第17話 本屋さん

 ルシオ錬金術店は街の南東部分のはずれにあるんだけど、今俺たちは北東の街はずれにまで来ていた。

 道中にあたる東部分に大きな門があり、そこから中央大通りが伸びている。

 なので、商店街を歩きながらここまで歩いてきたってわけなのだ。

 

「ほら、あのでっかい時計が見える?」

「うん。あれって機械式の時計なの?」

「半分正解。かな」

 

 俺が指さす時計は灰色の屋根に褪せたオレンジ色をした壁といった外観の家屋に取りつけられていた。

 この建物は四階建てと目だった高さではないけど、中央丈夫にアーチがあって、その中に円形の時計がはめ込まれている。


「どうやって動いているの?」

「ネジとか仕掛け部分は萃香が想像する通りなんだけど、動力が魔力なんだよ」

「へえ。あの時計も魔道具の一種なの?」

「うん。魔道具といえば魔道具だよ。ああいった科学知識と魔力が融合した品物はこの世界に多々あるんだ」

「電気の代わりってわけなのね」

「うん、だいたいそんな感じ。といっても、近世の技術レベルではないんだけどねえ。一部、近世ぽいものがあると言った方がいいかな」

「面白いね! そういう考察って」

「俺はちょっと苦手だ……難しいことより、使えるか使えないか、かな」

「あはは。エメリコくんらしいね」

「よおし、着いたぞ」

「この建物だったんだね」


 大きなアーチ型の扉には鉄でできた丸い取っ手が吊り下がっていた。

 アーチのところに、「ミゲル書店」と記載した看板が見える。

 

「じゃあ行こう」

「どこのお店も扉は閉じているんだね」

「そう言えばそうだな。うちもそうだけど」

「エメリコくん、ルシオ錬金術店は単に店主不在で閉じているだけだよ?」

「う、うう。これからは可愛い店員が切り盛りしてくれるんだからな」

「そ、その切り返し、結構恥ずかしいんだけど」

「は、ははは」


 事実を述べたに過ぎないんだけどな。

 萃香は現に可愛いから。面と向かって言う気はさらさらないけどね!

 

 扉を開けると、独特の本の匂いが鼻孔をくすぐる。この匂い、何だか懐かしい気がして嫌いじゃないんだ。

 過去の習慣からか、心地よい眠気が襲ってくるけど……。ぶんと首を振り、邪念を消し去る。

 あ、丸眼鏡と目が合った。

 

「エメリコ、君が来るなんて珍しい」


 上品にはにかみ物腰柔らかく俺を迎えいれた丸眼鏡は、俺のよくしる人物だ。


「よお、エルナン。そんなことないって、俺、これでも錬金術やっているんだからさ」

「受け継いだ錬金術の本があるんじゃなかったのかい?」


 ああ言えば、こう言うんだからあ。このメガネ。

 彼はずっと屋敷に籠っているからか真っ白の肌に、華奢な体躯ひょろっと背が高い。

 白に近いサラサラストレートの金髪を肩の下くらいまで伸ばし、首の下辺りで髪の毛を赤い細紐で結んでいる。

 まさにこう、絵に描いたような文系男子って感じの優男がエルナンというやつなのだ。

 これでも小さい頃は一緒に外で遊んでいたんだけどなあ。主にテオが、たまにタチアナが乗り気じゃない彼を毎日連れ出していたんだけどね。はは。

 

「いろいろ錬金術の知識を仕入れたくてさ」

「素晴らしい! 君もようやく知識の深淵を覗く気になったんだね」

「いや……まあ、店のため?」

「……動機はともあれ、ようこそ『ミゲル書店』へ。知識を求める人は大歓迎さ」


 キラーンと彼の丸眼鏡が光った気がする。

 なんだかこう、中二病感があるというか気障というか、一周回って面白くなるんだよ、エルナンって奴は。

 テオみたいなお馬鹿さんと違って、彼は彼で接していて楽しいところがいっぱいある。

 

