第13話 ルシオ錬金術店が……?
「ただいまー!」
三日ぶりにルシオ錬金術店に戻ってきた。
扉を開ける。
カランコロン―と子気味良い鈴の音が鳴り響く。
「……」
パタンと扉を閉める。
あれ? 間違ったかな。いやいやそんなはずは。
見上げると、確かに「ルシオ錬金術店」の看板がかかっている。
でも、看板の色ってこんなだっけ。緑色に苔むしていたはずなんだけど、白銀に金縁になっていた。
その時、内側から扉が開いた。
「エメリコくん、おかえり!」
「萃香。やっぱりここ、俺の家だよな」
扉の隙間から黒猫のモミジも顔を出し、俺の脛にすりすりと頬を擦り付けてくる。
萃香の肩に乗った紫スライムもぴょーんと跳ね、つられて赤と青のスライムもぴょんぴょんと小さく俺の肩の上で跳ねた。
「大丈夫? エメリコくん……疲れているんじゃあ」
困ったように眉尻を下げた萃香が、踵をあげ俺の額へ手を伸ばす。
ひんやりとした彼女の手が心地いい。
ん、冷たいってことは熱でもあるのか。でも、俺は至って健康そのもの。
「ん。熱は無さそうだけど。体温計みたいな魔道具ってあるのかな?」
「目盛りのある体温計は道具屋で売っていたかも」
自分の額に手をあて首をかしげる萃香へ笑いかけ、お店の中へ入った。
ここはやっぱり俺の店なのか?
床はピカピカに磨き上げられ、埃一つ落ちていない。それどころか、板張りの床にはワックスまでかけられ、落ち着いた濃い茶色になっていた。
元々、こんな色だったのかもしれない。
無造作に置かれたままだった商品は大きさごとに分けられて棚に置かれていて、小瓶や割れ物は左手奥に集中して並べられていた。
小瓶の並べ方にも工夫がされており、木の板で小さな段差を作ってひな壇にすることで全部の小瓶が触れずとも確認できる。
他にも数え上げるときりが無いほど、すっきりと整理整頓されていたのだ。
俺が自分の店だと思わないのも不思議ではない。
店のカウンターには、A4サイズほどの厚手の紙が置かれていて、何か描いている途中だったことが伺える。
「ほええ」
「天井と壁の高いところはまだなの。エメリコくんも届かないよね」
てへっと舌を出す萃香は冗談めかしてそんなことをのたまった。
確かに俺はそんなに背が高くない。萃香と比べて頭半分くらい高いだけなんだ。
あ、そうだ。
「高いところを掃除するのが大好きな奴を知っている。そいつに頼もう」
「へえ。お掃除が好きな人なんだ?」
「そうそう。もう掃除してると気持ちが落ち着く、みたいなちょっと変わった奴なんだ」
萃香と顔を見合わせ、思わず吹き出してしまった。
彼女を連れ出した時のことは忘れていないぜ。お詫びの印として存分に働いてもらうからな。
あのツンツン頭はガタイだけはいいからな。頭の中は残念そのものだが。
ガタ。
ん? 上で音がしたから見上げてみると、天井に固定していたランタンが外れたのか。あの位置じゃあ、修理するのも手間だなあ。
固定しているうちの一か所が外れてしまったため、ランタンがぐらぐらと揺れていた。
「いろいろガタがきてるんだよな。この店も」
「ううん。そんなことないよ。ランタンは光の幅も小さいし、間接照明みたいに使ったらどうかな。壁に四つくらいくっつけちゃうとかどう?」
「おお。悪くない」
壁は石造りだから、ランタンを置くなら釘を打ってそこに引っかけるようにすればいいかな。
「ご、ごめんね。帰ってきたばっかりで。荷物をお持ちしまーす」
壁にぺたぺた触れている俺の後ろから萃香が、背負子を掴み持ち上げようとする。
背負っているから外れないよと言うまでもなかったようだ。だって彼女は背負子を上にあげようとしたんだけど、ビクともしなかったんだもの。
