第15話 酔いどれカモメ亭

「ここ?」

「うん。最初に萃香と食事をするならここと思っててさ」

「へえ。『酔いどれカモメ亭』かあ」

 

 看板を見上げている萃香が上機嫌に呟く。

 アットホーム過ぎるお店かなと思ったけど、彼女の反応が悪くなさそうでよかった。


「『酔いどれ』と書いているけど、居酒屋ってよりは定食屋に近いかな」


 年季の入った扉を横にスライドさせると、カランコロンと子気味よい音が響く。

 

「あ、これ」

「うん、この鈴は人気みたいでさ。使っているお店は多いよ」

「そうなんだ」

「日本と違って、鈴の音にもそんなに種類がないしさ」


 会話をしながら店の中に入ると、時間が早いためかまだお客さんの姿がまばらだった。

 さっそく鈴の音に反応した看板娘がポニーテールを揺らしながら元気よく挨拶する。

 

「いらっしゃませ!」


 しかし、彼女は俺の顔を見るや笑顔から素の顔に戻ってしまった。

 

「なあんだ。エメリコだったのお」

「よお、タチアナ。今日はテーブル席でもいいかな?」

「うん。あれえ。エメリコくうん。誰かなあ、その可愛い子はあ?」


 ニタアと嫌らしい笑みをしながら、手のひらを口にあてる看板娘ことタチアナ。


「何だよ、その口調。後で紹介するよ」

「絶対だよ! 空いている席ならどこでもいいから座っていいよ」

「うい。オススメを二つとブドウジュースを」 

「はあい。オススメ二丁ー」


 注文を受けたタチアナは奥にいる親父さんに声をかける。


「今日は赤い子と紫の子なのね! この子たちは?」

「さっき食べさせたから今日は無しで大丈夫かな」

「はあい」


 俺の肩に乗った紫スライムを人差し指でつんっとしてからタチアナは別のお客さんの元へ注文を取りに行った。

 

「すごい元気な人だね」

「うん。タチアナの元気よさもこの店の名物だと思ってる」

「あの笑顔を見ているだけで、元気になれそう!」


 萃香が両手をぐっと握りしめ、タチアナの後ろ姿を目で追う。


「俺と同じ歳なのにすごいなあって」


 しかも、俺は前世の記憶もちだから、タチアナより体験した時間が遥かに長いんだけどな。

 歳を経たからといって、人間、そう成長するものではないのである。(エメリコ、心の俳句)

 

「エメリコくんっていくつなの?」


 椅子に腰かけながら、萃香がふと思い出したように問いかけてきた。


「俺、一応今年で20歳になる」


 彼女の対面に腰かけながら、特に隠すこともないので素直に答える。

 すると、彼女の目がとっても開いてしまった。

 エメラルドグリーンの目に黒髪ってなんだかミステリアスな感じで、素敵だよな。

 目を見開いているから、彼女の透き通った瞳がよく見える。

 

「え、えっと。エメリコさんって呼んだ方がいいかな……」

「今まで通りでいいよ。そう歳も変わらないだろ?」

「う、うん。だけど、わたしより二つも上だったなんて」

「萃香は高校三年だったのか。受験やら進路で大変な時に……」

「そうだったの! でも、もう気持ちを切り換えないとね!」

「じゃあ、萃香は18歳か」

「ううん。まだ17歳よ。もう少しで18歳だったのに」

「いつだったんだ?」


 さり気なく彼女の誕生日を聞くイケメンな俺である。


「来月の5日だったんだけど……暦が違うから、わからなくなっちゃわない?」

「確かに。この世界は、一年が360日だからなあ。でも、ま、殆ど同じだ」

「なにそれえ。でも、エメリコくんらしいや」


 あははと快活に笑う萃香は、よほどおかしかったのか口元を押さえ涙目になっていた。

 彼女の肩が揺れると、赤スライムも同じようにぷよよんと震える。

 笑ってこのまま流そうたってそうはいかないぞ。

 俺は彼女に問い詰めないといけないことがあるのだ。

 