 笑うのを堪えていたら、エルナンが萃香に執事のような礼を行う。

 対する萃香は少し引いていたが、大人の対応で「どうも」といった感じで会釈する。

 

「始めまして。僕はミゲル。エメリコのお知り合いなら大歓迎さ」

「こちらこそはじめまして。わたしは萃香。よろしくね」

「ミゲル書店は蔵書数だと街の図書館に劣るけど、それでも書店の中では一番多くの種類を取り揃えているんだ。萃香さん、君はどんな物語を?」

「え、えっと……」


 そこで俺はそっと萃香の腕を引き、耳元で囁く。

 

「こいつ、本のことになると途端に回りが見えなくなるんだよ。いつもは物腰柔らかで口数もそう多くないんだけど」

「そ、そうなんだ。でも、一周回って少し面白いかも」

「気が合うな。俺もそうだ。何かこう、熱弁がコメディになっている学者みたいな」

「ちょ、ちょっと、エメリコくん」


 本人の前だからか、萃香は頑張って笑いを堪えようとするが、後ろを向いてしゃがみ込んでしまった。

 そんな彼女の肩は揺れている。続いて、くぐもった笑い声が漏れ出してきた。

 うん、我慢はよくないよな。

 

「大丈夫かい? 彼女は」

「うん。昨日読んだ物語がおかしくて思い出したんだそうだ。エルナンが物語とか言うから」

「そうだったのかい。それは悪いことをしたね」


 困ったように後ろ頭をかくエルナン。

 やべえ、今の彼とのやり取りも萃香のツボにはまったようだった。

 こいつはしばらく復帰するのは無理だな。

 

「彼女は本じゃなくて、ノートとかペンを探しに来たんだよ。ここなら、紙類も豊富に置いているだろ?」

「そうだったのかい。これはとんだ早とちりを。すまなかったね」

「先に錬金術の本があるところまで案内してもらっていい?」

「もちろんさ」


 右手奥にある階段に体の向きを変えたエルナンがゆっくりと歩き始める。

 俺が錬金術の本を探しにきたのは、エルフの冒険者リリーが「浄化水晶」「業火水晶」といった商品は置いていないのかと聞いたことがきっかけだ。

 これだけじゃなく、今後の商品開発において錬金術のレシピは仕入れることができるだけ仕入れておきたい。

 俺が目指す錬金術店は、他の錬金術屋や日用品店には置いていないような商品を置くこと。

 高価なものから、安価なものまで様々にね。

 アイデア勝負なら、俺一人だと心細いけど萃香の存在が大きい。彼女と意見を出し合えば、いろんなアイデアが出てくる……と思う。

 全てはやってみないと分からないけどね。

 

 ◇◇◇

 

「この棚に錬金術の本が並んでいるのさ」


 俺の身長より高い本棚がずーーっと連なっている。

 こちらの本屋は、図書館みたいな本の置き方をしているんだ。これで商売になるのか分からないけど……まあ成り立っているんだろうな。

 売れ筋の本を表に置くとかしないんだろうか。

 

 ともあれ、この棚か。

 

「エルナン。これで買えるだけ欲しい」

「え、っとと。これ、金貨じゃないか」


 コーンと指先でエルナンに飛ばしたのは、彼の言う通り金貨だった。

 そう、先日リリーからお代として頂いたアレをそのままもってきたのだ。

 エルナンはよろけながらも、何とか金貨をキャッチして目を見開き驚いた様子。

 

「錬金術の書が高いのは分かっているんだけど、何冊くらいいけそう?」

「おまけして10……いや11冊なら」

「分かった。どれにするかは任せるよ」

「何を重視したいんだい?」

「情報量重視で頼む」

「承知したよ。下で待っててくれるかな。入り口から左手に進んだところに紙やペンが置いてあるから彼女を案内してもらえるかな」

「ほおい」


 エルナンに本の選定を任せたということは、少なくとも二時間くらいはかかる。

 俺は俺で萃香と一緒に紙とペンをじっくり見させてもらうことにしよう。

 

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