第12話 スライム無双

「赤! 尾を狙って」

『ぐばー』


 ちょこんと地面に落ちた赤スライムの体が膨らみ、パカンと口が開く。

 気の抜ける音と共に、赤スライムの口から業火は迸り、千刃の尾へ着弾する。

 千刃の尾のうち、業火に触れたところが一瞬にして灰になった。

 よし、ダメージは入るな。

 

「青! 首元を! 赤も同じところをウィップで!」

『うばー』

『ぐばー』


 青スライムから噴出したコバルトブルーの霧が千刃の首を覆う。

 途端にしゅうしゅうと腐食していく千刃の首だったが、致命傷を与えるには至らない。

 しかし、そこへ炎の鞭が千刃の首へ巻き付く。

 

 酸と炎の合わせ技の威力は絶大で、千刃の首が地に落ちた。

 ふう。無事倒せたぞ。

 ウーゴたちのところへ戻るとす――。

 

 ヒュンと風の切る音が抜けたかと思うと、青スライムが横にスライスされていた。


「まずい。赤! ヘイトを集めて」

『ぐー』


 赤スライムが膨らみ、気の抜けた音を出す。

 ヘイト集めはどのスライムでも使えるようにしている。

 その時、藪をかき分けて矢筒を担いだ痩身の男が顔を出す。


「おい、大丈夫か……って、お前さん!」

「ウーゴさん、姿がまだ確認できていないけど、『何かいる』。広場へ」


 心配してきてくれたんだろうけど、今は状況がよくない。

 シュパンと今度は赤スライムが縦に真っ二つとなってしまう。

 

「お、おう。お前さんのスライムたち……」

「問題ない。俺のスライムは『防御重視』なんだぜ」


 ぐっと親指をウーゴに向け、続いて指示を出す。

 その時ちょうど、横にスライスされた青スライムの体がお互いににゅーんと伸びてくっつき、元通りに戻る。

 

「青、赤が割かれたら復帰するまでヘイトを集めて」

『ばー』


 青が切り裂さかれた直後、今度は切れた体をくっつけた赤がヘイトを集めターゲットが赤へと変更された。

 

 五回、同じことが繰り返され、ようやく敵の姿を確認することができたぞ。

 今度の敵も樹上にいる。

 大きさは千刃より一回り小さく、黒豹そっくりだ。四肢の爪から肘の関節まで青みがかった透明の翅が生えていた。

 あれで、スライムを真っ二つにしたのか。それにしても尋常じゃない速さだな、あいつ。

 スライムの自動防御が間に合わないなんて初めてだ。


 千刃の時はいきなり攻撃してきたから見る暇もなく、隙が出来たから畳みかけたが、ここは、鑑定して相手のステータスを探った方がいいな。

 

『翅刃の黒豹

 体力:340

 力:210

 素早さ:999

 魔力:0

 スキル:速度+10

 状態:健康』


 こいつがウーゴたちの狙っていた翅刃か。

 なるほど、力は低いが素早さがカンストしている上にスキルで速度までついてやがる。

 まともにやり合うと、捉えることもできないな、これは……。

 よし。ならばこうだ。

 

「青。パロキシスマス腐魔殿あぎとだ」

『うばあー』


 青スライムの体積が十倍くらいに膨らみ――弾けた。

 途端に視界がコバルトブルーの濃い霧で包まれ、何も見えなくなる。

 カサ……そこへ枝がしなる僅かな音が聞こえた。

 翅刃が動いたな。

 

『ガアアアアアアア!』


 次の瞬間、翅刃の黒豹は鼓膜を揺るがすほどの咆哮をあげる。

 霧が晴れると、翅刃の黒豹は青い紐のような霧に捉えられ宙釣りになっていた。

 青スライムはというと、元のサイズに戻り俺の肩にちょこんと乗っかりぷるぷるしている。

 

