹いてみせた。
だけど、丸眼鏡に細かい水滴が残る。
「手軽な容器をと考えて、この素材を使うことにしたんだ。濡れた紙は草素材の紙と水を調合して、こっちは基本錬金術だから特に説明するほどじゃあないかな」
「もう少し厚手のものや、面積の広いものを作ると良さそうだね。掃除やテーブルの上を拭いたりするのに活躍できそうだ」
「うん、そう思って、三種類作っているよ」
「抜け目ないね。これは、キミのアイデアなのかい?」
「いや、萃香のアイデアだよ。俺はほら、家事が壊滅的だし?」
「あはは。相変わらずだね、キミは。素材を開発したのはキミだろうに」
エルナンは懐から柔らかい布を出して丸眼鏡を拭きながら、朗らかに笑う。
目を細めた彼は満足気な様子で丸眼鏡を再び装着した。
一方で、突然俺から名前を出された萃香は、戸惑ったように両手を左右に揺らす。
「わ、わたしは別に。毎回布きんを絞るのが大変だと思って、がきっかけなの」
「似た者夫婦かよ! ちきしょう。俺もいずれ」
憮然とした顔でテオがサンドイッチをぐいぐいと口に突っ込む。
そして、お約束のように蒸せてミリアからお茶をもらっていた。
「こいつはウェットティッシュ、もう少し大きなものはウェットダスターとして売り出そうと思っている」
「ティッシュは50枚入りで3ゴルダ。ウェットダスターは10枚入りで同じく3ゴルダ。高いかな……?」
俺の言葉に萃香が続く。
「思ったより安いんだね。気軽に買えそうだ」
「いいんじゃね。よくわからんけど」
「ミリアも使いたいー。タチアナもきっと喜ぶと思うよ!」
値段は問題なさそうだ。
よしよし。店頭に出せそうだな。
「ごめんごめん、前置きが長くなった。食べよう」
俺の合図でみんなが思い思いのサンドイッチに手を付ける。
ミリアの持ってきてくれたサンドイッチは五種類も具材が分けられていて、どれも美味しかった。
俺が一番気に入ったのは、ぷりぷりしたエビを挟んだサンドイッチかな。
あれだけあったサンドイッチを五人で完食してしまった。それほど、彼女の作ってくれたサンドイッチが美味しかったんだ。
食事の後は解散となり、ドア口で萃香が思い出したように中に戻りもふわふわもふもふに棒がついた商品を持ってきた。
「エルナンくん、これ使ってみて」
「これは?」
「これは『ふわふわダスター』といって、撫でるだけで埃を吸着してくれるの。あるモンスターの毛を使ってエメリコくんが調合? 合成? してくれたものなの」
「忘れてた。ありがとう、萃香」
ふわふわダスターをエルナンに手渡す萃香に礼を言う。
「書店って濡らしたらダメなところ多いし、はたきだと埃が舞うだろ」
「これはとてもよさそうだ。試してみるよ」
「ふわふわダスターは水洗いもできるから、是非試してみて、感想を聞かせて欲しい」
「了解した」
今度こそ三人と別れ、店舗の中に戻る俺と萃香であった。
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