第14話 幼女を待たせたらダメだよ

「あ、思い出した!」


 さああっと血の気が引く。

 そうだった。そうだったんだ。荷物を置いたらすぐ迎えに行くって言っていたんだったあ。

 

「エメリコくん、どうしたの?」

「いや、お客さんを待たせていることを忘れていた」

「それは大変。わたしも一緒にあやまりに」

「萃香はここで待ってて。入れ違いになってもあれだからさ。お茶、ごちそうさま」


 急ぎ立ち上がると、紫スライムがぴょこーんと俺の肩に乗っかってぷるぷると体を震わせる。

 そうか。赤と青は現在お食事中だものな。最近、紫を連れていってなかったから、こいつも寂しかったんだろうか。

 つんつんと指先で紫スライムをつっつくと、ぷるるんと指先を押し返してきた。

 

 向かう先は冒険者ギルド。

 扉をばーんと開けたところで、待ち人に出会う。

 鮮やかな新緑のような長い髪を持つエルフの少女が胡乱な目でこちらを見つめていた。

 そう、大型ルベルビートル狩りの後、彼女と一緒に街まで帰ってきたんだ。

 その時、欲しい物があるからと言ってて、じゃあうちの店に来てくれよって誘って冒険者ギルドで一旦別れたんだよ。

 彼女は彼女で冒険者ギルドの手続きがあるとかで。

 

「ご、ごめん。リリー。よくこの場所が分かったな」

「……鍛冶屋で……」

「なるほど。あの鎧の青年が鍛冶屋に行ったのか」

「……うん……入れて」

「おう、ようこそ『ルシオ錬金術店』へ」


 すっぱりと背中を鎧ごとやられちゃってたからなあ。あの青年。

 今度会ったら名前くらい聞いておこう。

 どうぞどうぞと気障っぽく扉を開けて彼女を店内に案内する。

 

「いらっしゃいませ!」


 青スライムを肩に乗せた萃香が満面の笑みで頭を下げた。

 対するリリーは無表情に頷くだけ。

 

「この子はリリー。冒険者だ」

「はじめまして。萃香です」


 見た目が幼いとはいえ、萃香は慣れ慣れしく話かけたりせず彼女をちゃんとお客さんとして扱っている。

 素晴らしい。日本にいた時はどこかでバイトをしていたのかな。

 お客さんの扱いに慣れているように思える。

 

「……リリー……」


 ボソっと返すリリーの声は見た目通り幼い。

 でも、彼女はエルフ。人間と同じ見た目通りの年齢ではないはず。

 じゃなきゃ、冒険者なんてやっていられないだろ。

 でも背丈が俺の腰くらいまでしかないし、人間でいうところの小学校高学年程度なんだよな。

 分かっていても子供扱いしてしまいそうになる。

 

「うちにあるものだったら、何でも」

「……トレントの枝……ある?」

「トレント……確か、キノコの採集の時に襲ってきやがって……あるある。ちょっと待ってて」

「……あと、浄化石、燃焼石……」

「それはそこにある」


 浄化石と燃焼石は日用品店でも売っている商品だけど、元は錬金術屋で取り扱っていた商品なんだ。

 どっちも名前の通りの効果を持っていて、浄化石は泥水を綺麗にする効果があり、燃焼石は石炭の代わりになる。

 家庭には必須のアイテムだな。もちろん、野外でも有効だ。

 これがあるから、日本でキャンプするより荷物も少なく野営できるほどの便利グッズなんだぜ。

 

「萃香、そこの丸くて白い軽石みたいなのと、赤い石炭みたいなのを」

「うん。一つしかないけど、一つでいいのかな」

 

 萃香の問いかけに対し、横で話を聞いていたリリーがコクリと頷く。

 

「あちゃー。もう在庫が無かったか」

「……エメリコ……強い……」

「ん、いや、俺は強くは」

「……もっと効果の高い、浄化水晶、業火水晶を売る……」

「なるほど。ありがとう、リリー。考えてみるよ」


 素材が希少になるけど、より効果の高いもので勝負してみたらってことだろう。

 俺なら自分で採集にいけるから、高級品を安く売ることができるからな。

 元々、入荷数が多いものではないんだけどさ。

 だって、低位の燃焼石と浄化石で日常生活には事足りるもの。

 でも、日用品店と競争したらまるで勝てる気がしないから、我が店を繁盛させる方向性としては優れている手段だと思う。

 