「よし、うまくいった。ウーゴの言葉通り、罠を無理やり破るほどのパワーがないようだな」


 じゅううっと煙をあげ、青い紐のような霧に触れた翅刃の表皮が溶けていく。

 逃れようと体をよじる翅刃だったが、紐はビクともしなかった。

 

「赤! ウィップだ」

『ぐばー』


 俺の指示を受けた赤スライムの体が膨張し、口から炎の鞭を吐きだす。

 翅刃の首に絡まった炎の鞭は、奴の首をねじ切った。

 

「ふう……どっちも手強かったな」


 二度あることは三度あると言うし、赤と青のスライムの様子を確かめておこう。

 スライムたちにぴいいんと尖った様子はなく平常状態であることにホッと胸を撫でおろす。

 

「ウーゴさん、終わりましたよ」


 藪の方へ目を向ける。


「あちゃー。気が付いていたか」


 藪から出てきたウーゴがバツが悪そうに後ろ頭をかいた。


「もちろん。危険って言ったじゃないですか」

「いやあ。冒険者として、大怪我してでも見ておきたいと思ったもんでな」

「たぶんもう、危険なモンスターは近くにいません」

「本当にすごいな、兄ちゃんのスライム。SSクラステイマーが連れているモンスターに並ぶ……いや、凌ぐんじゃねえか」

「SSクラスのテイマーってどんなモンスターを連れていたりするんですか?」

「そうだな。有名なのは『フェンリル』って犬みたいな見た目のモンスターだな。フェンリルは気位がとても高く、一部では信仰心も持たれていて『神獣』と呼ばれることもある」

「へえ。なんだか強そうですね」

「そらもうそうさ。頭も人間並みに良くてな。一度だけ遠目で見たんだが、白銀の毛が本当に美しくてな」


 フェンリルかあ。

 ウーゴがこれほど目をキラキラさせて語るくらいだから、よっぽど綺麗で神々しいモンスターなんだろうなあ。

 

「すまん。兄ちゃんのスライムだって、負けちゃいねえって! 赤いのだけじゃなく青いのも強いったらなんの。二匹いたらもう無敵だな!」

「あ、あはは。今回は一匹だったらもっと苦労していたと思います」


 「実はもう一匹いるんです」とは言えなかったので、あいまいに笑って誤魔化すことにした。

 ウーゴは「謙遜しやがって」と顔を綻ばせながら、俺の肩をポンと叩く。

 

 この後、冒険者のみなさんと千刃と翅刃の解体作業を行った。

 倒した俺が優先的に素材を持っていける、と言ってくれたんだけど、持てる量には限界もあるからなあ。

 錬金術に使えそうな血、毛皮と千刃の刃を五十本ほどと、翅刃の前脚の刃を一つ頂くことにした。

 この後、まだ持って帰るものがあるからな。ふ、ふふふ。

 エルフがいるのだ。きっとかつる。

 

 ◇◇◇

 

「……右……」


 エルフの少女が右に顎を向ける。

 解体作業が終わった後、彼女はちゃんと俺の願いを聞いてくれた。

 そう、巨大ルベルビートル探しのお手伝いだああ。

 多少のトラブルがあったけど、しっかり捕獲して帰るんだからな。彼女がいるなら百人力だ。

 

「……リリー……」

「ん?」

「……名前」

「俺はエメリコ。そういや名前も聞いていなかったか……リリー、よろしくな」

「……うん……右……」


 ボソボソっと喋る彼女だったが、無言の時が続いても重たい空気にはならなかった。

 むしろ、安心感さえ覚えるほど。

 きっとこれが彼女の自然体だからなんだろうな。

 この後、一時間もかからずターゲットを確認。無事捕捉することができた。

 

 角のサイズが80センチほどもある大物だったんだ。こいつは戻ってから削るのが楽しみになってきたぜ。

 く、くくく。

 背負子に角を差し込み、不気味な笑い声をあげる俺なのであった。

 

「……エメリコ……気持ち悪い……」


 その時のリリーの言葉を聞こえなかったことにしたのは言うまでもない。

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