第18話 開店準備中です!
たっぷり二時間、エルナンの母に別室でお茶を頂きながら錬金術の本の選定を待っていた。
俺も萃香も商品選びに悩む方ではなかったので、欲しいノート類やペン類はすぐに決まってしまったのだよ。
どうするかなあというところで、ちょうどお掃除をしていたエルナンの母に会ったというわけだ。
ぼんやりと彼を待っていたら、彼女は「ごめんなさいねえ、あの子、本のことになると」と言いながら、お茶でもと誘ってくれたんだよ。
「ここだったのかい」
「やあやあ。すっかり寛がせてもらっちゃったよ」
「待たせちゃって、すまなかったね」
書店に戻り、本を受け取った俺たちは次のお店へと向かう。
日用品店で生活必需品を買い込んだものの、お店の改装に使おうと思っていた塗料などの一部商品を買うのは控えることにした。
どうせなら錬金術で作っちゃおうと思ってさ。
◇◇◇
露天でつまめる物を買い込み、ルシオ錬金術店に戻る。
「エメリコくん、どの商品が何個あるのか、値段はいくらなのかをチェックしない?」
戻るなり整理されガランと広くなった店内で、ノートの入った鞄を指差す萃香。
「帳簿だっけ……」
「それ以前の問題よ! 帳簿は必要。だけど、帳簿をつけるにも在庫管理は必ず必要だよ」
「そうな、まあ、そうだよな」
昨日、萃香に帳簿何それおいしいの?って態度でいたらこらあーとなったんだ。
だってえ、面倒じゃないー。
こんなことだから、お店が閑散としていたのだろうけど……いい商品さえ並べれば店は繁盛すると思っていた。
だけど、萃香曰く、「繁盛すれば必ず必要になる」からって。
俺にも必要性は分かるし、萃香が管理してくれると言ってくれたので重い腰をあげようとしたわけなのだよ。
「よおおし、この際だ。棚卸しするかー。ダイニングキッチンだけじゃなく二階に溜め込んだ素材もあるぞー」
「頑張ろー」
二時間経過――。
俺だけじゃなく、萃香までげんなりしていた。
いやあ、棚卸しって大変だよなあ。萃香がある程度整理してくれていたからかなり手間が省けたよ。
「昼をかなり過ぎちゃったけど、お昼にしようか」
「わたしは飲み物だけでいいや……」
素材の中にグロテスクなものがいくつかあったから、食欲を無くしてしまったらしい。
スライムの強化にと何でもかんでも拾って持って帰って来ていたからな。仕方ない仕方ない。だけど、思わぬ商品に化けるかもしれないしさ。
生ものはちゃんと腐らないように保存の術を施している。目玉はいつまでたってもぷるんぷるんのままなんだぞ。すごいね、魔力って。
分厚いハムが挟まれたパニーニをむっしゃむっしゃと貪っていたら、萃香がげんなりとした顔でため息をつく。
「ん? 美味しいぞこれ」
「ま、また今度ね……商人や素材を見て思ったんだけど」
「うん」
「この街に錬金術屋とか、ルシオ錬金術店と商品ラインナップが被るお店ってあるのかな?」
「もしゃ……。ある。錬金術店だけでも五店舗以上。日用品店なら十以上あるかな」
「エメリコくんの作戦だと、スライムちゃんたちとレア素材を集めて、手に入れた錬金術の書から他のお店じゃ作るのが難しいアイテムをだったよね」
「うん。うちにしか置いていない物を置けば確実に売れるかなってさ」
「悪くないんだけど……それってリリーさんみたいなランクの高い冒険者さんにしか売れないんじゃないかな」
うーん。確かに萃香の言うことももっともだ。
にんまりと口を左右に広げた萃香が指をピンと一本立てる。
「わたしたち、この世界だとオンリーワンの商品を産み出せるアイデアを持っていると思わない?」
「ん、んん。あ」
「お手軽に便利な商品をわたしたちはいっぱい知っているじゃない! それを形にできれば」
「そっか。確かに! そっち方面も模索しよう。幸い、距離的な問題がないならほぼどんな素材でもとってくることができる」
「街でブームになるほどの便利グッズができれば素敵よね」
「おう!」
よおおっし。
日本にあった商品を錬金術を使って、作り出すことができれば……一発大逆転を狙えるはずだ!