「……トレント……」

「あ、ごめんごめん」


 頭をかき、急ぎ二階に登る。

 ええっとどれだったかなあ。トレントの枝。

 筒状の木箱にまとめて放り込んでいたので、どれがどれか分からなくなっている。

 鑑定すりゃ分かるんだけど、片眼鏡はどこだったかなあ。ああああ。めんどくさい。

 

 がばあっと木箱ごと抱え上げ、階段を降りる。

 

「持ってきたぞお……」


 よろけながら、どしーんと木箱を置く。

 

「……エメリコ……」

「あ、多分その中にトレントの枝があるはず……」

「……これ……」

「それがいいのか?」

「……アカシア……」


 リリーは原色イエローの棒を引っ張りぬき、俺に見せてきた。

 特徴的な色だったから、これをどこから拾ったのか覚えている。

 

「リリー、そいつはトレントじゃないけど、いいの?」

「……うん……汚れちゃう……」

「あ、知ってるのか。こいつのこと」

「……うん……ぶよぶよ……」

「分かった。じゃあ、そのアカシアと石を二つでいいかな」


 コクコクと頷きを返したリリーは、ぽっけからがま口を出しコトンコトンと……え、ええ、待て。

 

「それ金貨だろ」

「……足らない?」

「いや、もらい過ぎじゃないか」

「……ううん……くさいのいやだから」

「一枚でいいから」


 続けて金貨をぺちんと置こうとしたリリーの手を止め、ぐいぐいとがま口に残りの金貨を押し戻した。


「……じゃあ……また」

「おう、また来てくれよな」

「……うん」


 表情一つ変えることなく、リリーはお店を後にする。

 

 彼女が去ってから、カウンターの上に乗ったままの金貨を指先で挟み、萃香に向けコーンと指で飛ばす。

 

「ちょ、大事なお金なんだから」

「ちょっとした放心状態なんだよ。まさかあれが、金貨一枚でも安いなんてさ」

「あの黄色のペンキを塗りたくったような棒のこと?」

「うん。あれはプレイグビーストってドロドロのヘドロみたいなモンスターから取れたものなんだけどさ」

「聞くだけでお腹一杯になりそう……」

「青を強化するために、沼地に行った時に何匹も燃やしてさ。燃えない黄色い塊を合成したら棒になったんだよ」

「へえ……」

「あの棒一本合成するのに、五体くらいのヘドロを倒している」

「そ、そう……何だかもう……お疲れ?」

「済んだことだからな。もう二度と、沼にはいかねえ」


 金貨を手のひらに乗せた萃香はうんと頷き


「でも、金貨一枚は1万ゴルダなんだよね。大したものじゃない」

「だな。なかなかのもんだ」


 うふふと二人揃って笑いあう。

 すると、萃香が何かを思い出したように指先を顎につけ「んー」と首を傾ける。

 彼女の首の動きに合わせ、さらさらの黒髪が揺れた。先日買った櫛がちゃんと使えているようで何よりだ。


「ゴルダで思い出したんだけど、エメリコくん」

「ん?」

「ゴルダには下の単位があるでしょお」

「あ、ああ。あるね」

「ゴルダじゃ妙に単位が大きいと思ったの。わたし、ゴルダ硬貨しか持っていなかったから」

「細かいのは、お釣りでもらったよな?」

「うん、コルトだよね。100コルトで1ゴルダ」

「そそ」


 1コルトは日本円に無理やり換算するなら1円くらい。1ゴルダが100円ってところ。

 つまり、あの黄色い棒は100万円で売れました。すげえな。日本円に換算したら。

 

 ぐうう。

 その時、腹の虫が危急を告げる。

 

「ちょっと早いけど、夕飯を。外でもいいかな?」

「うん! 楽しみ!」


 ひょっとしたら、夕飯のメニューを考えていたりするかもと思ったけど、杞憂だったようだ。

 さあて、街へ繰り出すとしますか。

 行く店は決めているけどね。

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