「萃香。さっきのどういう意味……?」

「何のこと?」

「ほら、俺の年齢を聞いて」

「え、ほら、ねえ。あ、タチアナさんが来たわよ」


 そんなことで誤魔化そうたってそうは……。

 そこで、後ろから日に焼けた健康的な肌をした腕が伸びてきて、コンコンとコップを机の上に置く。


「ブドウジュース、お待たせ」

「ありがとう」

「こいつ、ちびっ子で髭も生えてないけど、これでも私やテオと同じ歳なの。ビックリしたでしょー」

「はい、とっても」


 そこ、満面の笑みで応えるんじゃねえよ。もう。

 確かに俺はテオみたいに背が高くない。タチアナよりは……少しだけ高い。どうだー。

 萃香と比べたら頭半分くらいも高いんだぞ。

 

「こら、撫でるな」

「恥ずかしがってまあ。色気ついちゃってえ」


 タチアナにわしゃわしゃ頭を撫でられ、憮然とした顔をする俺。

 でも、タチアナよ。そのセリフは……ちょっと、あれだぞ。

 恨めしい目で彼女を見上げたら、悪びれもせず「ばあい」と言いながら紫スライムをつんつんして去って行った。

 

「仲いいんだね。テオさん? にも会ってみたいな」

「そのうちすぐ会えるよ。俺の友達を萃香にも紹介したくて、ここに来たんだよ」

「うん。そうなんじゃないかなって何となく思ってた。『俺の友達は萃香の友達』ってなれたらいいな」

「すごいな。萃香は」

「え?」

「独りぼっちで分けわからない世界にきて、そんなに前向きに頑張れるんだもの」

「ううん。不安で不安で仕方ないよ。今でも。だけど、エメリコくんがいてくれるから。わたしを連れて行ってくれたから、ね!」


 その顔は卑怯だぞ。

 なんだよお。その輝くような屈託のない笑顔は。八重歯まで見えちゃってるぞ。


「ええと、テオはさ、鍛冶屋の息子でこう適当な奴なんだけど、悪い奴じゃあない。もう一人、それなりに親しい友達がいるんだけど、店から滅多に出て来なくてさ」

「タチアナさんみたいにお店を?」

「うん。まあでも、あいつは店員をやっていなくても、出て来ないだろうな……そんな奴だ」

「パソコンやゲームがないのに、家でずっと……はめげそう」

「あはは。本ならあるからな。ここでも」


 話をしている間にも、萃香の目線はいろいろなところに向かう。

 初めて見る異世界のレストランだものな。ここは安くて量が多い庶民的なレストランだから冒険者や衛兵のお客さんも多い。

 彼らは肉体労働者だから、よく食べるんだよほんと。

 ん、彼女はまた何か気になるものを見つけたのかな。

 彼女の視線を追うと、身の丈ほどもある大剣に行きついた。


「あ、ごめんね。いろいろ目移りしちゃって……人の物を見るのって失礼だと分かってても、つい」

「ううん。あんな大剣は持つことはともかく、屈強な人でも振り回すのが難しいと思うじゃないか」

「うんうん! でも、持ち主さんはあんなにスラリとした男の人なんて」

「そうなんだ。魔力の影響か何か分からないけど、この世界の人の筋力って青天井なんじゃないかと思っている」

「あ、あはは……」

「ドラゴンもバッサリと剣で斬るとか聞くしさ」

「ドラゴン! あ、冒険者さんたちが討伐に?」

「うーん。大陸で二人しかいないSSSクラスの冒険者ならともかく、SやAじゃあ、好んでドラゴンとガチバトルしにいかないんじゃないかな」


 何故かそこで、赤と紫スライムがぷにぷにボディに角を立てて、自己主張する。

 おいおい、勘弁してくれよ。

 俺、今言ったよね。好き好んでドラゴン退治なんて行かないって。

 

「なんだかやる気だよ。この子たち」

「やれんことはないと思うけど……ドラゴンっていってもいろいろ種類がいるからなあ」

「そうなんだあ。あ、エメリコくん。だいたい想像はつくのだけど、SとかAとかって冒険者の強さを示しているの?」

「うん。あくまで冒険者ギルドに認められたクラスだから、低いクラスだからといって弱いとは限らないんだけど……」


 そう前置きして、俺は冒険者のクラスについて萃香に語り始める。

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