第11話 見せてやろう魔改造の力を
ウーゴとクリスティナは蜘蛛を仕留めてくれたせめてものお礼にってことで、お鍋をご馳走してくれた。
この拠点はここを使う人の共通財産だから、拠点を使うなら護って当然なんだけど、お腹も空いていたことだし遠慮なくいただくことにしたのだ。
もちろん、持参したトンガラシの粉をばさばさ振りかけて。
「せっかく作ったのに……」
「まあ、いいじゃねえか。ティナ。おいしそうな顔をして食べてんだからさ」
「うん、とっても美味しい!」
何故か落ち込むクリスティナだったけど、彼女の料理の腕は抜群だな。
うんうんと頷き、真っ赤になったイノシシらしき肉とニンジン、根菜をかきこむ。
「ふう。こんなに食べちゃってよかったんですか?」
食べ終わり、今更ながらにウーゴへ尋ねる。
対する彼はニヤっと口元をあげ、問題ないと返す。
「また作ればいいだけだ。そもそもその鍋だけじゃあ足りないからな」
「へえ。そんなに人数がいるんですか?」
「おう。全部で俺たちを入れて十人になる」
「こんなに暗いのに討伐作戦を実施しているんですか?」
「いや、偵察のはずだが。そろそろ戻って来ると思うんだけどなあ」
お、噂をすれば何とやら、足音がこちらに近づいてくるじゃあないか。
しっかし、随分と急いでいるんだな。この音からして駆けているに違いない。
ん、青と赤の上部がぴいいんと尖っているな。
周囲は既に暗く、パチパチと薪が爆ぜる音が時折響き、炎のオレンジが眩しく感じるほどだ。
これだけ暗いと戦うに向いていない。
状況を確認している間にも足音が飛び込むようにして藪からゾロゾロと冒険者たちが姿を現す。
「はあはあ……」
「何があった? オルテガ」
「まずいことになった。薪をもっとくべてくれ、ティナ、松明をできる限り立てよう」
髭もじゃの冒険者オルテガは、息を切らせながらもウーゴとクリスティナに指示を出した。
他の冒険者たちは、出てきた藪の方に向け武器を構えている。
遅れて金髪の鎧姿の青年と華奢な体つきの緑色の髪をした少女が悲壮な顔で広場にやって来た。
少女が青年に肩をかしているが、鎧と体格差もあってよろけている。
青年の方は、重症だ。
背中からバッサリと何か鋭利な刃物で切り裂かれていた。見た目からしてミスリルの鎧なんだろうけど、すっぱりと鎧ごと斬られている。
「レッドポーションがあります。使ってください」
「か、感謝……する」
くぐもった声で礼を言った金髪の青年がガクリと膝を落とし、地面に座り込む。
彼の背中からはまだ血が流れている。
レッドポーションを緑色の髪の少女へ手渡した。彼女が頭を下げると長い耳もペタンと垂れる。
彼女はエルフか。エルフの冒険者なんて珍しい。
エルフ種は長命なことを活かし、研究者になる者が多いんだ。確か街のスクロール屋のお姉さんもエルフだったな。
「傷なら塗るより、直接垂らした方がいいですよ」
「……うん」
エルフの少女は青年の背中にレッドポーションを垂らす。
すると、シュワシュワと白い煙をあげてみるみるうちに傷が塞がった。
「テイマーの青年。レッドポーションとは、改めて礼を。おかげですっかり傷が塞がった」
「よかったです」
しゃきっと立ち上がった青年は胸の前で拳を当て会釈する。
しっかし、何だか騒然としてきたな。
狙っていたモンスターが思いのほか強かったとかそんなところか。
「追ってきやがったか!」
前で構える冒険者の一人が叫ぶ。
「翅刃ですか?」
ちょうど目の前にいた傷が癒えたばかりの金髪の青年に問いかける。
「いや、翅刃ではない。千刃が出たのだ。アレを狩るには準備が足らない」
「千刃……?」
「翅刃は全モンスター中、一、二を争うスピードを持つ。しかし、罠にかければSクラスでも対応できる」
「千刃はそうではないと」
コクリと金髪の青年が頷く。その顔は苦渋に満ちていた。
「……いっぱい」
エルフの少女は首を振り、耳をペタンと下げる。
「千刃はその名の通り、千の刃を持つ。こちらが対応できぬほどの刃を一度に飛ばしてくるのだ」
「翅刃とはやり方がまるで異なるのですね」
「いかにも。千刃となれば……」
「対応は難しそうですか?」
「遠巻きに弓で威嚇しつつ、ここを拠点に凌ぎきる。朝まで粘れば逃げ切れよう」
そんなに深刻なモンスターだったのか。
「赤、青」
ぷるぷると震えた赤スライムと青スライムは俺の両肩に飛び乗る。
つんつんと赤スライムを突っつくと、ぷるるんといつものように体を震わせた。
「俺が対応してみます。うまくいったら一つお願いがあるんですが」
エルフの少女の方を見つめると、彼女はびくうっと肩を揺らす。
「……わかった……」
「おいおい、兄ちゃん、いくらなんでもそれは」
見かねたのか、ウーゴが会話に割り込んできた。
「何を想像しているのか分からないけど、エルフの力を借りたいだけだよ。森の中でエルフに勝る観察力を持った種族はいないからさ」
「そういうことかよ」
ポンと俺の肩を叩き、ウーゴがやれやれと言った風に無精ひげを撫でる。
「……っち!」
その時、弓を射かけていた冒険者が舌打ちした。
スタスタと彼の前に立ち、前方を見据える。
あいつが千刃か。
距離はだいたい十五メートル先の樹上。
千刃の体長はおよそ五メートル。しなやかなヒョウを彷彿させる体躯を持っていた。
顔はヒョウに似るが、頭に松ぼっくりのようなものを被っている。あの突き出たもの全てが刃になっているのか。
背中から尻尾まで同じようにびっしりと細かい刃に覆われていて、ふしゅうっと口から湯気を吐いていた。
「青、ヘイトを集めて」
『ばー』
肩にのったままの青スライムの口が開き間抜けな音が出る。
次の瞬間、目にもとまらぬ速度で十ほどの刃が飛んできた。刃の一つ一つは果物ナイフくらい。
しかし、熱気を感じたかと思うと、飛んできた刃が蒸発する。
赤の自動防御だな。
「ここじゃあまずい、もう少し離れよう」
片眼鏡を取り出しつつ、右方向へ駆ける。
は、速いな!
千刃の樹上を伝うスピードは、俺の走る速度より遥かに速い。
あっという間に追いつかれたけど、広場から少し離れることができた。
よおし、ここなら、何も気にせず戦えるぞ。
しかし、足を止めたのがまずかった。千刃との距離は三メートルしかないのだ。
奴がカッっと目を見開いたかと思うと、千に届くのではないかというほどの刃が飛来する。
「赤! 青!」
赤スライムの熱気で刃が蒸発するも、千刃の飽和攻撃に全てを蒸発しきれない。
だが、俺を包み込むコバルトブルーの霧が刃を包み、残った刃を溶かしきる。
な、なんちゅう攻撃だ。
赤と青の二匹で防御するのがやっとなんて。
念のために二匹連れてきておいてよかったよ。
千刃は規格外の力を持つが、こいつも生き物の一種であることに違いはない。
大きな攻撃をした後は隙だらけになっているぞ。こいつの生存戦略が一撃必殺だから、攻撃後の事は捨て去っているのだろう。
凌ぎきられた後の対策が疎かになっているぞ。
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