「今は結構な荷物が入っているから重たいぞ」
「そんな重いものを持ったまま歩いてきたの……? 華奢なのに力持ちなんだね、エメリコくん」
萃香が驚いたように胸の前で手を当て、ふうと息を吐く。
「店舗のことは後にしよう」
カウンター裏に背負子を置いて、ダイニングキッチンへ向かう。
◇◇◇
ダイニングキッチンもとんでもなく整理整頓されていた。
整然と皿が種類ごとにならび、コップを吊り下げるために細い木の棒が棚の横に取り付けられているじゃあないか。
シンク周りもバッチリで、食器を乾かす場所まで作られていた。
食材の置き場所も一か所にまとめられていて、とても使いやすくなっている。
「お茶淹れるね。この世界に緑茶と紅茶があってビックリしたわ」
「うん。コーヒーもあるんだけど、少しお値段が張るんだよねえ。どうも海の向こうから輸入しているみたいでさ」
「そうなんだ。飲み物は充実しているんだね」
萃香は慣れた手つきで鍋に火をかけ、コップを並べる。
すぐにコポコポと水が沸騰して、彼女は茶こしに茶葉を淹れコップの上に乗せると、そこにお湯を注ぐ。
「ちょっと熱いかも」
「ありがとう。じゃあ、冷めるまで。先に待ち焦がれている二匹に」
青・赤スライム共に頑張ってくれたものな。
青スライムには奮発して、パープルミスリルを与えよう。
「何を探しているの?」
「鉱石なんだけど」
「石? それはこっち」
「おお」
狭いダイニングキッチンのスペースを有効活用しているなあ。
作業机の右奥のデッドスペースに鉱石がストックされていた。
「ほら、青。あと、赤も食べていいぞ」
ルベルビートルの角が入った大樽の蓋を開ける。
あれ? 青は既に鉱石の上にぺたーってしているけど、赤スライムがいない。
これまで食べていいと言って食べなかったことは無かったんだけどなあ。
いつの間に肩から降りたんだろう。赤スライムのやつ。
ガサゴソ――。
ん? 店舗の方から音がする。
萃香と顔を見合わせ、二人揃って店舗へ向かう。
「ぎゃああああ。確かに『食べていい』って言ったけど、そっちかよおお。待って。全部はやめて。半分だけにしてくれえ!」
なんと赤スライムは背負子の中から大型ルベルビートルの角を引っ張り出し、体の中に取り込んでいたのだ!
あ、あああ。俺の、俺のトンガラシが……。
急ぎ、角を掴んだが、僅か五センチくらいしか手元に残らなかった。
む、無念。
でも、命じたのは俺だし、赤スライムはおいしそうにぷよぷよ揺れているから誰にも怒れなかったとさ。
「角、あったんだね。本当に巨大な」
「うん。まあ、赤がうまそうに食べているし、少しだけでも残ったんだから良しとするよ」
「本当に優しくてお人よしさんなんだから。でも、赤い子ちゃん、ぷるぷるして本当に嬉しそうだね」
「だな。あの姿を見ていたら、しゃあないなって気持ちになるよ」
くすりと笑い肩を竦める。
そのまま再び作業机まで戻り、緑茶を頂くことにした。
うん、ちょうどいい温度になっている。
「ふう。おいしい。何か落ち着くよな緑茶って」
「うん。あ、あの。エメリコくん」
「ん?」
言い辛そうに目を伏せた萃香へ一体どうしたんだろうと首を傾ける。
「ごめんね。いろいろお店の中とかキッチン周りとか触っちゃって」
「いや、たった二日と少しでここまで綺麗になるなんて、大変だっただろうに。ありがとうな。萃香」
「うん!」
えへへと満面の笑みを浮かべた萃香はお茶をずずずっとすすり、ほおっと息を吐いた。
あれ? 俺、何か忘れているような。
でもお茶がうまいから、もう一口お茶を飲む俺であった。
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