第16話 新発見

 冒険者になるにはとても簡単だ。冒険者ギルドにいって登録料100ゴルダを支払えば完了となる。


「日本円にしたら1万円だよね。車の免許に比べたら安いけど……

「うん、結構なお値段だと思う人もいるかも。だけど、冒険者に登録するとクリスタル製のカードをもらえてね」

「クリスタルって、水晶!?」

「うん、薄いけどクレジットカードサイズかな。そいつに、文字が浮き出てきて、ランクとか他のステータスが出てくるのさ」

「おおー」


 手を叩いて待ってましたーとされたところで、俺はカードを持ってないんだけどね。

 リリーが来た時に見せてもらえばよかった。彼女なら気にせず「……うん」と言ってくれそうだ。

 冒険者の持つカード……略して冒険者カード(まんまやないか)は、自分のランクと職業が記載されているから見せたくない人も多いと聞く。


「それで、ランクなんだけど、登録したばかりならEランク。実績を積むことでD、C、B、A、Sとあがっていく」

「あれ、SSとSSSってさっき言ってたよね」

「うん。SS以上は本当に数が少なく、特別に認められた人しかなれないみたい」

「SSSの人が二人だったっけ」

「うん。SSは十人だったかな、確か。冒険者はアストリアス王国内だけでも数万人いると聞くし」

 

 王国以外にも幾つか国があると聞いているけど、不勉強なものでよくわかっていないことは萃香に秘密だ。


「え、思っていたより人口が多いんだね、この世界」

「日本ほどじゃないよ。この街、アマランタでだいたい18万人くらい住んでいるんだけど、それでも街の規模が上位10位内とか聞く」


 もちろんだが、上位10位に入る街の名前を俺が知っているはずはない。これも萃香には、以下略。


「すごいね! 王都だともっと多くの人が住んでそう」

「いずれ、機会があったら王都にも、船にも乗ってみたいな」

「船?」

「うん、潮の香りがしなかった? この街って港町なんだよ」

「やっぱり!」

「ここは街の中でも一番海から遠いから。波の音が聞こえ辛いのかも」

「ううん。耳を澄ませば……ほら」


 目を瞑り、耳に手を当てる萃香。

 俺も彼女の真似をして耳に手を当ててみた。

 ……。

 

「お待たせ―。二人して祈りでも捧げているの?」

「お、噂をすればってやつだな。魚介スープか」

「うん。魚介のトマト煮込みとチーズ、パン、バターのセットになりまーす」


 タチアナが慣れた仕草でコトリコトリと皿を机に置いていく。

 よく落とさないよなあ。お盆だけじゃなく、腕の上に乗せて運んできているのだもの。

 

「じゃあ、さっそく食べようか」

「うん、おいしそう! いただきまーす」

「いただきまーす」


 二人揃って手を合わせ、食事をいただくことにした。

 おお、こいつは豪勢だな。タラのような白身魚、タコ、イカ、更にムール貝のような大粒の貝まで入っている。

 それだけじゃなく、野菜もたっぷり使われていて栄養バランスもバッチリだ。

 

 パンにスープを浸して食べると、魚介の旨味が存分に溶けだしていてこれだけでもうごちそうになっているぞ。


「んー。おいしい! スパイスも使っているのかな」

「何を使っているんだろうなあ。おいしけりゃ何でもいいや」


 はふはふしながら、食べていくとあっという間に完食してしまった。

 厚手の鉄鍋に入っていたから最後まで暖かくいただくことができたのか。細かいところまで気配りが行き届いているなあ。

 さすが、酔いどれカモメ亭である。このカスタマーファースト精神を見習いたい。


「ごちそうさまー」


 タチアナに萃香を紹介するって約束していたけど、お店がにぎわってきていてそれどころじゃなさそうだった。

 後ろ髪引かれる思いながらも、店を後にする。

 

 ◇◇◇

 

 寝る場所についてひと悶着あったが、俺が床で眠ることで押し切った。

 夜が更けるまで萃香と相談した結果、「ルシオ錬金術店」の休業日を延長することにしたんだ。

 元々、すでに四日以上店を閉めていたし、今更伸びたところでそうそう変わらない。

 休業日の延長を決めたのは、ルシオ錬金術店はまだまだお店としてやっていくにいろいろ準備が足りていないことが分かったからだ。

 両親のお店を手伝っていた経験のある萃香の意見はとても参考になった。

 何度か「え、えええ!」と驚かれてしまったんだけどね……。

 

 そんなわけで、お店の再オープンに向け俺たちは朝から街へ繰り出すことにした。


「ええっと……商品、内装……あとなんだっけ」

「あ、あれ、おいしそう。ん? エメリコくん、大丈夫だよ。わたしが覚えているから」


 萃香はこれまで食材買い出しルートしか歩いていないから、初めて見る露天の景色に目を奪われている様子。

 あ、もう俺が覚えきれていないって把握されている。

 ま、まあ。彼女と一緒なら心配ないさ。は、ははは。

 

「まずは、品揃えと帳簿やら値札用の紙とペンを買いに行こうか」

「うん!」

「あ、あれ、食べてみる? 日本にはないフルーツだから」


 元気よく返事をしつつも、萃香の目が釘付けになっている柄はスイカなのだが、皮の色が黄色と紫というフルーツを指さす。

 

「なんだか見た目が少し……果肉の色も青色ってなんだか」

「スイカだって、黄色があるじゃないか。似たようなものじゃ。かき氷の色だと思えばいけるいける」

「エメリコくん、あれ食べたことあるの?」

「いや、無い。ははは」

「ちょっとお」


 ぶううっと膨れる萃香に「ははは」と笑うものの、俺は内心、彼女の気付きに感心していた。

 俺は産まれてこのかたずっとこの街に住んでいるけど、あの毒々しいフルーツに目を向けもしなかったんだ。

 彼女の新しいものに対する好奇心は俺にはないものであることは確か。

 お店を繁盛させるにあたって、別人の視点、それも頼りになる彼女がいてくれてよかったと思う。

 彼女は俺に養ってもらっている感覚がまだ残っているのかもしれない。だけど、俺の方はもうすでに彼女に対して、そのような気持ちは微塵も持っていないんだぞ。

 二人三脚やることで初めて、店を運営することができると思っている。

 どっちが欠けてもお店は立ち行かないさ。


「はい」

「え、えええ。買ってきたの」

「だってえ、食べるかって言ったじゃない」

「言ったけど、俺は食べるって一言も」

「はい!」


 満面の笑みで切り分けて串に刺さった毒々しいスイカに似た何かを手渡してくる萃香。

 ち、ちいい。目を離した隙になんてことを。

 

 だが、そのまま捨てるなんてことは勿体ない。食べ物は粗末にしたらいけないからな。うん。

 ――シャリ。


「お、おお。これはなかなか」

「からーい。甘いと思ってたのに」

「いやいや、これは悪くないぞ」

「食べる?」

「あ、それなら、赤に」


 萃香が串を赤スライムに向けたら、ぴょーんと俺の肩から萃香の持つ毒々しいフルーツへ飛び乗った。

 そのまま包み込むようにべとーっとなった赤スライムは一瞬で串ごとフルーツを取り込む。

 

「こいつはいい発見だった。また買いにこよう」

「わたしはパスで……」


 小さく舌を出して、べーっと顔をしかめる萃香なのであった。

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