◇◇◇
――三日後、ルシオ錬金術店にて。
「ちょ、エメリコ。スライムを何とかしてくれ!」
丸椅子に乗ったテオが天井を見上げながら、情けない声をあげる。
椅子に向け赤と青スライムがぽんぽこアタックを繰り返し、彼の足元には紫スライムがぐいぐいと彼の足の甲を押していた。
もちろん、彼が少しでも足をあげようものなら下に滑り込みぷにーんと脚を滑らせてしまおうという魂胆なのだろう。
勘違いしないで欲しいのだが、俺は何ら指示をしていない。スライムたちが勝手に遊んでいるだけに過ぎない。
「ランタンを外してだな、その後、天井に布を通したいんだよ。それと、この回転式のプロペラ……羽みたいなのを天井に取り付けて欲しい」
「任せろ。だが、こいつらをおおお。こけるこける。グラグラする!」
うるさい奴だな。全くもう。
あれでも一応鍛冶屋の息子。任せろって言ってるし、スライムたちもそのうちお腹が空いたら俺のところに戻って来るだろ。
「エメリコ、これで全部だよ」
「おお、さすがの美麗な字だな。来てくれてありがとう」
「僕こそ、こんなワクワクすることはないさ。キミの店の新装開店に立ち会えるなんてね」
カウンターで立ったままカードに達筆な字で商品名を書いてくれていたエルナン。
彼は長い髪に触れ、ふうと息を吐きながら薄い笑みを浮かべる。
「待て! 随分俺と扱いが違うじゃないかよおお」
「そら、お前の場合はこの前の広場の件と今回の手伝いでチャラにするってことだからな」
「えええ。俺の活躍でスイカちゃんといい感じになれたんじゃねえかよおおお」
「分かったから、とっとと作業をしろ。働け働け」
「だったら、手伝えよ。そこで腕組んでないで」
「俺の姿を見ている暇があったら、動くのだ。勇者テオよ」
「意味わかんねええ」
口を挟んできたテオだったが、テキパキと作業を続けていた。
うんうん。さすがあの親父さんに仕込まれているだけあって、手際がよいじゃないか。感心感心。
「エメリコくん、手が開いてるならこっちを手伝ってくれないー?」
お、ダイニングキッチンから萃香が呼んでいる。
チリンチリン――。
お、モミジ。煮干しを口に加えた黒猫と入れ違うようにしてダイニングキッチンへ足を運ぶ。
「猫が猫が! エルナン!」
「何だい、僕は今仕上げをだな」
ズデーーン。何やら店舗から派手な音が響いてきたが、気にしてはいけない。
床が抜けていたら、本人に修理させればいいだけのこと。
振り返ることもなく、作業台の下に潜り込んでいた萃香に声をかける。
「あ、エメリコくん。商品棚とカウンター用のラグを持って行ってくれるかな」
「お、刺繍が終わったんだ。作業台に潜り込んで、何か探し物?」
「そうなの。ここにガラス玉が落ちちゃって」
「ガラス玉? ああ、ウォーターボールかな。俺が探そうか」
「大丈夫だよ」
ゴソゴソと更に奥に体を突っ込むのはいいんだが、生足が見えているだけじゃなく。
「でも、萃香。そういう作業をする時はズボンの方がよくないか?」
「見えてる!?」
「見えてるが俺は見ていない」
何が見えているなんて言わないけどね!
「ズボン買ってないんだもの……」
「そうだった」
「エメリコくん、見たんだよね?」
「だから、見えているが俺は見ていないって」
怒られる前に退散することにしよう。
ええっと、これか。
クルクル巻かれたランチョンマットのようなラグの束を両腕で抱え店舗へ戻る俺であった。
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